六十四ニャン 花と猫
かつおは、ガラスのコップに水道で水を注ぎ、その上に桜の花びらを散らす。
ハンカチの上からヒラヒラと落ちる花びら、コップの底へ沈んでいく花びらもあれば、浮かぶ花びらもある。
この光景だけで写真になりそうなくらい、美しい。
かつおも、まさかこんなに美しい絵が撮れるとは思ってもいなかった為、猫そっちのけで、一個のコップを様々な角度から撮影する。
一番驚いているのは、かつおではなく猫達であった。
猫の目線から見えるその光景は、不思議でありながら、思わず見入ってしまう。
コップの底から見上げる桜の花びらは、まるで空に浮かんでいる『桃色の雲』の様だった。
部屋のライトに照らされ、コップの中に入っている水がキラキラと輝いている。
猫達は、もう一体どこを注目してみるべきなのか分からなくなって、さくらに至っては、混乱しすぎてよく分からないポーズになった。
まんぷくも、ヤマブキと同じく『元・野良猫』だったのだが、桜が見えるような場所に住んでいなかった。
まんぷくが住んでいた路地裏は、とにかく衛生状態が悪かった。
あちこちから残飯の異臭が漂い、鳥や虫の死骸が落ちているのが当たり前な場所。
コンクリートの隙間からは、草の一本すら生えていない、生える事すらできない、劣悪な環境。
時折ゴミ袋の中から見える、枯れた花の塊を見ても、何も感じなかったが、まだ瑞々しさが残っている植物を初めて見たまんぷくは、とにかく感動していた。
お店のイベント関連で貰った花束等は、枯れてしまえばゴミ袋の中に入れられ、捨てられてしまう。
生ゴミや食べ残しとと区別される事もなく・・・
まんぷくは、とにかく不思議で仕方なかった。
何故植物がこんなに綺麗なのか、どうしてこんなに生き生きとしているのか。
自分が見ていた、ゴミ袋の中の植物は何だったのか・・・
ヤマブキも、まんぷくと同じくコップの中身に見入っていた。
(・・・久しぶりに見たな・・・)
(え? ヤマブキ、桜の花を何度も見た事があるの?)
(『野良時代』にな。でもあの時は、じっくり見られるくらい、心に余裕はなかった。
とにかく、生きるだけで必死だったから。)
(あぁ・・・成程・・・
僕はね、こんなに綺麗な植物を見るのは初めてだから、『綺麗』よりも『びっくり』・・・か
な?
だって僕、『茶色い植物』しか見てこなかったもん。)
(そ・・・そうなのか・・・?)
(・・・今こうして、じっくり観察できるのは、かつおさんのおかげなんだね。)
レイワ・ネネ・さくらはというと、怖くて近づけていなかった。
そこでかつおが、コップを持ってレイワの元まで寄って来ると、レイワはコップを前足でチョンチョンと突いて、無害であるかを確認する。
まんぷくの場合、無害だと知った途端、すぐに警戒心が解けるのだが、レイワの場合は、無害だと知っても尚、色々と心配して、結局前に進めないのだ。
だが、さくらとネネは、コップに興味津々な様子。
ネネが前足でコップの中にチョンッと触れると、僅かな振動で水面に浮かんでいる桜の花びらがユラリと動く。
それに驚いたネネは、慌てて何処かへ逃げて行ってしまう。
さくらは何故か混乱しすぎて、コップに八つ当たりを始める。
「うわっ!!! とととととととととと!!!
危ない!!! 危ない!!!」
かつおの袖が少し濡れたものの、どうにかコップを落として破らずに済んだ。
かつおがもう一度、コップをテーブルの上に置いてみると、今度は5匹が続々とテーブルに集まって来る。
ついさっき逃げて行ったばかりのレイワやネネも、ヤマブキやまんぷくの様子を見て、コップの中にあるものが安全である事を認識した。
そして今度は、レイワがコップの中に手を突っ込む。
体だけではなく、足付近も毛で覆われているレイワの足は、水に少し触れるだけで、もうベッチョリ濡れてしまう。
そして、レイワの毛に絡み取られた桜の花びら。
レイワは思わず手を振り払って、手に付着している桜の花びらを取り除こうとするのだが、全然取れない。
そこでレイワは、その桜の花びらを舐めようとしたのだが、そこでかつおが止めに入る。
放っておいたら、レイワが桜の花びらを食べてしまうかもしれないから。
花びらを食べても大丈夫なのか・・・は、さすがに検索しても、確たる情報はなかった。
ただ、猫が花びらではなく、『草』を食べているのは、舐めてしまった体毛を体の外へ出す為。
花びらでもそれは同じ話なのか・・・と言われると、首を縦に振れない。
そして、あれこれしているうちに、レイワの前足は、もう水でベチョベチョになっている。
それをかつおはハンカチで綺麗に拭き取ると、タオルに残っていた花びらを手のひらに乗せ、皆に見せてあげた。
(・・・やっぱりコレ、食べられないんだな。)
(だから言ったでしょ・・・レイワ・・・)
レイワは、少しがっかりしたが、まんぷくはそんなレイワに笑いかける。
「皆は花びらよりも『おやつ』の方が好きだもんな、ちょっと待っててー!」
『おやつ』という言葉に反応した5匹は、一斉にキッチンへと向かう。
これこそまさに、『花より男子』ならぬ
『花よりおやつ』である。




