六十九ニャン 滞りなく・・・
泡をかけられても、泡で全身が覆われても、暴れないまんぷく。
何度か頑張っているかつお向かって鳴き声を発したものの、引っ掻かれたり、浴室中を走り回る事はしない。
・・・いや、泡を乗せられて、かつおに洗われているまんぷくの顔は、うっとりしている様に見える。お湯が泡が怖いとはいえ、飼い主から目一杯、全身を撫でられている事が、嬉しくて仕方ないのだ。
かつおは、猫を撫でるのも一流。
どこを撫でれば猫が安心するのか、どこを撫でると猫が嫌がるのか、それらを完璧に把握しているかつおの両手は、まさに『ゴットハンド』
さっきまで緊張していたまんぷくの、心と体を徐々に癒していた。
カリ・・・カリ・・・カリ・・・
「・・・ミャーオ?」
(・・・ヤマブキ?)
浴室ドアはすりガラスになっている磨りガラスになっている為、ドアの向こうははっきり見えない。
だが、『肉球の色』や『体毛の色』で、誰がドアを引っ掻いているのかが分かる。
ドアの前でまんぷくの様子を伺っていたのは、クリーム色の体毛をしたヤマブキだった。
ヤマブキのピンク色の肉球がすりガラスにうつる度に、かつおは肉球が触れている磨りガラス部分を指でコンコン突く。
これには、三脚からカメラを離し、直接動画に収める必要があった。
「ヤマブキねぇー、心配なのかねぇー・・・」
「ミャーオゥー」
(僕なら全然大丈夫だよ! ヤマブキ!)
かつおは、すりガラス越しに見ているヤマブキの隣で、満腹の体をお湯で流す。
あまりにもまんぷくが大人しい為、片手でビデオカメラを持ち、もう片方の手でシャワーを持っていても、全然問題なかった。
まんぷくは、かつおの膝の上に乗ったまま、ヤマブキがいるであろう浴室の外をずっと見ている。
奥の奥の方では、レイワ達3匹の鳴き声も聞こえた。
「・・・よしっ、これくらいかな?」
かつおは仕上げに、まんぷくの濡れている体毛をギューッと絞り、水分を逃す。
洗われた後の猫はほっそりして、別『人』・・・ならぬ、別『猫』に見えてしまう。
まんぷくもヤマブキと同じく、ほっそりしている体型。
脚なんて、この前かつお見た桜の小枝くらい細くなってしまった。
しかし、まんぷくも昔と比べて体自体が大きくなり、重さもだいぶ増した。
譲渡会で会った当初は、一歳近くとは思えないくらい、体が小さかったのに・・・
いつの間にかヤマブキと肩を並べるくらい大きくなり、毛並みも綺麗になった。
「よーっし! 開けるよー!」
かつおが浴室のドアを開けると、まんぷくは一目散に飛び出す。
そして、まだ乾いていない体を必死に舐めていた。
浴室の外でずっとまんぷくを待っていたヤマブキも参加して、かつおはその間にドライヤーをセットする。
(よく頑張ったね、偉いよ。)
(『あったかいお水』とか『真っ白な塊』は怖かったけど、かつおさんに沢山撫でてもらえたん
だ!)
(そっかそっか・・・)
ヤマブキと話し込んでいるまんぷくを、かつおがタオルで包み込み、ゴシゴシと体を拭く。
いよいよ最後の手順、『ドライヤー』である。
暖かいお風呂は好きなヤマブキだが、強風と爆音のダブルコンボを向けてくるドライヤーは嫌いなのか、かつおがドライヤーのプラグをコンセントに差し込むと、ダッシュで何処かへ行ってしまう。
お風呂と同じく、ドライヤーが嫌いな猫も多い。
だから、ドライヤーが無理な猫・・・特にヤマブキは、タオルでしっかり水分を拭き取れば、後は自然乾燥で済ませている。
ヤマブキの場合、お風呂は嫌いではないのだが、ドライヤーが大嫌い。
一度、ヤマブキはドライヤーに猫パンチを食らわせ、ドライヤーを一つ壊した経験がある・・・が、あれは完全なる『事故』である。
元々そのドライヤーが古かった事もあるのだが、ヤマブキの強烈な猫パンチを食らったドライヤーは、そのままかつおの手元を離れ、床に落下、粉砕してしまったのである。
あの時のトラウマが、まだヤマブキの中に残っているのか、ヤマブキはドライヤーを見るだけですぐ逃げてしまう。
だがかつおは、ドライヤーの件をそこまで気にしていない。
むしろ、苦手な事を教えてくれて、嬉しかった節もある。
猫の『得意』『不得意』を知るのは、飼い主としての成長にも繋がる。
「・・・よしっ! 『てるてる坊主』の完成っ!
まんぷくはドライヤー、大丈夫かな?」
聴力が鋭い猫にとって、ドライヤーから発せられる音は、鼓膜が破れそうな程の大音量に聞こえても仕方ない。
そこで、かつおはヤマブキ以外の猫にドライヤーを施す際、タオルで猫の耳を隠し、音がなるべく耳に入らないようにする。
その姿は、さながら『手ぬぐいを巻いた泥棒』、もしくは『猫顔のてるてる坊主』
猫の耳はもちろん可愛いのだが、タオルで耳が隠れている猫も、まるまっこくて可愛い。
ついついかつおは、ドライヤーを一旦洗面台の上に置き、スマホでてるてる坊主状態のまんぷくを撮影する。
まんぷくの顔が元々まんまるな為、そこまで違和感はないのだが、耳がなくなるだけで、不思議と『人間らしい顔』に見えてしまうのである。




