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第26話 ヒメネスの審判

 爆弾犯の疑いをかけられ捕らわれたユキナガとハツ。


 現れたヒメネス博士はハツを冷たく一瞥した。


「面識あるのか、ハツ?」

「試験の時にすこし」


 騎士グスタフはヒメネス博士に向き直り、剣を捧げる形で敬礼をした。まわりの兵士もそれに倣う。


「どう思う、グスタフ。我々には敵がたくさんいる。今回の攻撃は誰かの差し金だろうか?」


「こいつらは試験に落ちた腹いせに爆弾を仕掛けたのでしょう。自分のやったことが土壇場になって怖くなり、白状しに戻ってきたのだろうと考えます」


「ふむ、そんなところかもね」

「処罰ですね、こいつらを消します」


「ハツちゃんとは少しの縁があった。だから悲しいことではあるけれど、わたしはわたしの職務を遂行しなければならない」

 ヒメネス博士の目に鋭さが宿った。


 ユキナガとハツは椅子に座らされていた。両手を椅子の後ろに回され、手錠のようなもので固定されている。


 ユキナガはとなりのハツを見た。


 ハツは怯えている。当たり前だ。


 自分の所有するAIヒューマノイドに怖い思いをさせているこの連中。


 ちょっと許せない。ユキナガは思った。固定された手に力がこもった。


「あのさー」


 ユキナガは自分の目の前の地面を見つめながら、静かに呼びかけた。


 ヒメネス博士とグスタフの視線がユキナガに向く。


「ヒメネスだっけ。僕と年がそんなに変わらないだろうに、落ち着いているな。まるで2周目の人生みたいだ」


「はあ?」

 ユキナガの言葉に、ヒメネス博士は怪訝な顔を見せた。


「あんたらにはあんたらの事情があるんだろうけどさ。いいのかい? 的外れなことやっていると、本当の敵とやらを取り逃がしてしまうよ。まあ、そんなことはどうでもいい。僕にはひとつも関係がない。たださ、ハツの手錠を今すぐに外してはもらえないかな。彼女に無礼を働くことは、この僕が許さない」


「貴様、ヒメネス博士に向かってなんだその口の利き方は」

「わりぃなグスタフ。けどさ、こんな目にあわされて心穏やかでいられるほど、僕は人間ができていない」


「夏目ユキナガ」


 ヒメネス博士はユキナガをじっと見据えていた。


「田中ハツは事件に関係がない。田中ハツに危害を加えるな。お前はそう言うのか」


「ハツはただお前らにわからないことを教えてやったんだ」


「教えてあげた、それはありがとう。でも彼女はどうしてそんなことがわかったのだろう?」


「オンライン通信を傍受しました」

 ハツが口を開いた。声がすこし震えていた。


「それはないよ。たしかにあのときリンドウ丸周辺の通信システムは、あの時計型AIによってセキュリティが破壊されていた。だからといって、他のAIヒューマノイドが簡単に介入できるようなものでもない。最新の個体でも恐らく無理だ。ましてや、君は失礼ながら新しくはない」


 ヒメネスの言葉に、ハツは首を左右に振った。


「いいえ、ヒメネス博士。そこは最新式だと逆に難しいはずです。わたしはWiFi接続機能がついているので可能でした。古い技術ではありますが、古すぎてプロテクトプログラムが想定していなかったようです」


「WiFiにつながるだって?」

 ヒメネス博士の声のトーンが変わった。


 グスタフが怒鳴る。

「田中ハツ、適当なことを言うんじゃない。WiFiは確かに古代の技術だが、ごく最近になって見直されはじめたもの。その機能を搭載したAIヒューマノイドは製造が難しく、いまだ完成には至っていないのだ」


「知らないわよ。そんなこといっても実際むかしは作ることができたのよ。これもロストテクノロジーってやつなんでしょ。なんなの? 怖いなあ。WiFi機能があってもなくても別にどうでもいいじゃないの」


「それがそうでもない。わたしはWiFi接続機能を持つAIヒューマノイドをずっと探していた」


 ヒメネス博士がハツに近づいてきた。


「どうしてですかヒメネス博士。あなたは筋金入りの古道具好き?」


 ヒメネスはハツをじっと見つめて一瞬だけの沈黙が流れた。


「もし君の言っていることが本当ならば、田中ハツとその所有者である夏目ユキナガはこのわたしの権限でリンドウ丸の乗員として採用する」


「え?」

 ユキナガとハツは顔を見合わせた。ユキナガが戸惑いながら答えた。


「事情が全然呑み込めないですけど、合格にしていただけるならば、……まあ、ありがたいです」


 ヒメネスは何か含みを持たすようにうなずく。そして言葉を続けた。


「ただ……、わたしが必要としていた機能を持つ貴重なAIヒューマノイドが、このタイミングでたまたま試験を受けに来た。その偶然は少し引っかかる。そんな都合のいいことが果たしてあるだろうか?」


 その質問にユキナガが答える。ずいぶん警戒するんだなと思いながらも。


「理由ですか。『友人の勧め』ですかね。僕には子供のころから面倒を見てくれた子守り用の有機AIヒューマノイドがいました。彼はここにいるハツの兄です。僕ら二人はそのAIヒューマノイドの勧めでここに来ることを決めました」


「AIヒューマノイド……子守り用……。ねえもしかしてハツちゃんの兄というのは柴犬のような姿だったかい?」


「はい、わたしの兄は柴犬ベースのモデルでした。名をシバのすけといいます」


「なるほど、シヴァの導きか。あいつは昔わたしの子守りAIだった。わたしが大きくなって役目が終わり、それから君の家に引き取られたのだろう。シヴァか、懐かしいな。いろいろなことを思い出すよ」


 シバのすけがユキナガのもとへ来る以前のことは聞いたことがなかった。


「元はシヴァのすけだったのか」

「シヴァ犬だったんですね」


 新たな事実に、試験合格の喜びと相まってハツとユキナガはゆるくはしゃいだ。


 そんな二人をヒメネス博士はなおも感慨深げに眺めていた。


「グスタフ、この二人はテロ未遂の実行犯ではないと判断する。不満はあるだろうがここは折れてくれないか」


「あなたの決定ならば、わたくしはただ従うのみです」

「ありがとう」


 ヒメネス博士はユキナガ達に背を向けて、伸びをしながら歩き出した。グスタフも彼女についていく。


「グスタフ、お前はわたしの騎士だ」


「そうです。騎士タイプのAIヒューマノイドとして生まれたわたしは、あなたを守ることがすべて」


「夏目ユキナガは、まるで田中ハツを守る騎士のようだったね」


 こうして転生投手ユキナガとAI捕手ハツは無罪釈放、そしてリンドウ丸乗船が決まった。

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