二十三ニャン 猫好きのきっかけ
「君の名前は『まんぷく』だよ!」
かつおは、面と向かって彼に名前を教えた。そして彼は、かつおにつけてもらった『まんぷく』というの名前を、何度も何度も口にする(鳴く)
「・・・にゃー・・・にゃー?」
(・・・まんぷく・・・まんぷく?)
「そう! まんぷく!!」
かつおは、その晩は何度も何度も彼に名前を教え続けた。そのひと時が、この上なく嬉しかったのだ。
彼にとっても、自身に名前を付けられる・・・という事は『愛の証』でもある。
形にはならないけど、かつおとまんぷくを繋ぐ、『目に見えない糸』、それが名前。でも、まんぷくにとって、飼い主であるかつおの名前も大切であった。
だからいつの間にか、彼は自分の名前ではなく、かつおの名前を呼び始める。
「にゃー! にゃー!」
(かつお! かつお!)
「嬉しいか! 嬉しいか!
そうかそうか!
この様子なら、4匹と顔を合わせるのも、もう時期なのかもねー!」
その言葉を聞いたと同時に、まんぷくの動きは瞬時に止まってしまう。別に先住猫4匹が嫌いなわけでもないのに、無意識に緊張してしまうのだ。
だが、まんぷくに反して、かつおはご対面できる日が待ち遠しかった。
「エリザベスカラー取れた翌日には、会えるようにしておくから、それまでゆっくり体を休めて
ね!」
「・・・にゃー?」
(えぇ・・・また病院に行くの?)
まんぷくは、若干うんざりしてしまった。
もう病院なんて、行きたくないからだ。いつまでもこの家に、いつまでもかつおと一緒に居たいから。
「えっとですね、先住猫4匹とのご対面も動画にしていきたいと思いますので、皆さん気長にお待
ちいただきたいと思いまーす!
やっぱりね、まんぷくの体は一番大事だからね。」
その後、しばらくまんぷくはかつおと共に遊んだ。その最中、何度も名前を呼ばれる事で、自分の名前に馴染んでもらう、カツオの作戦でもある。
しかし彼は、そんな事をしてもらわなくても、既に自分が『まんぷく』である認識をバッチリ持っていた。
それでも、かつおがまんぷくを呼ぶ声が、余りにも優しかった為、どうしても彼の声に反応して、そばに寄りたくなってしまう。
ある意味、これもかつおが猫に好かれる、『猫にしか分からない魅力』なのかもしれない。
『動物に好かれやすい人間』という話があるが、かつおは猫だけではなく、様々な動物に好かれやすい性格と気質があった。
外をかつお歩けば、どんな鳥でも凝視してくる。外を散歩中の犬にまで、舌を垂らしながら友好的な態度で詰め寄られる。
かつおは鳥も犬も好きなのだが、やはり好きなのは猫。一時期、インコに興味があった事もあったが、『浮気』すると猫達がかわいそうになるので、やめた。
そもそも、彼の父親が『獣医』で、物心ついた頃から、彼はいつの間にか動物に詳しくなっていた。そんな彼が一番愛する動物が、『猫』なのだ。
それにも、ちゃんと理由がある。決して『可愛いから』という安直な理由ではない。
・・・いや、『可愛いから』という理由も含まれているのだが。だって、可愛いから。
かつおにとって、『猫』という存在は、自分を愛してくれた両親と同じくらい、大きくて大切な存在なのだ。
それこそ、『人生の相棒』と、大声で言える程に。『人生の恋人』と、人目を気にせず言える程に。
昔のかつおはとても体が弱く、学校に行きたくてもなかなか行けない、病弱な子供であった。
病院へ何度も入院して、手術の経験もあり、その時の傷跡は、大人になったかつおの体に残っている。
保健室ではもう常連になってしまい、一時期クラスメイトから『ズル休み』と言われ、揶揄われた事もあったが、事実も混じっている為、全面否定はできなかった。
成人した今はもう、健康的な生活を心掛ければ、風邪になる事もない、至って普通の体調になっている。
だが、子供の頃のかつおは、身体も含め、内面も『難有り』だった。
体調を崩してばかりで、同世代の子供と一緒に、何気ない会話をしたり、ひたすら疲れ果てるまで遊んだり・・・という経験がほぼ無かった。
彼の場合は、遊びたくても遊べなかったのだ。
決して、『外で遊ぶのが嫌だから』というわけでもなければ、『人と親しくするのが嫌だから』というわけでもない。
そんな気持ちの擦れ合いが、余計に幼い頃のかつおを苦しめていたのかもしれない。
そんな環境と事情のせいか、幼い頃のかつおは、本人も知らぬ間に、内気なネガティブ思考の持ち主になっていた。
よく漫画やアニメで出てくるような『憎らしいキャラ』になってしまったのだ。
・・・恐らく、彼の体調がずっと悪かったのは、精神状態の関係もあったのかもしれない。
その証拠に、今のかつおは、大好きな猫達に囲まれて、体調を崩すどころか、毎日元気が有り余っている状態なのだから。
猫達が真夜中に起きれば、一緒に猫じゃらしで戯れるし、猫達の餌を用意する為に、朝5時の早起きも厭わない。
そう、幼い頃から彼を支えてくれた存在は、大人になっても変わらず『猫』であった。
そして、彼が自分で初めて猫の世話をしたのは、小学校四年生の頃。かつおの父が拾って来た、『1匹の小猫』である。
かつおの父が営んでいた動物病院の玄関に、朝父が入口を開けに来てみると、小さな段ボールの中に入れられ、そのまま放置されていたのだ。
しかも、まだ産まれてから間もなかったのか、生きているだけでも幸いな状態だった。この状況からして、明らかに『捨て猫』
しかし、これから仕事に取り掛からなくてはいけない父と、動物病院の職員をしていた母では、付きっきりの面倒は見れなかった。
当時、丁度『予防接種』や『健康診断』の予約が立て続き、それらを全て断るわけにもいかなかったのである。
かつおの父が営んでいた動物病院があるのは、地方の片田舎。その為、かつおの父は、その地域でたった1人だけの獣医だった。
その上、相手は生き物、予定を引き伸ばして、余計に具合が悪くなる可能性も大いに考えられる。
そこで、子猫の世話役を買って出たのが、たまたま体調が悪くて家にいたかつお。
彼にとって、微熱はいつもの事だった為、少しだけ体調が悪いながらも、ちゃんと猫の世話ができた。
柔らかくしたご飯をあげて、体を毛布や自身の体温で温め、母から電話で的確なアドバイスをもらいながら、ずっとずっと、付きっきりで子猫を支えていた。
最初は不安だらけだったものの、回数や経験を重ねていくうちに、どんどん体がやり方や知識を覚え始め、子猫を保護してから一週間が経った頃には、もうかつおの家の猫として定着する。
そして、子猫を保護したかつおの中では、今までに感じた事のない、『達成感』と『高揚感』が徐々に生まれ始めていた。




