五十七ニャン 地元の付き合い
椿がエコバッグに詰め込んでいたのは、タッパーに入っている『椿の手料理』
かつおの健康を気にして、色々と作って冷蔵庫に入れておくのだ。
手作りが美味しい『肉じゃが』『ポテトサラダ』に加え、『クッキー』も入っている。
健康に気を遣っていても、やはり誰かの作った『飾らない料理』も美味しいもの。
だから、かつおはいつも椿の持ってきてくれた手料理を完食しては、タッパーだけ返している。
そんなやりとりをしているうちに、椿も猫達と仲良くなった。料理の対価が、『猫との触れ合い』なのだ。
そして、椿もまた、かつおの投稿する動画の視聴者である。
だから椿も、新入りであるまんぷくを知っていたのだ。
椿は手慣れた手つきで、5匹分の餌入れを並べると、かつおと同じ手つきで、お土産のおやつを一皿ずつ入れていく。
まんぷくは、初めて嗅いだ湿布の匂いに、思わず『フレーメン反応』を起こしてしまう。
突然のまんぷくの変顔に、思わず腹を抱えてソファに倒れ込んでしまった。
そのせいでまた、腿の痛みが再発して、餌入れを並べる椿は、そんなかつおを冷たい目で見ていた。
「何してんの?
あんたさっきからそこで・・・」
「いや・・・萌えただけ・・・」
まんぷくも、すかさずおやつに食らいつく。そして椿も、自分用にスマホで写真を撮る。
かつおの家へ頻繁に来るくらい、椿も猫が好きだ。だが仕事の都合上、猫は飼えないのだ。
彼女の職業は、『漫画家』
ただ、昔の様に『原稿用紙』や『インク』を使って制作するのではなく、『PC』と『ペンタブ』で製作して、出版会社へ送信している。
猫の肉球を傷つけるような『ペン先』や『カッター』が無いだけでも、まだ安全な方なのだが、かまってちゃんの猫と椿の生活は、ぴったりはまらないのである。
かつおもだが、やはり何かを作成するのに『モチベーション』や『ルーティーン』を大切にするアーティストも珍しくない。
かつおの場合、猫に振り回されても嫌にならない。むしろ嬉しい。
だが、元々しっかり物である椿は、自身の仕事が猫に邪魔される生活は、あまり考えたくなかったのである。
椿も一度、「猫を飼ってみたい」とかつおに相談した事があった。
だが、かつおはすぐに勧めるわけでもなければ、保護猫の譲渡会を教えるわけでもない。
『猫との暮らしのリアル』を教えてあげたのだ。軽はずみな気持ち・行動で、椿や猫に悲しい思いをさせない為に。
実際、『飼ってみたい』という気持ちだけで動物を家に入れるのは、非常に危険。
何故なら相手は『生き物』
後悔しても、手遅れな事が多い。動物や人間に対しても優しい椿なら、そのショックは計り知れない。
だからかつおは、あえて全力で後押しせず、猫を飼う際の『注意点』や『禁止事項』を教えてあげた。
例えば
『窓を開けっぱなしにしない、網戸でも猫は開けて外に出てしまうかもしれないから、家中の窓
を見直す必要がある』
『椿の住んでいるアパートの住民にも賛否を聞く。かつおとは違い、アパートには自分以外の人
間も住んでいる。
ちゃんとペットOKなのかを、大家に確認する。』
『餌もおやつも、多くあげてはいけない。
可愛くてついあげたくなる気持ちも分からなくもない。
だが、後にその猫が体調を崩したり、餌のあげすぎで病気になったりすると、その責任は飼い
主である椿が全部背負う事になる。』
その話を聞いた椿はハッとして、アパートの大家に電話する。
すると、椿の住んでいるアパートは『犬・猫禁止』であった事が発覚。
『金魚』等の『水生生物』を飼うのはOKだったが、『犬』『猫』『鳥類』『ハムスター』は禁止だったのだ。
椿の住んでいるアパートの住民の何人かが、自室に『金魚』や『めだか』を飼っているのを、彼女は幾度かみていた。
だから、てっきり『猫』もOKなのか・・・と、椿は思い込んでいたらしい。
かつおに相談せず、猫を飼い始めていたら、最悪アパートを追い出されたかもしれない事態にまで発展しそうだったのだ。
大家との電話を切った椿は、その場で膝から崩れ落ちた。
話し合いをしていたのはかつおの家だったのだが、普段は明るい椿が急に真っ青になった事に、側で話を聞いていたヤマブキ達は驚いていた。
アパートに限らず、『集合住宅』それぞれの規則も異なる。
『全ての動物の飼育禁止』なのか、
『一部だけOK』なのか、
『大家に話を入れておけば、全ての動物OK』なのか、それはしっかり確認しておく必要がある。
ペットショップで購入た後では、譲渡会で譲り受けた後では、もう手遅れなのだ。
その後、椿は改めて、かつおにお礼を言った。
「あのまま飼い始めてたら、仕事にも支障が出たかもしれない。『酷い結末』を招くところだっ
た。」
いつもはかつおに対して、若干ツンツンした態度を取る椿でも、この時ばかりは深々と頭を下げた。
かつおの投稿した動画の中にも、『猫を飼う際の注意点』を、何部かに分けて説明している動画集がある。
その動画を視聴した人のなかには、幾人もの『著名人』や『スポーツ選手』が、正式にコメントを残している。
猫を紹介する動画は数多くあれど、そうゆうセンシティブで繊細な動画はない。
やはり、視聴率を考えてしまうと、どうしても『可愛い動画』になってしまう。
『配信=職業』というのも、なかなかブラックななのだ。
だからこそ、かつおのように、自分の信念を貫きながら動画を投稿できる人は、世界でも指折り程度しかいないだろう。
批判も覚悟で、収入が少なくなる事も覚悟で、『生き物を飼う事がどうゆうものなのか』を、動画で説明している。
だからこそ、あちこちの方面で人気が出たのかもしれない。
椿も、そんなかつおの信念に救われた人の一人だったのだ。
ただ、その話の後に、かつおはこう付け加えた。
「猫が触りたくなったら、いつでも家に来ていいよ。」
「え・・・・・いいのぉ?!」
「椿が猫好きなのはよく分かった。
でも椿のように、事情が相まって『飼いたくても飼えない人』の為に、僕も頑張って動画にし
てるんだ。
・・・動画は後でじっくり鑑賞する『自分用』でもあるんだけどね。
でも、僕の飼っている猫達を愛してくれている事は、僕もとても嬉しいよ。だから・・・・・
椿は特別。
あ、その代わり、何か『お土産』の一つや二つ、持って来て欲しいな。
ほら、小学校・・・何年生だったか忘れたけど、家庭科の授業で『肉じゃが』作ったでしょ?
あれ、また食べたいな・・・」
とまぁ、そんな経緯があって、椿はよく翼の家へ出入りするようになったのだ。




