第17話 女傑ヒメネス博士
ハツたちAIヒューマノイドは人間組と別の広間に集められていた。
そこで試験の説明を受けた。
説明役の女性が大きな壇上に姿をあらわしたとき、AIヒューマノイドたちのあいだで小さなざわめきが起きた。彼女は誰もが知っている有名人だった。
「はいどうもー。責任者のヒメちゃんです。今日のために遠くから来てくれた者も多いと聞く、ご足労いただいたことまずは心から礼をいうよ」
政府主導で行われている時間遠征計画の実質上のトップ、ヒメネス博士が試験の説明の場に直々にその姿をあらわした。
白衣に短いスカート。燃えるように赤くて長い髪。黒縁眼鏡の奥に光るまなざしは、彼女の意志の強さを示していた。
もしリンドウ丸の乗組員になることができれば一度くらいはその姿を見ることができるかもしれない。
運が良ければ一度くらい言葉をかけてもらうことがあるかもしれない。
そんなふうに考えていた雲の上の人物の初っ端からの登場にAIヒューマノイド類たちが盛り上がるのは当然のことだったろう。
AIヒューマノイドたちは試験を行う別の場所に向かうことになった。一度外に出るようだ。
通路を歩いているとき、ハツは向こうに大きな鉄塔がいくつも立っていることに気づいた。
「あれはなんだろう? おや、階段を一生懸命に上っている人がいる」
「あれが人間組の試験さ。君たちAIヒューマノイドさんたちにはちがうことをやってもらうからね」
ハツの独り言に答えたのはヒメネス博士だった。白衣のポケットに両手を入れて、歩きながら彼女も鉄塔のほうを眺めていた。
突然ヒメネス博士が至近距離に現れたことにハツは内心驚いていたが、努めて冷静に挨拶をした。
「はじめましてヒメネス博士。わたしはハツ。田中ハツです」
「うん、はじめましてハツちゃん。君のパートナーは見えるかい?」
「どうでしょうね。ちょっと見当たらない」
「勝つといいね。君はどうしてリンドウ丸に乗りたいの?」
落ち着いた口調のヒメネスは、見たところかなり若い。ユキナガよりは年長だろうがそこまで変わらないかもしれない。
「わたしはいま面接をされていますか?」
「あはは、身構えちゃうよね。悪い悪い、ただの雑談のつもりだったよ」
「話してもいいですけど、もしかするとあまり筋道の通った話ではないですよ」
「ほう、へんてこな話は好きだ。理解できない物事がわたしは好きだ。話してくれるのならぜひ聞きたいね」
少し考えてからハツは手短に話した。結局は話せる部分だけを話した。
「兄の勧めです。わたしのパートナーは元々兄が一緒に暮らしていた人なのですが、彼を助けてほしいと託されました。彼がその能力を発揮するにはわたしという相棒がどうしても必要なのです。そして彼はリンドウ丸に乗ることで、過去への旅で、自分の人生を変えることができる」
「人生を変えたい。うまくいっていないその人の人生を変えたい。そういうことだね。そしてそれは君自身の願いでもある」
「まあ、そうですね。わたしは世の中の役に立つことができればそれでいいのですが、兄に頼まれたので、じゃあこの人を助けようかなと」
「危険な旅よ。誰かの人生を変えるために自分の命を使うのね。わたしの生き方とは違うわね。それは人間とAIヒューマノイドの違いなのかもしれない。その違いはとても興味深い。考え出すと止まらなくなる。あなたはモノで、持ち主の役に立つことがうれしい。わたしとは違う。ごめんね、こんなことを言って。君がわたしに全部を話していないことはなんとなくわかるんだけど」
「いえ、わたしも同じようなことを考えたことはあります。考えるべきことだと思います。でもほかの人に言われるとなんだか悔しいですね」
ハツは鉄塔のほうをもう一度見た。
彼女の視線の先には平たい石をもって階段を下りていく、制服姿の少年がいた。
ハツが見ているのに気づいて、ヒメネスもその少年を見た。
「あ、あの子駄目っぽいね。あの試験を『重力オセロ』ってうちらは呼んでいるんだけどね。あんなふうに大量に石をひっくり返す手を打っちゃ自殺行為なんだよ。石が重くて、2分の制限時間内に全部ひっくり返して上まで戻ることができない。残念ながらあの子は負ける」
空中に数字が浮かんでいるのが見えた。0になると失格なのだろう。残りは50秒を切っていた。
平たい石は相当な重量があるようだ。ひっくり返す作業の途中で少年の足取りが止まった。
「ここまでだな」
ヒメネスの冷たいつぶやき。
数字が刻一刻と減っていく。ハツは何も言わず彼を見つめ続けた。
少年はまた動き出した。
目の前の石をもう1枚ひっくり返す。次々とひっくり返す。
しゃがんで持ち上げて裏返して、次の場所に移動して。
動きは鈍るどころか加速しだしていた。見ていたヒメネスの歩みが止まった。
「嘘だろ。何、あの運動能力」
「あれが投手の体力。フィジカルならあの人たぶんこの世界で誰にも負けませんよ。たっぷり鍛えていましたから」
「投手?」
残り15秒。少年はとうとうひっくり返すべき石をすべてひっくり返したようだ。
そして彼は階段に向かって走り出した。鉄塔は高かったが屋上に続く階段を少年は2段飛ばしであっという間に駆け上がる。
残り3秒のところで表示は120に切り替わった。順番交代なのだろう。
感嘆の声を上げるヒメネス。
「まじかよ。間に合っちゃったよ! これで、単純なオセロゲームとしてはあの子の大量リードだ。何者だあいつ、ちょっとすごいぞ」
「あのひとは夏目ユキナガ。わたしの持ち主です。変な人ですよね。良きかな、良きかな」
ハツはユキナガのいる鉄塔に背を向けて、茫然としているヒメネスを残して歩き出した。




