九十四ニャン 原因は『過去』にあった
診察には、約1時間を要した。
こんなに長い診察は初めてだった為、いよいよかつおの不安も限界を越え、痺れを切らして診察室に何度も出向こうとした。
だが、その度にスマホアプリで、良い子でお留守番をしているヤマブキ達を眺めて、心を落ち着かせる。
ヤマブキ達もまんぷくが心配なのか、ネネとさくらは、ひっくり返ったままのまんぷくの餌入れをジッと眺め続け、ヤマブキとレイワに関しては、窓から離れようとはしない。
かつおとまんぷくが帰ってくるのを、静かに待ち続けているのだ。
そんな猫達の様子を見たら、飼い主であるかつおも、不安で揺れ動く心が一瞬にして静かになる。
「自分がしっかりしなくてどうする・・・!!」と、自分で自分に言い聞かせながら、じっと我慢しながら、診察室のドアが開くのを待っていた。
ガチャ・・・
「かつおさ・・・」
「先生!! まんぷくは・・・!!」
若干疲れを見せながら、診察を終えた院長がかつおを呼ぶよりも先に、彼が院長に詰め寄った。
すると院長は、何も言わずにかつおを診察室へ案内する。
すると、そこには『普段と変わらないまんぷく』の姿があった。
だが、まだサイズが小さいまま。
まるで落ち込んでいるような、目を背けているような、そんな俯いた体制のままのまんぷく。
かつおが撫でてあげても、いつもなら舐めて返事をしてくれる筈なのに、少しだけ反応するのみ。
「体調的にも、特に問題はありませんでした。レントゲンで胃の中を検査しましたが、特に異常
は何も・・・」
「・・・じゃあ・・・どうして・・・??」
「・・・・・これは、私の推察ではあるのですが・・・・・
『トラウマ』が甦ったのかもしれません。」
「・・・『トラウマ』??」
その言葉を聞いて、かつおはハッとした。かつてまんぷくが住んでいた環境。
路地裏ではキャットフードなんてない。
だからゴミ箱を漁って、食べられそうな物をとにかく胃の中に入れていた。
『健康』や『栄養』なんて、気にしている状況でもない。
それが例え、『ギリギリ食べられるようなモノ』であったとしても、生きる為には食べるしかなかった。
しかし、家猫としての生活に慣れてくると、野良猫時代の生活が嘘の様になっていく。
それは、良い事でもあるのかもしれないが、過去の生活が『トラウマ』として残ってしまうのは、仕方のない事なのかもしれない。
天敵に怯えなくてもいい生活、栄養たっぷりで美味しいご飯、愛情たっぷりの生活。
天敵に連日連夜怯える生活、栄養になるのかも分からない食べ物、孤独な生活。
その差が、時には『事故』を引き起こす引き金になってしまう。
特にまんぷくが生きていた路地裏は、『居酒屋』が多かった。
居酒屋で出される『残飯』や『材料』も、ゴミ袋の中にゴチャゴチャにして捨てられていた。
かつおは居酒屋に行く事自体そんなにないのだが、雰囲気や出されるメニューについては、酒好きな翼からよく話を聞いている。
居酒屋で出されるおつまみは、店によって違うものの、『刺身』を出す店は多い。
まんぷくの体調不良は、その『刺身の味』に誘発させられたもの。
昔はゴミ袋の中に入っていた、『腐りかけの刺身』でも、我慢して必死になって食べるしかなかった。
その記憶がフラッシュバックした影響で、今との生活のギャップに、体と心が拒否反応を起こしてしまったのである。
「・・・・・ごめんな、まんぷく・・・
俺がもっと配慮していれば・・・」
「・・・かつおさん・・・今はまんぷく君の側に寄り添ってあげる事が大事ですよ。」
まんぷくは、もう気持ち悪くないし、苦しくもない。ただ、悲しいのである。
せっかくのかつおの行為を、こんな形で返してしまった事に、後悔しているのだ。
だから、先程からまんぷくは、かつおと目を合わせない。合わせる顔がないのだ。
そんなまんぷくの『態度』に、かつおはフッと笑いながら、満面の笑みを向けてしゃがみ込む。
「まんぷくー! 良かったよー!
体に何の異常もなくて、安心してお家に帰れるねー!」
かつおの笑顔を見たまんぷくは、ヨタヨタと歩きながら、かつおの顔面に寄り添った。
まるで、『謝っている』様な態度。
そんなまんぷくを、かつおはギュッと抱きしめる。無事で何よりである事を、かつおも『態度』で現す。
そんな一人と一匹の様子を見て、院長もだいぶ安心した様な表情になる。
「私としても・・・このような事例は初めてだったので、びっくりしました。
ただ、別の獣医から話を聞いた事があるんですよ。
特に、野良時代に『悲惨な記憶』がある動物だと、人間に近寄れもしないんです。
まんぷく君の場合、キャットフードとおやつだけで、十分満足な様子ですし、あまりそれ以外
の物は口にしない方がいいでしょう。」
「そうですね・・・
・・・ありがとうございます! ありがとうございます!!」




