第28話 出航の日
リンドウ丸が旅立つ日の朝はとてもいい天気だった。
その巨大な姿を前にしてユキナガがささやいた。
「僕は必ず野球のある時代に帰る」
ハツはうなずいた。彼の決意はとても固い。
ユキナガとハツはオレンジ色のベスパとともにリンドウ丸へ乗船する。
隙をみてリンドウ丸から脱出するつもりのユキナガだったが、チャンスがくるまでは波風を立てたくない。まずはちゃんと働こうとふたりは決めた。
港に停泊するリンドウ丸。艦が隣接する場所には広大なスペースがあって、これから乗船する面々、たくさんの人間とたくさんのAIヒューマノイドが集められた。
やがて時間となり、出航の式典が始まった。
国の人間が何人か挨拶をしたのちに、知った顔が演台に立った。
「グスタフだ」
今日の彼は洋風の軍装を纏っていた。ふさふさした肩章がついていて、胸には勲章がいくつか見える。
金髪で少年の姿をしたグスタフは貴族の風格が備わっていた。
「見目麗しいじゃないか」
「黙っていれば気品ありますねえ。でもどうせ今からおっかないこと言うんですよ」
ハツの予想は当たっていた。
「諸君はこのリンドウ丸に命を捧げる道を選んだ英雄である。わたしは崇高な任務に望まんとする諸君のことを誇りに思う!」
「おお、暑苦しいね」
ユキナガはこういうノリが実は好きだが、横でハツがどん引いているのでおさえた反応に留めた。
「我々はこれから時間を超える壮大な旅に出る。目的は失われた歴史情報を収集すること。先人の英知を人類はもう一度この手に取り戻すのだ」
グスタフの話は長かった。10分を超えた時点で、ユキナガとハツは数百年ほど昔の不良のようにその場へしゃがみこんだ。
「ハツよ、これが世に言うヤンキー座り」
「勉強になります」
まわりには同様にしゃがんでいるものが数名いたこともあり、特に咎めはなかった。
式典がようやく終わり、順々にリンドウ丸への乗船が始まった。人数が多いので時間がかかる。
気だるく自分たちの順番を待つ乗組員たちの間を、白衣姿のヒメネス博士が歩いて声をかけて回っていた。
いまは穏やかで涼し気なヒメネス博士は、ユキナガとハツを見つけた。
「ハツちゃん、この前はおいしい料理をありがとう。今日からよろしく頼むよ。ええと、君はパートナーの夏目ユキナガくんだっけ、しっかり働いてね」
「うす」
ユキナガは低い声で体育系な返事をした。
ヒメネス博士にとってそれは珍妙なものだったらしく、彼女はくすっと笑った。
笑うと年相応に見える。
大学で博士号を取り、国の大事業を指揮する彼女はユキナガと2歳しか年が変わらない。
「君は思春期ってやつ?」
ヒメネス博士は愉快そうに微笑み、ユキナガの顔を覗き込む。
人生二周目のユキナガにとって思春期はとうの昔に過ぎ去ったはずのものであったが、男などというものは結局生まれてから死ぬまでずっと、さらには何周かしたところで、ずっとずっと、エターナルに何かを拗らせ続けているものかもしれなかった。
拗らせついでに、ユキナガにはヒメネス博士に聞いてみたいことがあった。
「リンドウ丸の動力源についてずっと疑問だったんだけど、これは磁気で動くんですよね?」
ユキナガが指さしたのは、リンドウ丸の背中についている巨大なプロペラのようなものだ。
ヒメネス博士も、そちらを見上げた。
「『ゼンマイ式マグネティコエンジン』な。思いっきり国家機密だけれども、いいよ、答えられる範囲で答えてあげる」
「未曾有の磁気嵐のせいで世界中のデジタルデータが全ふっとびして、それで僕たちはこんなに困っているわけじゃないですか」
「そうだよ」
「そんな大災害のあとに新開発されたエンジンの動力源が磁気由来だというのは、なんというか、よくみんな納得したなという気がします」
「ふむ、君はそういう話、イケるくちか?」
「ええ、分かる方だと思います。」
「好ましいね」
そしてヒメネス博士は、結果的にかなり詳しく話してくれた。
ユキナガが良い聞き手だったので、彼女も興がのったようだった。
話のあいだ、ハツは白い蝶々が飛んでいるのを見つけて、それを眺めていた。
「つまりはね、強力な磁力を防御する方法を色々と試行錯誤していたら、偶然に時間を逆流させる方法を見つけちゃったのさ。それが始まり。発見した人はものすごくびっくりした」
「僕は時間を遡っているときの船内の画像を見ました。みんなが普通に立っていて違和感があった。特殊な空間にいながら、なんで重力があるの?」
「ああ、君の言っている意味はわかるよ。宇宙旅行のように無重力のイメージを人は持つ。だから最初、重力がある様子を見て、フェイクだと思われた。過去に戻れるなんて全部嘘っぱちだろうと叩かれたことがあった。きちんと説明したけれどたぶん世の中の一割も理解できているひとはいない。時間を逆行するときには同時に重力が発生するんだ。磁力と時間とそして重力は物理式で紐づけされる」
「なるほど。しかし船は急速に時間を遡っている。そしたら発生する重力も強大なものになってしまうのでは?」
「そこは制御する部品があってね。磁力をすこし調節すると重力を大幅に減らすことができる」
「ああ、昔のラジオと一緒か」
やがてようやくユキナガとハツが乗船する順番となった。まだ話足りてはいなかったが、もう行かなければならない。
「ユキナガくん、楽しかったよ。また話そう」
「ええ、喜んで。僕も楽しかったです」
ユキナガがその場を去ってから、ヒメネス博士は傍らの騎士グスタフにささやいた。
「あいつ今の話を全部理解していたな。一般的な高校生男子がわかるレベルではなかったはずなのだけど」
ヒメネス博士は高校を11歳で卒業している。彼女は特別中の特別。
「まさか。適当に話を合わせていただけでしょう? いるんですよ、そういうごまかしが得意なやつって」
「だとしたら、君の嫌いなタイプだね」
「ええ、あいつが嫌いです」
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