第38話 歓談
ヒメネス博士はテーブル席に座る3人を見渡した。
座っているのはユキナガとハツと、それからみゆみゆ。
「パーティを楽しんでいるかね皆の衆」
「ええ、おかげさまで」
ユキナガが答えた。
ハツは、向かいの席に座るみゆみゆが気だるそうな表情をちらりと見せたことに気づいた。
アイドルだって疲れている。
「みゆみゆファイト」
ハツが口の動きでささやくと、みゆみゆは彼女に向けてささやかにウィンクして見せた。
「博士、みゆみゆがんばりましたよ♪ どうでした?」
うん、彼女はプロフェッショナルだ。
好ましい。ハツは思った。
ヒメネス博士の後ろには騎士グスタフも控えている。
それから彼女と一緒に大移動している取り巻きが数人いた。リンドウとアゲハ両方の制服がいる。
「白い巨塔じゃん。ヒメネス博士は気分が良かろう」
ユキナガが皮肉っぽくつぶやいた。彼は基本的に権力者というものが嫌いな節がある。
ヒメネス博士が、みゆみゆの問いにクスリと笑って答えた。
「みゆみゆのダンスは見事だったよ」
「ありがとうございます、博士。グスタフくんのエスコートがとてもステキで、みゆみゆハッピーでした♡」
「うちの子もなかなかやるもんだろう」
みゆみゆとヒメネス博士は互いに和やかな笑みを見せた。グスタフも優しく微笑んでいる。
彼の外見は金髪で整った顔立ちの少年なので、ジェントルマンな立ち振る舞いをすればとても様になる。
うん、鼻につく。
好かんわー、とハツは思った。
ヒメネス博士は、近くでみると、いつもはしていない金の耳飾りを付けていた。
服は定常運転の白衣だったが、それが彼女なりのパーティー向けの装いなのだろう。
「ユキナガ氏はなにか芸当はないの? みんなを盛り上げてよ」
ヒメネスの呼びかけに、取り巻きが反応した。おお、それはいい。
彼女が何を言っても彼らは称賛する。彼らはユキナガにひとつの興味もない。
それはハツにすら容易に察知できて、ましてやユキナガには丸わかりだったろう。
「いやあ、やめときますわ」
「そうなの? 君にはおもしろそうな何かを感じるのだけれど」
「気のせいだと思いますよ」
言うことを聞かないユキナガに対して、周囲の視線が厳しいものに変わったが、ユキナガは何も気づかないかのように「みんなを楽しませるようなものを僕はなにも持っていません、偉大なるヒメネス博士」と告げた。
ユキナガは場の空気に何かを強制されるこの状況が面白くない。
「ヒメネス博士、わたしたちねー『4隻の船』の話をしていたんですよ♪」
みゆみゆはふわふわのアイドル口調で屈託なくさきほどまでの話題に触れた。センシティブな話題。
こんどは取り巻きさんたちの空気がちょっと変わった。
ヒメネス博士は特に動じるようでもない。
「ああ、それね。うん、大事な話だよね。わたしたちが見て見ぬふりをしたらダメな話だ。リンドウ船団とアゲハ船団。わたしたちは最低限どちらかが帰ることができればOKと政府からは考えられている。全員の無事帰還は期待されていない。実際そのくらい危ない。古代の『4隻の船』のように」
彼女が話しているとき、周りの人々は気配を消していた。彼らは何も聞いていない。この旅に不安要素など存在しない。
そういうのが出世のコツなのであろうか。
さて。ハツは思った。
出世の苦手そうな我がパートナーのユキナガくんは、この話を聞いて果たしてどんな反応を見せてくれるであろうか。
へんてこりんなことを言って、へんてこりんな空気を作り出してくれることを、彼女はある意味期待してさえもいた。
「それは遣唐使のことだね」
ほらね、またなんか聞いたことのない単語を言い出しましたよこの人は。
みんなの心の中を代表するかのようにハツがたずねた。
「ケントウシって何?」
「唐の国に向かった日本からの使節団のこと。日本人が知らない先進文化を持ち帰ることが主な目的だった」
みゆみゆが口をはさんだ。
「『トー』なんて国、みゆみゆ聞いたことないー」
「国の名前って歴史の中でちょくちょく変わるから。そういう国が大昔にあったんですよ」
「えー、国の名前が変わる? うそお、そんなことある? 適当いってない?」
「みゆみゆちゃん、ユキナガ氏の言っていることは正確な情報だよ」
ヒメネスは興味深げにユキナガを眺めていた。
「よく遣唐使なんて知ってんね、ユキナガ氏」
「学校の授業をよく聞く優等生なもので」
「なるほどね。我がリンドウ号は優秀な人材を得ることができたわけだ。喜ばしいことだ」
そこまで話してからヒメネス博士の眼鏡がきらりと光った。目つきが少し鋭くなった。
「そりゃ嘘だよ、ユキナガ氏。学校で教えるわけがない。遣唐使というものがかつて存在した記録はこの世から一度全部消滅した。だれも知らない言葉になった。わたしが前回の時空遠征のときに、過去世界でその単語をはじめて見つけて、ようやく研究が始まったばかり。わたしたちの世界でその単語を知っている者は今現在10人もいないはず。そんなもんを学校の授業でやってたまるか」
「そうですか? 消滅したといいますがね、博士は地球上の本を全部探して回ったわけではないでしょ? 探せば、案外残っているもんですよ。僕の実家は古道具屋でね、大きな倉庫があります。その言葉が書かれた本を読んだのも、もしかしたらその中でだったかも。ねえ博士、お金とリスクを払って、過去の時代に向かうことにも価値はあるのだろうけど、足元を固めるというか、残っている紙の書物とかを地道に見直してみるっていうのも、あるいは大切なんじゃないですかねえ、知らんけど」
ユキナガの言葉を聞いて、ヒメネス博士の鉄壁の笑顔は結構ぎりぎりだった。
いっそ彼女の仮面がひっぺがされたところを見てみたいとハツは思った。ユキナガも同じように考えているのかもしれなかった。
あたりに、ゴゴゴゴ……という擬音が見えた気がした。




