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第19話 秘密の指輪

 試験官のロッテおばさんが空中を指さし「ぴっ」と自分の口でいうとそこに数字が表れた。


 それはお料理対決の制限時間だった。2時間。買い物をして料理を完成させるまで。


「いってきまあす♪」

 対戦相手のみゆみゆが陽気な足取りでマンションの出口へ向かった。


 ハツも食材買い出し用のお金を受け取って町へと出る。


 昨日ハツとユキナガはこのへんをベスパで走ったから、彼女には商店街の場所がだいたい見当ついていた。


 八百屋に肉屋、魚屋果物屋。試験会場から5分ほど歩いた場所にある商店街には一通りの店が並んでいた。


 渡されたお金は5千円。さて何を買って何を作ろうか。


 ハツが通りに立って商店街を見回していると、むこうからヒメネス博士が歩いてくるのが見えた。


「おやさっきの。また会ったね。ええとハツちゃん」


「ヒメネス博士。ごきげん麗しゅう」

「はい、麗しゅう麗しゅう」


 ヒメネスはすぐそばの果物屋で買ったばかりのリンゴを一口かじって、ハツに親し気な微笑みを見せた。


「買い物かい?」

「ええ、わたしは料理対決の試験を選択しました」


「得意なの? 料理」

「得意じゃありません。どの食材を買えばいいかもよくわからない」


「なるほど。それで君はどうするつもりなんだろう?」


「これを使うときが来たようです」


「む?」


 ハツは小さなシステム手帳のようなものを取り出した。


 エナメル地でステンドグラスのような赤やピンク、水色と様々な色が細かくちりばめられた柄。


「へえ、きれいだねそれ」

「わたしはいま『捕手』スキルの状態です。そしてわたしのスキルスロットは2つあります」


 ハツは左手でキツネの顔のような形を作った。


 人差し指と小指を立てて。中指と薬指と親指をくっつけて。


 彼女の人差し指と小指には細い指輪がはめられていた。


 人差し指の指輪は銀色。小指の指輪は黄色く光っている。


 ハツがピンクエナメルの手帳を開くと、中には様々な色の液体が入った細長く透明なカートリッジがいくつも入っていた。


 そのなかの緑色に人差し指が触れると、人差し指の指輪の色が、銀色から緑色に変化した。


「もう一つのスロットリングに『コック』スキルをチャージしました。これで勝てる!」


 ハツの瞳の、普段はあまり目立たない紫色の光が輝きを増した。髪が風で下から吹き上げられたように少しだけ舞った。


「おっと、君はスキルカスタマイズが可能なタイプか。これは珍しい」

 ヒメネス博士は興味深げにハツの様子を眺めていた。


 ハツはもういちど目の前に並ぶ店を見回し、まずは肉屋に向かった。


 肉屋の次は八百屋に向かう。


 たくさんの野菜。予算の5千円を超えない注意も必要だ。


 ヒメネス博士がぷらぷらとハツのあとをついてきていた。きっと暇なのだろう。政府の大事業に深くかかわる天才博士は暇なのだ。


「ハツは計算得意?」


「そうですね。最新型には及ばないかもしれませんが、わたしは計算能力が高い機種。そのうえ今はコックとしての材料調達、予算管理に特化した状態です」


 ハツはそろばんを取り出した。


「……んんん? なんだっけ、その道具」


 ヒメネスにはそろばんが何なのか分からない。


「わたしを構成しているのはデジタル思想が反映されていた時期の有機コンピュータではありますがアナログとのハイブリットというやつでして、レトロツールと組み合わせることにより真の性能を発揮するというのがコンセプトのモデルなのです! 願いましては79円、98円、115円……」


 パチパチパチとすごいスピードの指さばきでハツはそろばんを弾きだした。


「なるほど、これは大昔の計算機だ。うわあ、面白い!」

 

 初めてみるそろばんにヒメネスは興奮気味だ。


「占めて1152円!」

 

 あっという間に計算し終えて、ハツは八百屋の男性にお金を渡した。


「過渡期の機種だなあ。とんがったモデルは嫌いじゃない」


 お釣りを受け取って、仕舞おうとしたときだった。


「あ」

 ハツの手が止まった。


「おじちゃん、お釣りが100円多いよ」

「おお、悪い悪い」


 100円玉を返すハツを、ヒメネスがじっと見ていた。


「さすが高性能計算能力搭載機だね」

「どういたしまして」


 そのあともハツは何件かのお店をまわって買い物を続けた。


 ハツがマンションに戻ってきたとき、残り時間はちょうど一時間だった。

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