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第36話 不安要素が何ひとつない、ふつうのパーティー

 ハツは、時空戦艦リンドウ丸の大広間にいた。これから始まるパーティーの会場。


 リンドウ船団とアゲハ船団の乗員たちによる交流の場。


 時をさかのぼる大冒険を共に乗り越えようと、互いに決意を新たにする場。


 明るさを少し落とした照明が広間にとてもいい雰囲気を醸しだしていた。


 次々と会場に入るリンドウとアゲハ双方の人々によって広間の人口密度は増していったが、適度な乱雑具合も楽し気で好ましいものにハツには思えた。


 それぞれの制服を着た乗員が大半だが、中にはおしゃれなスーツやドレス姿の者もいる。


 いつもと変わらない白衣姿のヒメネス博士がいた。向こうからハツに近づいてくる。


「ハツちゃんお疲れ様。調子はどうだい? どうしたの、なんだかぼんやりしているみたいだけれども」


「え、……ああ、わたしは調子がおかしいのかもしれません、ヒメネス博士。なぜだかわからないのですが、記憶が抜け落ちているの。たぶん数時間ほど」


「それは変だね。気になるならAIメンテナンス部に検査をさせるよ?」

「いいえ、それには及びません。気のせいなのかも」


「OK。ま、お互い体調には気を付けようや、先は長い。またあとでね」


 ハツとヒメネス博士は互いにひらひらと手を振りあった


 ワインレッドのシャツにクリーム色のネッカチーフを着用したリンドウ丸乗員のなかに、ユキナガがいた。


「あれ、ハツがいた」

「おやユキナガくん、会えましたね。パーティーはゆっくり参加できそう?」


「うん、厨房の仕事をしつつだけど、まあそれなりに」


 広間の片隅に、弦楽器をもった人間が二人、AIヒューマノイドが二人。彼らは軽やかな音楽を奏で始めた。


 乗員たちのおしゃべりの花が広間のあちこちで咲きだす。


 とても華やかな宴だった。それはまるで、不安もわだかまりも何ひとつないような。


「でもそれは必ずあって、それでも構わなくて、人には宴が必要なんだろうね」


 ユキナガは楽し気な人々を眺めながら、傍らのハツにつぶやいた。


「けれど、こういう賑やかさが嫌いな人もいるでしょ? ユキナガくんもどちらかといえば好きじゃないように見える」


「そうだね。好きじゃない。ハツの言う通りだ。でも、こうしてちょっと離れたところから見ている分にはそこまでいやでもない。川の向こう岸の花火でも眺めている気分さ」


 ふたりのことを後ろから、ヒメネス博士がグラスを片手に眺めていた。


    *  *


 数時間前のこと。リンドウ丸と並走する巨大空母アゲハ号の船内にて。


 ハツは一ノ瀬アンに導かれて、さきほど閉じ込められていた部屋まで戻った。


「さて、改めて自己紹介の必要がありますね。わたし一ノ瀬アンはアゲハ号の乗員。最高司令長官ムニョスの側近です」

「そのようですね」


 広い議場で彼女はムニョスに進言した、アゲハによるリンドウ船団の追討を。


 アゲハはハツたちの敵ということになるのだろう。


「でも、あなたがリンドウ丸にいた理由が分からない」


「わたしはずっと考えていました。離れて航行するリンドウ丸とアゲハ号の間をすばやく行ったり来たりできる手段があればとてもいいと。そこに、ワームホールのキーとなるあなたが現れた」


「もしかすると、あなたはリンドウ丸でスパイでもしているのかしら?」

 聞いてはみたものの、ハツはそれよりも何とかこの場を切り抜けることができないか、必死に頭を働かせていた。


 アンが答えた。

「あー、そうとも言えますね。でもちょっと違うようにも思います。どういうことかと言いますと、最近の科学は凄いんですよ。こんなことができる」


 一ノ瀬アンの体が突然光り出した。全体を覆う光はどんどん輝きを増す。


 驚きとともにそれを見ていたハツは、一瞬自分の視界にノイズが入ったように思ったが、そうではなく、一ノ瀬アンを包む光と彼女自身の体に、画像ノイズのようなものが実際に浮かび上がっていた。


 ノイズは激しさを増し、一ノ瀬アンの姿が完全に見えなくなったと思った次の瞬間、それは急速に収束した。


 光が消えたそのあとに、一ノ瀬アンの姿はなく、かわりに白衣を纏ったヒメネス博士がポケットに両手を入れて立っていた。


「ヒメネス博士! あなたが姿を変えていた……! すごい、こんな技術があるなんて」

 それはまるで魔法のよう。


「や、ハツちゃん。こんな感じでね。話の順番としては、わたしたちリンドウ船団がアゲハ船団を、ムニョスを倒したいのさ。あいつらわたしの仕事のじゃまばっかするんだもん。そして、そのためにはまずムニョスをけしかけなければならない」


 次々と起こる出来事にハツは言葉を失っていた。ヒメネス博士は、ハツの様子には構わずに話を続けた。


「わたしたちはこれから遥かな過去の世界に向かう。ひと目につかない遠い場所でアゲハと戦う。とはいえやはりいくさの大義名分は必要でね。あくまでも向こうから先に攻撃をさせる。そして返り討ちにする。これは歴史に疎いわたしでも知っているいつものあれってやつさ」


 ヒメネス博士の言葉に、ハツは天を仰いだ。

(頼んでもないのに、こいつ全部言いやがった……)


「ええと、あなたの秘密を一通り聞いてしまったわたしは、これからあっさり殺されちゃう流れでしょうか?」


「あはは。殺さない、殺さない。ハツちゃんのワームホール機能はまだ必要だもの。わたしが自分の秘密を話したのは、あなたがそれを覚えていることができないから。さっき飴をあげたでしょ? あれはAIヒューマノイドの記憶機能を前後数時間マヒさせる特殊な飴。悪いとは思うけど、一ノ瀬アンのこともムニョスのこともわたしのことも、ハツちゃんは全部忘れちゃうよ」


「うわあ……。それは、やられましたね。口惜しい」


 ヒメネス博士は笑みを浮かべた。彼女の瞳にはどす黒い炎が渦巻いていた。


「愚王ムニョスを、わたしは必ず倒す」



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