三十ニャン 距離の詰め方
「・・・・・ほら、ヤマブキ。挨拶は?」
「ミ・・・ミャウゥゥゥ・・・」
(あの・・・そのおぉぉ・・・)
ヤマブキは、相変わらずまんぷくをずっと凝視していた。それが余計に怖くなったまんぷくは、ついつい情けない声が出てしまう。
施設で出会った三毛猫の場合、出会った印象は最悪だったものの、互いに近寄ろうと頑張ったおかげで仲良くなれた。
しかし、今回の場合は何もかもが違っていた。怒ってくるわけでもなく、接近して来るでもない。
ただひたすら、ずっと見続けているだけで、鳴き声一つも出さないまま、こう着状態が続いている。
まんぷくは目線で、かつおに助けを求めようとしたが、かつおの顔は至って『余裕』が見えていた。
「どう、可愛いでしょ!」と言いながら、ヤマブキにまんぷくを、もっと近くで見せようとする。
しかし、まんぷくはヤマブキからのプレッシャーに負け、彼の手から離れて部屋の隅へと引っ込んでしまう。
かつおが追いかけ、まんぷくを捕まえ、もう一度廊下で待つヤマブキの元へ行こうとすると・・・・・既にそこには、ヤマブキの姿はなかった。
かつおは一旦、まんぷくを部屋に残し、一階まで戻ると、キャットタワーに設置されている筒状の巣の中で丸まっているヤマブキを発見。
かつおは、ちょっと苦笑いを浮かべながらキャットタワーに近づくと、ヤマブキの胸の内を代わりに語ってあげる。
「新しい子が大丈夫な子なのか、確かめようとしていたんだよな。
だからずっと見ていたんだよね。ね。」
かつおが手を伸ばして、ヤマブキを撫でてあげると、ヤマブキは彼の手を舐める。
「いいんだよ、ヤマブキは自分のペースで付き合っていけば。すぐに仲良くなれ・・・とは言わ
ないから。
時間をかけて、ゆっくり仲良くなればいいよ。それまで僕が支えてあげるから、ね。
それにさ、大丈夫だったでしょ?
まんぷく、ヤマブキに全然威嚇もしなかったし、逃げちゃったけど・・・良い子だったでし
ょ?」
ヤマブキも、本当は分かっている。ただジッと見つめる事しかできない自分に対して、まんぷくはびっくりしたものの、喧嘩を売るような態度は見せなかった。
長男であるヤマブキは、レイワの時も、ネネとさくらの時も、ドアの前で様子を伺っていたのだ。しかし、威嚇をしなかったのはネネとまんぷくの2匹だけ。
レイワとさくらの2匹は、ただジッと見つめてくるだけのヤマブキに痺れを切らし、毛を逆立てて威嚇していた。
確かに、人間で例えても、ただジッと見てくる人というのは、『不審者』と間違われても仕方ないのかもしれない。
ヤマブキに決して悪意があるわけではないのは、かつおが一番よく理解している。
そして、ヤマブキは仲良くなるまでの期間が長いものの、親密になるととことん心を許してくれる事も。
長年の付き合いで、共に生活するようになったレイワ・ネネ・さくらの3匹も、ヤマブキが『不器用』である事をよく知っている。
しかし、ヤマブキはそんな自分の性格が気に食わないのか、毎回新入りが来る度に、こうしてキャットタワーの巣の中で拗ねてしまう。
顔は見えなくても、かつおには分かる。かつおが撫でてあげると、ゆっくりと顔を覗かせるものの、やはりその表情はどこか暗い。
かつおに混じり、3匹もヤマブキを宥めるのに協力する。
いつもは物静かで、顔色なんて変えないヤマブキが、あからさまに落ち込んでいる様子を見たら、人間でもびっくりする。
(なぁー、兄ちゃん。そこまで落ち込む事ないだろ。
『いつもの事』だろ?)
(こら! レイワ!!
・・・あぁ、レイワは気にしないで。別に貴方は新入りさんに爪を立てたわけでも、威嚇をし
たわけでもないんでしょ?
なら大丈夫よ、少なくとも私はそう思うわ。)
(お兄ちゃん?! 大丈夫?!
どこか具合が悪くなっちゃったの?! 病院行くの?!)
あんまりにも3匹が心配する為、ヤマブキも凹んだ感情のまま、渋々巣から出てくる。3匹と1人は、ようやく安心できた。
やはり、どんなに実績や経験を重ねていても、どうしても苦手なものは人間だってある。
ヤマブキの場合、『猫との付き合い方』が、いまいちよく理解できていないのだ。
・・・だが、それでもかつおは構わない。3匹も、そこまで気にしない。
それくらいなら、3匹と1匹でカバーできる。だから、ヤマブキだけが気負う必要なんてない。
しかし、ヤマブキはその優しさから、自分で自分を責めてしまう節がある。
レイワも何だかんだ毒を吐くけど、2匹と同じく心配していた。
だが、まんぷくはまだ3階で震えていた。ヤマブキが怖くて震えているわけではない。この先この家でやっていけるかが不安なのだ。
この家に住む・・・という事は、必然的に先住猫と仲良くしなければいけない。だが、先行きの見えない不安程、怖いものはなかった。




