第四十五話 防衛戦 その弐
建石野は松前の西の辺りである。
ここにも砲台があり、新政府軍の艦隊に必死の砲撃を浴びせていた。
この建石野の砲台及びごく近くにある折戸の陣地が人見の頼みの綱だった。
「松岡さん達を折戸で出迎えて合流しよう。新政府軍を何とか止める」
決めた後はもう振り向かない。
城はほぼ空にして、全兵力で出陣した。
「前方の陸軍、後方の艦隊か。進むも地獄、退くも地獄。ならば前に進むまでよ!」
人見は豪快に笑った。
折戸の陣地に辿り着くと、すぐに胸壁に取り付いた。
松岡らと合流はしたが、兵数は心もとない。
僅か六百程度だ。
これで千五百の兵を迎え撃つのは至難である。
胸壁があっても厳しい。
「けれどそんなことも言ってられねえよな」
「すまない、人見さん。何も出来ないままだった」
「いいんですよ、松岡さん。それより今は眼前の敵だ」
意気消沈している松岡を励まし、人見は兵達を指揮する。
すぐに新政府軍が迫ってきた。
勢いに乗り、激しい銃撃を叩き込んでくる。
「この程度の兵に遅れを取るな! 奇跡は二度は起きはしない! 撃ち崩せっ!」
新政府軍も必死である。
先の松前防衛戦ではまさかの敗退を喫した。
その分もお返しせねば気が済まない。
この陸軍の気概が移ったわけではないが、艦隊の意気込みも高かった。
「わざわざ甲鉄艦まで繰り出したのだ。このような小さな拠点、一気に攻め落としてくれる」
「砲撃を建石野に集中させろ。外れても構わん。数撃てば当たる」
乱暴な指示ではある。
だが的は得ていた。
新式のアームストロング砲は確かに射程は長い。
だが長射程になればなるほど、命中精度は低くなる。
遠距離から撃って撃って撃ちまくる。
運が良ければ当たるだろうというわけだ。
蝦夷方としては外れ続けてくれ、と祈るしか無かった。
一発、二発ならば怖くは無い。
だが、五隻の軍艦が艦砲射撃を繰り返すのだ。
重なった外れの後には命中する砲弾もある。
土砂が爆発的に舞い上がる。
兵士が文字通り粉微塵になった。
建石野砲台はじわじわと破壊されていく。
「全艦を岸に近づけろ。近距離からの砲撃でかたをつける」
「全兵に告ぐ。突撃してとどめをさすぞ。胸壁に取り付く賊軍を攻め落とす!」
海と陸、新政府軍は双方から攻めかかった。
この窮地において、松前の兵達は驚くほど奮戦した。
胸壁から躍り出て、新政府軍と白兵戦を繰り広げたのだ。
自分達の三倍の敵を相手に半刻(=約一時間)も戦ったのは大善戦と言っていい。
だが、そこが限界だった。
気がつけば城は落城していた。
「松前が、敵の手に落ちた」
兵の一人の呟きは落胆に満ちていた。
海からの砲撃により、城の防御力は大きく低下していた。
そこを別動隊に狙われたのだろう。
人見達は帰るべき場所を失った。
四月十七日、午後四時。
松前陥落。
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「ここは死守せねばならぬ」
大鳥圭介は静かに決意を固めていた。
彼の持ち場はやはり木古内である。
松前が攻撃に晒されていることは知っている。
恐らく二股口も同じ状況だろう。
自分も死力を尽くす必要がある。
"こちらの手勢は五百"
敵兵は一千人強とこちらを上回る。
これだけ見れば劣勢だ。
先の戦い同様、上手くはめられるとは限らない。
だが、木古内の備えにも前回とは違う点がある。
「回天、蟠竜が海から援護してくれる。ならば奇策に頼らずとも勝てる」
虚勢ではなく、大鳥は確かな自信があった。
彼の聡明な頭脳に、今は実戦をくぐり抜けた貫禄も備わりつつある。
指揮の正確さ、状況判断力が増している。
榎本の指示により、二隻の軍艦は函館から木古内に来航していた。
艦砲射撃で牽制すれば、木古内を守ることは可能だ。
この大鳥の見立ては正しかった。
数日に渡り、蝦夷方は新政府軍を退けた。
「一進一退か……願わくば一挙に殲滅したいところだが」
戦況を睨み、大鳥は策を練る。
「中々攻め落とせないな。だが、松前が先に落ちれば」
だが新政府軍が一枚上手だった。
元々、本命は松前攻略の方だったのだ。
両者が真正面から戦うこと数日、戦況が一変した。
「松前が落とされました! 松前の守備隊は敗走、こちらに合流の模様!」
「人見様は無事ですが、どの兵も疲労困憊の様子。なお、敵艦総計五隻が松前から木古内の沖へ回り込んでいます」
「く、ここにきて戦力の差が如実に!」
兵達の報告に大鳥は悔しがった。
軍服の袖に爪を立てる。
こちらの軍艦は回天、蟠竜の二隻。
新政府軍は甲鉄艦を筆頭に五隻。
まともにぶつかれば勝ち目は無い。
せめて虎の子の二隻は函館に戻さねばならない。
この辺りの判断に戦略家としての大鳥の才が伺える。
「すまん、大鳥さん。俺達が松前を守れなかったばかりに」
「今はそんなことを言っている場合ではありません。人見さん、あなたも早く退却を」
「いや、せめて奴等に一太刀浴びせてやらねば」
人見の主張は分かる。
大鳥も武士である。
だが、彼自身も断腸の思いで退却を決断したのだ。
人見をここで死なせるわけにはいかなかった。
「人見さん、ここは我慢だ。無理に突っ込んでも無駄死にです。耐えて下さい。五稜郭で最後の一戦に賭けましょう」
最後の一戦という重い単語に、人見は沈黙した。
劣勢が明らかである以上、もはやそれしか手は無いのだ。
大鳥が全兵に改めて告げる。
「木古内は放棄だ。全兵、退却! 五稜郭に戻るぞ!」
反対意見を強引に封じ、大鳥は撤退を正式に表明した。
記録には『大鳥圭介来り総軍を五稜郭城付近に引き上げを令す、衆肯ぜず、大鳥口を極め諸長を説諭し終に二更木古内を発し泉沢二及ぶ』と残っている。
"すまない、土方さん。松前も木古内も陥落した。あなたが独り頑張っているのに"
函館への道中、大鳥は悄然としていた。
回天、蟠竜を無事に戻せたことがせめてもの慰めであった。
四月二十三日、木古内は新政府軍に占拠された。
函館以外で防衛線を引いているのは、二股口だけとなった。
土方歳三はただ一人、この最終防衛拠点を守っている。




