十六ニャン 家族
目が虚になりながら、彼は思い出す。一緒にご飯を食べたり、一緒に何気ない会話をしてくれた、カラス。
あのカラスが、今何処で、どうしているのか、気になる彼ではあったが、そこまで心配はしない。
何故ならあのカラスは、彼よりもずっと賢く、ずっと広い範囲を飛び回れる。彼も憧れていた、あの大きくて真っ黒な羽で。
しかし、羽のない自分でも、路地から離れ、新しく快適な生活ができるようになった事を、未だに彼は信じられない瞬がある。
目覚めたらまた、あの路地なのかもしれない。目覚めたらまた、あの保護施設にいるのかもしれない。
そんなことを考える事もしばしばあるのだが、彼は既に、『野良猫』としての感覚がだんだん薄れている。
彼は持ち前の『賢さ』から、『飼い猫』へトントン拍子に変わっていった。
一昔前の彼なら、人間を怖がって近寄りもしなかった。それだけではなく、食べられるかどうかも怪しいものを、毎日毎日食べ続けていた。
今も彼は、あのポリバケツの中にあった『果物の皮』の味が忘れられない。
彼にとって、アレは『食べられる物』よりもワンランク上の、『美味しい物』であったから。
しかし、今ではすっかり、『キャットフード』の味を覚え、匂いがするだけで人間に飛びつくようになってしまった。
彼のように、野良猫から飼い猫になるかは、若干『運』も必要になるくらい、難しい事。かつおも、その難しさを理解した上で、彼を保護する覚悟を決めた。
先住猫4匹に関しても、色々と苦労している。だがその『苦労』は、『経験』として今の彼を築き上げる『礎』となっていた。
その苦労を語った動画は、投稿してから数年が経過しても、まだまだ伸び続けている。
「安易に動物を飼うのは、『無責任』を通り越して『危険』なんですね・・・」
「『一人暮らしが寂しいから』という理由だけで飼おうとした自分が情けないです。」
「逆に考えれば、かつおさんはそれくらい、ネコを愛しているんですね!!」
動画に寄せられているコメントも、色々と考えさせられるものが多く、かつお自身も熟読して勉強している。
彼が動画にしているのは、ネコの可愛らしい光景や、ネコとの何気ない生活だけではない。
彼はネコの『ありのまま』を伝える為に、迎えた初日の彼も動画にする事にしたのだ。
視聴者によっては、「もっと可愛い動画を」とか、「もっとほのぼのした動画を」と求めている人がいる。だが、それではかつおの理念に反する。
猫は可愛い、だけど『命』である事を忘れてはいけない。修理すれば直るような『機械』ではない。
だからこそ、『ネコを飼う』=『命を扱う』という事を、視聴者に教えたい。
近頃は、安易な気持ちでペットを飼って、後々取り返しのつかない事態にまで発展してしまうケースが多い。
それは、あの動物病院の院長も、頭を抱えていた。
何故ならその後始末をするのは、基本的に本人ではない、『第三者(動物病院や施設)』であるからだ。
だからこそ、彼はこれからも訴え続けるのである。
『可愛いから飼う』 それは 『飼う動機』にはならない
という事を
それに、かつおにとってはエリザベスカラーをつけている彼でも、可愛い事に変わりはない。それこそ、どんな姿でも可愛いのだ。
眠っている彼でも、はしゃいでいる彼でも。
トンッ トンッ トンッ
下の方から聞こえてくる『足音』に、彼は少し動揺した。
だが、ゆっくりとドアが開き、そこから自分を覗くかつおの顔を見た瞬間、彼の顔もパーッと明るくなる。そしてかつおの手には、トロトロにしたご飯が。
ようやく体調が戻りかけた彼のお腹は、ようやく空腹を訴える。
「まーお まーお」
(ごはーん! ごはーん!)
「ごめんねー!
今下の子達にご飯あげてきたから、君はゆっくり時間をかけて食べようねー!」
そして、かつおが部屋の電気をつけるのに戸惑っている間にも、ドアの隙間から彼を見る『一対の目』
が見え、彼はびっくりして後ろに下がる。
「あー、こらこらこら!
ヤマブキー、もうちょっとだけ待っててー!」
ようやく電気をつけたかつおは、部屋へ強引に入ろうとしたヤマブキを下の階へと誘導して。今度こそ彼にご飯を挙げる準備を始める。
エリザベスカラーをつけていると、どうしてもご飯が食べにくくなってしまう。
エリザベスカラーを一旦外す事もできるのだが、それだと心配なかつおは、ご飯と一緒に持ってきたスプーンを使って、少しずつ彼に食べさせてあげる事に。
また、食欲がない場合も配慮して、カツオブシやおやつ等も、予めストックしてある。
お湯でふやかしてはいるが、ちゃんと適度な温度になるまで、かつおはそのご飯を先住猫から『死守』していた。
おかげでかつおのジーンズに、ほんのちょっぴりご飯が飛び散ってしまい、先住猫はそっちに反応して、かつおのジーンズにバリバリかじりつく・・・等。
彼がぼんやりしている間に、そんな大事が、下の階で起きていた。




