八十四ニャン レイワの過去
『外の世界』
それは、レイワにとって、一生縁のない世界の話。
だから、生まれてからずっと家の外で、厳しい環境の中で生きていたヤマブキやまんぷくの話を聞いても、あまりピンとこない。
ネネとさくらに関しては、もはや野良猫と同じ扱いを受けていた為、2匹の話をちゃんと理解している。
レイワは、4匹が『過去の話』を始めると、遠くへ行ってしまう。何故なら、話についていけないから。それは、人間関係でもよくある事。話についていけなくなったら、その場から離れるか、もしくは別の話に流れを持ち込むか。
かつおや4匹と、いつも一緒に過ごしているレイワに関しては、無理やり話を捻じ曲げなくても、過去話が終わったタイミングで、また話に加わる。
レイワが4匹の過去話を避けているのは、話についていけないから・・・というのもあるが
『申し訳なさ』を感じてしまうから・・・というのも一因だ。
レイワは、生まれてから今まで、外で寝泊まりなんてした事もない上に、餌に飢えた事なんて一度もない。
だが、ヤマブキとまんぷくは、そんな過酷な生活の経験者。
寒い時も、暑い時も、どんなに疲れている時でも、眠るのにマシな場所を、毎夜毎夜探し求めていた。雨の日でも、雪の日でも、寒さや暑さに耐えなければいけない。
いつ命が潰えるかもしれない環境の中、その日に生きられる事に感謝しながら。
かつお家で出されているようなキャットフードが、いつもゴミ袋の中から発見できるような環境でもない。
ましては、ゴミ袋の中から『食べられるモノ』がいつも発見できるとも限らない。何も胃に入れない日も、珍しくはなかった。
そんな2匹の過去話を聞く度に、レイワは「まさかそんなわけ・・・」と言いそうになるものの、2匹が嘘をついているわけでもなければ、話を盛っている様子にも見えない。
(いやぁー! もうすぐ夏になるけど、この家の中はいつも快適だね! ヤマブキ!)
(本当にそうだね、過去の苦労なんて、忘れてしまいそうになるよ。
暑くて暑くて、ひたすら木陰を探していたり、雨が降らなくて飲み水が確保できなかった
り・・・)
(・・・全然忘れられてないじゃないか。
・・・まぁ、僕も同じなんだけどね。
今考えると、本当、僕達ってどうしてあそこまで頑張っていたのか、ちょっと不思議だな。
飼い猫になったら、野良時代の悩みなんて、嘘みたいで・・・)
(・・・それくらいかつおさん達が、僕達を愛してくれてるんだよ。)
よく学生同士で、『違う部活同士では話が弾まない』という話をよく聞く。レイワは、まさにそんな立ち位置だ。
何故、そんな過酷な環境で生きられたのか、どうして折れなかったのか。
レイワは何度も思った、「自分なら、絶対生きられない世界だな・・・」と。
だが、その感情と同時に、「自分はまだマシなんだな・・・」と、少しだけ、自分が恥ずかしくなってしまう。
そして、中途半端に飼われている状態だった、ネネとさくらの話にもついていけない。
(・・・ねぇねぇ、お姉ちゃん。ヤマブキとまんぷくの話を聞いていると、私達の苦労って、ま
だマシだったのか・・・な・・・?)
(それは考えない方がいいんじゃないの?
私達も私達で苦労したんだから。
・・・でも、もうあんな『汚い床』と『気持ち悪い臭い』を嗅がなくてもいい事を考えると、
かつおさんには・・・感謝しかないわね。)
かつお家の猫の中で、レイワだけが、4匹とはちょっと事情が違う形で、かつおに引き取られた。
レイワに関しては、保健所を通していない。通していない段階で、かつおに救われたのだ。
だが、かつおとの出会いは、『奇跡』以外の何物でもない。
その『無責任』で、『理不尽』な事件は、唐突に起こった。
それでも、しっかり対処してくれたかつおや、インタビューに答えた地域住民は、大々的にニュースに載った。
そして、その一件から年月が経っていても、SNSからその事件の名が消える事はない。
かつおのSNSにも、ちょくちょくその事件に関するコメントが寄せられているのだ。
だが彼自身、『あの時』の記憶は、あまり良い記憶ではない。
その為、そのコメントは、薄めでぼんやりと眺めている。
もちろん、レイワとの出会いは、彼にとってもレイワにとっても、素晴らしいキラキラとした思い出。
ただ、その背景が、あまりにも『汚すぎる』のだ。
そんな背景もあって、SNSからなかなかその話題が消えないのかもしれない。
その事件はほぼ『未解決』のまま、うやむやになってしまった。
だが、『一番の被害者達』が、今もこの世で生き続けている。
だからこそ、うやむやになったままでも、大勢の人の記憶に残っているのかもしれない。
SNSや、テレビニュースにも取り上げられたその事件の名は、通称・・・
『猫カフェオーナー
失踪事件。』
その事件は、かつおがヤマブキを引き取ってから、4ヶ月程が経とうとしていた頃。
まだ若干、家に慣れていないヤマブキではあったが、拾った当初よりも体がしっかりと整い始め、かつおもようやくひと安心していた。
ヤマブキは、幼い頃から静かな猫であった。足音が静かなのはもちろん、鳴き声をあげる事も滅多にない。
成長した今でも、それは変わらないままなのだが、まだヤマブキ自身の事を詳しく知らない当時のかつおは、ヤマブキが静かすぎるのが、逆に心配になっていたのだ。
ヤマブキは、1歳になってまだ間もない。
大人猫になると、鳴き声をあげる事は少なくなるのだが、ヤマブキの場合、拾った当初から全然鳴かないのだ。
たまーに鳴く時があっても、たったの一瞬。
心配になったかつおが、それを獣医に相談した上で、改めてヤマブキを診察してもらったが、やはり『異常ナシ』
そこでようやく、かつおは気づいたのだ。ヤマブキは滅多に鳴かないものの、嬉しい時や楽しい時は、『態度』に現れる事に。




