第41話 2020年代
リンドウ丸船内に突如現れた人型AI『シュナイダー』一機は、ユキナガによって破壊された。
最初の爆発音は船内倉庫で発生したもので、ケガ人はいなかった。
シュナイダーと爆発物は、横須賀港にリンドウ丸が停泊していた時点で船内に持ち込まれたのだろうという発表がその日のうちにあった。
内部の者の犯行である可能性を打ち消したかったのだろうが、しかし、アゲハ船団の人々を招待したタイミングで事件が起こったことは事実である。
アゲハの誰かによる犯行ではないのかという疑念は当然残り、結局パーティーは、双方にとってほんの少し暗い影を落とす終わりかたとなってしまった。
パーティのあと、ユキナガとハツはふたりだけで少し話して、それからそれぞれの持ち場へと戻った。
「ユキナガくん、いろいろ大変だったね。ヒメネス博士がガチギレしたらどうしようかと冷や冷やでしたよ?」
「でも、あの人嫌いじゃないよ」
「あの、ひげのおじさんがいたじゃないですか」
「うん、あのいかつい人」
「彼が機関室でのわたしの上司でペドロ親方といいます」
「へえ、そうなんだ」
「ちなみにヒメネス博士の旦那さんです」
「ま」
ユキナガは言葉が止まった。
そのあと、いつまで待っても続きがなかったのでハツは話題を他に移した。
いろいろあるさ人間だもの。ハツは思った。
第三次時空遠征計画における、リンドウ船団とアゲハ船団の目的地は20世紀中ごろの時代であったが、技術的な問題もあり途中停車が必要だった。
2020年代の日本近海に船団は数日停泊することになった。
「え、駄目なの?」
「むしろ、どうして可能だと思っていた? 探索作業はその道の専門家が慎重に慎重を期して行うものじゃ。厨房担当のわたしやそなたが船の外に出られるわけがなかろうに」
ユキナガは上司であるみゆみゆの言葉にとても落胆した。
過去の時代に到着して、数千メートルの高度からではあったが、窓の外から見えた令和の東京の街並みに涙が出るほど興奮したユキナガは、それだけに深く落ち込んだ。
「まったく、なんなのだお前は。ほら行くぞ」
「どこにですか?」
「甲板じゃ。外出はダメじゃが、天気のいい日に日光を浴びておくことはむしろ推奨されておる。元気出せ。そんな暗い顔をした人間と一秒たりとも一緒に働きたくないわ」
促されて、甲板に向かった。
ユキナガよりだいぶ背の小さなみゆみゆは、ずんずんと先を行く。
広い甲板には、すでにたくさんのリンドウ丸乗員がいた。確かにとても天気がいい。夏だろうか。
「みゆみゆさんが、こんなに人の多いところにきたら、騒がしくなるのでは?」
「乗員に楽しく過ごしてもらうのが、わしの仕事じゃ。みなさ~ん、元気にしてましたか~、み~ゆみ~ゆでーーす♪」
みゆみゆの声に乗員たちが振り向き、さっそく数人が近づいてきて、彼女に握手を求めた。
「すげえお方だわ」
ユキナガは人だかりから離れた。
向こうでユキナガに手を振っている者がいた。ハツだった。手にはキャッチャーミットを持っている。
「ユキナガくん、キャッチボールしようぜー!」
ユキナガも手を振り返した。
入道雲を背に、彼女は笑っていた。
甲板で20mくらい距離を取って、ユキナガとハツは久しぶりのキャッチボールに興じた。
ふたりのキャッチボールを見物しているものが何人かいる。
シュナイダーを倒す際にユキナガが見せた剛速球は艦内で話題となった。彼は少し知られた存在となっていた。
「この海の向こうに現役時代の大谷がいるのか。くそー、脱走したいなー」
「ユキナガくん声が大きいよ」
「ああ、悪い。しかしこんなところに船を停めちゃって、日本政府に怒られないのかね」
「親方に聞きました。日本政府とは裏で交渉して一時的な停泊の許可を取っているそうですよ」
「え、政府は未来人の存在を知っているの?」
「各国が知っています。ただ近隣諸国ではわたしたちを警戒しているところもあって、たまにミサイルの空うちで威嚇されることがあるみたい」
「ほう。でもそうか。歴史的資料の調査、収集って、許可なしだったら結局泥棒だもんな」
「この時代の政府と交渉して、許可が出た物しか持って帰ることができないのよ」
「なるほどねえ」
「あ、そうだ。ユキナガくん、このリンドウ丸の中に図書室があるのは知っていた?」
「そうなの? え、行ってみたい」
「わたし行ってみた。前回までの調査の成果がいろいろ閲覧できたよ。『ひろゆきは存在しなかった』っていう調査結果が面白かった」
「へ? いや『ひろゆき』は実在したよ? ちょうどこの時代に元気いっぱいだった」
「世間はそう思っていたけれど、実はいなかったんだって。彼がやった仕事やコメントは実は名前を出したくない別な誰かの手によるもので、たくさんあった動画なんかも全部コンピューターグラフィックス。『口の悪い誰かに権力者を痛快に論破してほしい』という庶民の願望が彼の存在を生み出し、信じさせた。この時代の象徴のようなもの。そう書かれていた」
おいおい。
ヒメネス博士たちが貴重な成果と喜んでいるものには、いろいろと捻じ曲げられた情報が混じっているようだ。大丈夫なのかな。
いや、でも、わざとかも知れないな。ユキナガは思った。
情報というものの危うさ、集団心理のばかばかしさを誰よりも知っている人間ならば、のちの人がそう思ってしまうようなイタズラを仕組んで、こっそり笑っていたのかもしれない。
「でも彼はいたよ」
ユキナガはつぶやいた。
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