六十八ニャン 意を決した一人と一匹
お風呂に使うビデオカメラは、もちろん『防水』
一度さくらが大騒ぎして、三脚をひっくり返してカメラを倒した事もある。
だが、ビデオカメラには何の損傷もなかった。
損傷・・・というか、その時慌てたかつおが、浴槽の縁に膝を強打して、膝がしばらくの間、青くなってしまった、それくらいの被害で済んだ。
ちなみに、かつおの膝蹴りを食らった浴槽は無事だった。
猫達のお風呂を撮影する時、三脚は浴槽の底に立て、動かないように固定しておく。
だが、さくらのタックルを食らった三脚は、そのまま壁に激突。
そんな事態にならないように、撮影用の『キャスト』がいれば、そんな事故は起こらないのだが、かつおが身近で頼れそうな人は、翼か椿くらい。
もちろん二人にも、仕事や用事がある。
一応、動画配信サイトを運営している会社では、『撮影用キャストの派遣』も行っているのだが。
かつおの住んでいる地方に、わざわざ撮影の為だけに来てもらうわけにもいかない。
交通費だって馬鹿にならない。
お金はちゃんと会社が出してくれるが、かつおの撮影の為だけに、こんな辺鄙な場所に来てもらうのは、逆に申し訳なくなってしまうのだ。
そもそもかつおは、家の中をあまり他人に出入りしてほしくない。
同じ地元に住んでいる翼や椿なら話は別だが、わざわざ出向いて来るくらいなら、自分で撮影をした方がマシ。
それに、猫に限らず、動物にとって、飼い主以外の人間を人間が頻繁に家を出入りすると、ストレスになってしまう事もある。
湯気が立って視界がぼやける上に、カメラが一切動かない『猫のお風呂動画』なのだが、意外にも視聴者の人気が高い動画シリーズである。
その大きな要因としては、やはりお風呂でパニックになった猫達が発する『鳴き声』にあるのかもしれない。
猫達にとっては『悲鳴』に違いないのだが、残酷な話、猫の鳴き声を一番聞けるのが、猫のお風呂動画なのだ。
しかし、苦手だから・・・と言って、お風呂に入らせないわけにもいかない。
家の中で安全に過ごしている家猫は、野良猫よりは汚れないものの、生きていれば当然体が汚れてくる。
それは人間でも同じ、室内犬でも同じ。
汚れは放置してしまうと、病気等のトラブルの原因になってしまう。
猫がお風呂を苦手なのも重々承知の上で、一緒に頑張るのが、飼い主としての『義務』である。
少しでも長く、生きられるように。少しでも長く、健康に生きられるように。
「・・・よいしょ・・・
あ、そっか。まんぷくは浴室に来たの初めてだったよね。」
割とお風呂が平気なヤマブキとネネは、かつおが入浴している最中も、浴室のドアを引っ掻いて、(開けてー!)とアピールする。
水やお湯は怖いが、浴室はあったかい。
特に、浴槽の暖かいお湯を冷めないようにしている『フタ』の上で、猫達がのんびりするヤマブキとネネ。
その時の動画も、かなり人気である。
さっきかつおが暖房をつけていた事もあり、浴室は暖かくてポカポカしていた。
その温もりは、浴室と脱衣所を隔てたドアからも感じ取れる。
まんぷくも、浴室内を探索するより、微睡む事で頭がいっぱいな様子。
かつおはというと、覚悟を決めて先程作った『猫用シャンプー製の泡』をセットする。
そして、いよいよシャワーに手をかけ、ゆっくりと蛇口を捻ると・・・
シャーアァー!!
「ニャァオゥゥゥ・・・」
(え・・・何アレ?)
施設で一度だけ見た事があるものの、もうその時の記憶はすっぽ抜けている為、まんぷくは際限なくお湯が出てくるシャワーに、興味はあるが近寄れなかった。
やっぱり怖いのだ。
かつおの使うシャンプーヘッドは、音が極力出ない物を使用している。
だが、それでもやはり、聴力のいい猫にとっては『恐ろしい音』と思われても仕方ない。
「まんぷくー、おいでー」
かつおはお湯の温度を確認して、片手でシャワーを持つと、もう片方の手でまんぷくを抱き上げ、自分の膝の上に乗せた。
そして、そのままシャワーのお湯を、まんぷくの体にゆっくりとかけてあげる。
すると・・・・・
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・
・・・まんぷく?? 大丈夫???」
爪切りの時と同様、まんぷくは我慢する時、いつも固まって動かなくなってしまう。
お湯をかけられても鳴き声一つ出さないまんぷくに、安心した反面、心配になるかつお。
お風呂の時にペットが大人しいのは、飼い主としてこれ程楽な事はない。
毎回ペットのお風呂で大騒ぎする家庭も、少なくないから。
しかし、まんぷくの場合、かつおの斜め上をいく行動の数々に、思わずかつおは笑ってしまう。
そのクスクスと笑う声に、ようやく我を取り戻したのか、まんぷくが「ミャーオ!」と鳴いた。
まんぷくの心臓はちょっとバクバクしているものの、爪切りの時よりはだいぶマシになっている。
・・・が、大人しすぎるのも、一周回って不安になるかつお。
猫を飼う苦労を知っている人間だからこその思考・・・なのかもしれない。
「・・・じゃあまんぷく、泡かけるよー・・・」
かつおが泡を恐る恐る、まんぷくの体の上に乗っけても、まんぷくは微動だにしなかった。




