三十六ニャン リビングデビュー
その後、まんぷくはヤマブキに声をかける機会を伺っていた・・・ら、もうリビングデビューして一週間を超えていた。
かつおも、まんぷくをそろそろケージから出して、次のステップへ踏み込む意気込みをしている。
長かったようで短かった道のりだが、これでまんぷくも、晴れて『家猫デビュー』を果たす。
だが、まんぷくにとって、ヤマブキと未だにちゃんと話せないのが、一番の心残りであった。
他のレイワ・ネネ・さくらとは普通に言葉を交わせるようになったのだが、たった1匹だけまともに話ができない・・・というのも、良い気分がしない。
そうゆうところで、何故か真面目になってしまうのがまんぷくらしいのだが、かつおは決して焦られるような行動も言動もなかった。
『自分達のペース』『猫達のペース』に合わせてくれるかつお。しかし、ヤマブキの場合は、その『ペース』ですらよく分からない。
『人と人との距離感』もだが、『猫と猫との距離感』も大変だ。
特にまんぷくは、野良時代からずっと1匹で生活していた為、未だにその距離感がなかなか掴みづらい。
だが、あの時レイワが言っていた『ジョーク』の中には、しっかり『真実』もあった事を知ったのは、ネネからの補足であった。
(ヤマブキ兄さんが『元・野良猫』なのは本当みたいよ。私も詳しくは知らないし、ヤマブキ兄
さんが教えてくれないんだけど・・・
かつおさんがヤマブキ兄さんを拾った場所は、『ジッカ』っていう場所らしいわ。)
(『ジッカ』・・・? 聞いた事のない場所だな・・・)
かつおの家猫のうち、『元・野良猫』はヤマブキとかつお。『元・家(?)猫』はレイワとネネとさくら。
しかし、同じ野良猫同士ても、事情がアレコレ全然違う。だからこそ、同じ野良猫でも違いはある。
兄弟姉妹が全く違う性格・違い趣向になってしまうのと同じように。
まんぷくは、レイワ・ネネ・さくらの3匹に、ヤマブキについての話を色々と聞き込んだ。
その3匹の話をまとめると、ヤマブキは仲良くなるのに少し時間がかかるだけで、その他は特に変わらない、自分と同じ『普通の雑種猫』
それが分かっただけでも、まんぷくはだいぶ安心できた。
「後は時間の問題」と思い、とりあえずまんぷくは、翌日に控えた『ケージ外デビュー』に向けて、その晩は早めに寝た。
まんぷくは、ずーっと楽しみにしていたのだ。4匹と直接触れ合える日を、近くで一緒にご飯が食べられる日を。
施設に居た時は、確かに大勢の猫達に囲まれていたが、食事等も全てケージ内で行われていた為、あの三毛猫と一緒にご飯を食べる事も、一緒に遊ぶ事もできなかった。
まんぷくとしては、寂しい思いをしないだけでも幸せだったのだが、仲良くなればその分、もっと仲良くなりたい・・・と思ってしまうのだ。
ちなみに、かつおの家は三階建て。1階はリビング・キッチン・お風呂等、かつおの生活に欠かせない部屋。2階は丸ごと『猫部屋』
そして3階が、今までまんぷくがいた、通称『カメラ部屋』
3階で使われている部屋はそこだけで、三階の殆どは『倉庫』のような状況。
その倉庫の中に保管されているのは、ほぼ全て猫グッズ。かつおの私物は、保管されている荷物の中の10分の1にも満たない。
かつおにとって、必要最低限の日用品と食料、そして愛すべき猫を撮影できるカメラとパソコンさえあれば、生きていけるのだ。
もちろん、『災害』が起きた際の猫グッズも欠かせない。車にも積んであるが、倉庫にも出入り口に『非常用・猫グッズ』が並べられている。
かつてこの古民家には、『地元の有力者』が住んでいた事もあって、リフォームしてもその大きさと広さは、普通の一軒家以上なのだ。
地元を知らない人からすれば、『お金持ちの別荘』に思われそうだが、実際この家に住んでいるのは人間1人と猫5匹。
それでもまだまだ広いこの家で、かつおではなく猫が悠々自適に過ごしている。だから猫達が寝る場所も、遊ぶ場所も、いつも猫達の自由。
かつおの隣で眠る事もあれば、暑い夏になれば床が冷たくなる床で寝ている事もある。かつおの家には、至る所に猫がいる・・・と言っても過言ではない。
その上、かつおは一緒に暮らしている猫達を危険な目に遭わせないようにする為に、防災対策もバッチリしてある。
キャットタワーは、床にガッチリ固定。
地震で窓ガラスが割れても、家の前窓ガラスにはフィルムが貼り付けられている為、ガラスの破片が床に散らばって、猫達の大切な肉球が傷つく心配もない。
料理はしないものの、キッチンには火災警報器がきちんと備え付けられている。
家で料理をしなくても、火事が広がれば当然かつお達も逃げなければならない。
また、停電が起きた時の為に、それ程強い光を発さない『LEDライト』を部屋中に常備しておいて、真っ暗闇でも猫達が探せるようにしている。
・・・ちなみにここまでの話を、かつて雑誌の記者にインタビューで語ったところ、本気で引かれた。良い事ではあるのだが、手を尽くす理由が、自分でもなければ家族でもない、『猫』の為。
しかも、かつおは真顔で、「猫を守るのは当たり前ですが? 何か?」という表情で、記者をジッと見ていた。それがまた余計に怖いのだ。
本気もここまでくると、もう・・・
最近は、リビングで寝るまんぷくの為に、かつおはケージ近くに設置してあるエアコンを、夜中の間はつけっぱなしにして、まんぷくを凍えさせないように配慮する。
エアコンの温もりを知ったまんぷくはエアコンに向かって『感謝のお開き(へそ天)』を披露する。お腹を出して眠る事で、体が一層ポカポカに。
もうこの家に脅威は何も無い事を学習したまんぷくにとって、もう腹を隠してコソコソする必要はなくなったのだ。
・・・だがそのせいで、電気毛布の必要は無くなってしまう。しかし、まんぷくは電気毛布がコンセントに刺さっていなくても、その上で寝ている。
暖かくなくても、毛布の肌触りの虜になってしまったまんぷくは、時折寝返りをうちながら、今日も穏やかな夜を過ごしていた。
お日様が出ている間は、4匹がリビングで遊んでいる為、必然的に騒がしくなるも。
しかし、皆が眠りについた夜になると、リビングは別の部屋に思えるくらい静かになる。
聞こえるのは、壁にある『猫型の振り子時計』が時間を刻んでいる音のみ。




