第39話 英雄
にぎやかなパーティー会場の一角で、そこだけ漂う緊迫感。
周りの人々も、ユキナガとヒメネス博士のちょっと不穏な空気を感じ取っている。
でもそれだけではないようだ。ユキナガの隣でハツは思った。
時空をさかのぼって失った歴史を調査するこの旅に、不安を持っているものは多いのだ。
ハツが所属する機関室の面々、ヒメネス博士の夫であるペドロ親方などは、待ち受けるリスクをすべて納得したうえで、覚悟を決めたうえでこの船に乗っている。
しかし、リンドウ船団とアゲハ船団、合わせれば数万にも及ぶだろう人員、その全員が同じだけの覚悟など持っているはずもなかった。
内在している不安が、ちょっとした拍子にこうして顔をのぞかせるのだろう。
沈黙に嫌気がさしたのはユキナガだった。
ヒメネス博士から目をそらして立ち上がった。
「みゆみゆさん、僕は片づけの仕事に入ります」
「え、ああ……。ユキナガくん、しくよろ~♪」
アイドル口調を保ちつつ、みゆみゆは去っていくユキナガを目で追っていた。
「待ちなよ」
ヒメネス博士が、ユキナガに向かってつかつかと歩みよっていった。
ぶん殴られるのかと思ったが違った。彼女は壁にどんと手をついて、ユキナガの行く手を塞いだ。
「君のことが気に入った」
ヒメネス博士はユキナガの耳元でささやいた。ユキナガの表情に戸惑いが浮かんだ。
それから、ヒメネス博士の手はユキナガの肩をとてもやさしく触れて、離れた。
そして彼女は向き直り、自分に注目している人々をぐるりと見渡した。
「みんな聞いて。わたしたちのなかの誰かは、これからの旅で死ぬだろう!」
突然の不穏な言葉に、広間にいた全員がヒメネス博士を振り返った。
奏でられる音楽は少しの間流れ続けたが、音楽家の一人が手で制して、彼らは演奏をやめた。
「だがそれの何が悪い!」
博士の言葉は続く。広間に響き渡る。
「わたしたちが探し求めるものは、誰もがその価値を理解できるものではない。理解できない者からしたら、わたしたちはただの愚か者だ。だがそれの何が悪い!」
ハツもみゆみゆもヒメネスから目が離せない。すごい迫力だった。
「遥かな昔、貴重な資料や経典を持って帰るために、海の向こうに旅った先人たちがいた。しかしそれとて、無意味な紙切れとみなす者はいた。価値があったとしても、命までかけることはないとさんざん反対にあった。しかし彼らの意志は変わらなかった。彼らは紙切れを運ぶために自分の命を使ったのだ。わたしは彼らの精神を受け継ぐ。安全な場所からわたしを笑うものよ。ならばお前は何のために命を使うのか! 我らの使命は失った歴史を取り戻すこと。そして我らがこれからすることは、それ自体がすべて新たな歴史となる。恐れるなわたしの友人たち。お前たちこそが歴史だ。わたしも死ぬかもしれない。お前も死ぬかもしれない。わたしはお前たちを語り継ぐだろう。だから友人たちよ。もしもわたしが死んだら、お前がわたしのことを語り継いでほしい。歴史の片隅に一行だけでも刻んでほしい。わたしはそれだけで満足だ!」
「ヒメネス博士。俺たちはあなたについていく!」
野太い声で叫んだものがあった。ペドロ親方だった。ヒメネス博士の夫。
彼の声に導かれて、拍手や掛け声が広間のあちこちで起こった。
グスタフがつぶやいた。
「いいぞペドロさん」
そしてグスタフも周りに向けて大きな声で呼びかけた。
「命知らずのリンドウとアゲハに栄光あれ!」
さらに大きな歓声が巻き起こる
ヒメネス博士が暗くなりかけた人々の雰囲気を一変させた。彼女はまさしく英雄だった。
その後のパーティーはそれまで以上に盛り上がった。
あちこちで歓声や歌声が続いていた。
ユキナガはテーブルに戻る気にもなれず、壁にもたれて人々を眺めていた。
彼の横にヒメネス博士が静かに立った。
ユキナガと一緒にヒメネス博士は黙ってリンドウとアゲハの乗員たちを見ていた。彼女はつぶやいた。
「結果的に、君のおかげで部下たちの士気を上げることができたよ。礼を言っておく」
「ひねた言いかたしたのは悪かったすけど、こういう、場を盛り上げるみたいなのほんとに苦手なんすよ。……勘弁してください」
「……ん、わかった」
ヒメネス博士はうなずいた。
音楽家の奏でる曲が心地よかった。
そのとき大きな音がした。船内のどこか遠いところからのようだった。
爆発音。




