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第22話 この世界のあやまち

 ハツはとぼとぼと夕暮れ時の町を歩いた。最初の建物に戻るしかないのだが、ユキナガに自分の不合格を伝えなければならないことが悲しくて、彼女の足取りは重かった。


 あちこち意味のない寄り道をして時間がたった。


 道の向こうにユキナガを見つけた。


 彼もほぼ同時にハツの姿に気づいてこちらに駆け寄った。


「ごめんなさいユキナガくん、わたし駄目だった」

「あ、……そっか」


 ユキナガの顔に戸惑いが浮かんだ。


「そりゃ残念だったね。でも問題ないよ。俺も落ちたから」


「え、落ちたの? そんなどうして。わたし見たよ、あなたがオセロで優勢だったところを」


「へー、見てたんだ。うん、オセロは勝ったんだよ、オセロは。でもその次の試験でね」


 オセロは確かに勝ったのだ。


 中盤で流れをつかんだユキナガはそのまま押し切り、最終的にはかなりの差がついての勝利だった。


 二人とも時間制限で失格にはならず、最後までゲームをやりきった。


 ユキナガは対戦相手の河原田ダイゴに握手を求めた。彼は疲労困憊だった。


 河原田は悔しさを隠そうともせずユキナガを憎々し気ににらんでいた。最初のさわやかさはどこにもない。


 ユキナガはかがんで、彼の表情を観察するようにしばし眺めた。


「いい顔してるよ河原田さん、そっちが本性か」

「なんなんだよ、お前の体力は」


「あんたもなかなかだった。最後までもつとはね」

「えらそうに。おぼえてろ」


「うん、またね」


 そしてユキナガは次の試験に進んだ。


 次はどんなトンデモ試験が待ち受けているのかとユキナガは身構えていたが、オーソドックスな面接だった。


 一人ずつ面接室に呼ばれて入る。ほんとにシンプルな面接。


「こういうの、やったことないんだよなあ」


 高校生であるユキナガは就職試験など受けたことがないし、前世でも普通の企業の試験を受けた経験が彼にはない。


 話に聞くといろいろと堅苦しいルールがあってあれはあれで深遠な世界だそうで。


 とにかくやるしかない。ユキナガの順番になった。


 味もそっけもない白い廊下の白いドアをユキナガはノックした。


 部屋の中から入室を促す声が聞こえて、中へ入った。


 一つの椅子の向こうに長机。そして面接官が3,4,5人。


 5人て。なんでそんなにいるんだよ。暇かよ。


 心の中では毒づきながらも、ちゃんとした人っぽい表情を崩さずに椅子の前に立ち、許可をもらってから着席した。


(あれ、意外とちゃんとやれているな)


 不思議だった。就活の知識などまるでないはずなのに、少なくとも21世紀のころの作法通りにどうやらやれていた。


 野球選手をやっていても、背広の偉い人と会う機会があるにはあったから、そういう実際の社会経験があれば、試験にも応用は効くものなのだろうか?


 面接官からの質問はひとつだけだった。


『歴史というものについて考えを述べよ』


 10分間好きなように話していいらしい。


 ユキナガは考えた。歴史について考えてみた。


 歴史ねえ。


 少なくとも学校の授業の範囲では歴史を好きだと思ったことはない。


 勉強する意義を疑ったことすらある。


 でもいま聞かれていることはたぶんそういうことではない。


 歴史を失ったこの世界。


 その要因の半分は天災であり、もう半分は人災だった。


 そういうことが理論上あり得ると十分に分かっていたはずなのに、備えを怠った。


 そして報いを受けた。


 人類が何回もやってきた過ちだ。きっとこれからも繰り返される。


 この時代から何百年か前の地球を襲った、数千年に一度クラスの異常な極大太陽フレア。


 磁気嵐によって地球上のデジタルデータが完全消失。


 そのころ『いまどきデータを紙で保存するなんて頭が古すぎる』を推進しすぎて、紙の書物はほぼ100%デジタルに移行されていた。そのため社会を構築していた膨大な情報がほぼすべて消えた。


 映像作品や音楽もその多くが失われてしまった。


 フィルムをすべて捨ててしまったのでもう見ることができない名作映画が星の数ほどある。


 紙の楽譜を焼いてしまったので、再現できない名曲が無数にある。


 そして歴史がわからなくなった。


 当時は、紙の資料のスキャンデータを取っておけば、オリジナルの保管は義務ではなくなっていた。


 かたくなに資料の保管を続けた歴史家たちがいたが、しかしそれらも災害や戦争によって消失していた。


 フレアによるリセットで、大まかな流れは覚えていても貴重な資料はほぼ全部失われた。


 人類は歴史と文化を失い、そしてデジタル文化に対する恐怖だけが残った。


 失われたものを取り戻すことへの渇望がタイムトラベル技術を生み出し、そしてそれは急激に進歩を見せていた。


 でも膨大な手間をかけて歴史を取り戻すことに意義が見いだせない者は大勢いた。


 断捨離するいい機会だったと本気で思っている者すらいた。


 そんな感じのことを語れってことなのかな。


 でもな。


 ユキナガは思った。


 自分が単純に歴史をとりもどす意義を語ったところで、たいして響きはしないだろう。


 大事なことだとは思う。でもそれはユキナガが最も大切にしているものではない。だから響かない。

 ここで夏目ユキナガが語るべきこととはなんだろうか?


 やがて考えをまとめる制限時間は過ぎ、ユキナガは話し始めた。

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