第四十四話 防衛戦 その壱
歳三が五稜郭で短い滞在を終えた頃、江差方面では早くも次の戦闘が勃発していた。
蝦夷方としては江差を奪い返したい。
新政府軍としては攻略の拠点として何としても死守したい。
お互いの思惑がぶつかる。
「松前を取れなかったとはいえ、押し込んでいることには変わらん。焦らずじっくり抑え込む」
新政府軍には余裕があった。
江差から四里ほど南下した場所に石崎という町がある。
そこに軍を展開した。
その数、千五百人。
第三陣も加わり、士気は高い。
この敵の行動に対し、蝦夷方は苦慮した。
「松前を空城にする覚悟があれば、全兵力を注ぎ込める。それでも六百五十しか動員出来ないがね」
こう言って、人見勝太郎は頭を掻いた。
人見は松前奉行を任されている。
そのため、松前の守備が第一任務だ。
けれども江差を追われた役職者の気持ちも分かる。
彼らは彼らで必死なのだ。
武人としての負い目がある。
「人見さん、無理をしないでください。元々我々が江差を奪われたのが悪い。松前は重要な場所だ。守備兵は残すべきです」
決死の覚悟で松岡四郎次郎は答えた。
江差奉行として、彼が抱えるものは大きい。
"自分が江差を死守していれば"
何度も歯噛みした。
兵数の差はあることは承知している。
装備の差があることもだ。
だが、松前、木古内、二股口の勝利が彼の背中を押していた。
焦燥感と勇気と意地がないまぜになっている。
「江良村から北上し、石崎から出てくる敵を叩く」
そう決意した。
江良村は松前からやや北に位置する漁村である。
人見も松岡の決断を尊重した。
最終的に松岡に預けた兵は五百。
松前を守備する兵は百五十となった。
「五百も指揮させてもらうわけにはいかない」
松岡は一度は断ったが、人見は首を横に振った。
「いいんですよ。どのみち合わせても六百五十しかない。新政府軍の兵数と比べれば微々たるものだ。松岡さんの意地に期待します。それに松前にも城はある。籠城すれば時間は稼げますから」
どこか突き抜けた笑顔だった。
ここまで言われれば松岡は「感謝します」としか言えない。
五百の兵を進軍させ、江良村から出発した。
西側は海だ。
海面にはやや波が立っている。
四月とはいえ、潮風が冷たかった。
逸る気に任せ進んでいく。
だが、松岡はすぐに進軍を止めさせた。
新政府軍が思いの外、早く姿を現したのである。
「江差を奪うどころではないか。まずはここで食い止めねばならんな」
この辺りの道は海岸沿いであり狭い。
大軍を展開出来る地形ではない。
包囲殲滅の恐れは少なく、松岡はそこに望みを見出した。
移動式のアームストロング砲を前面に持ち出す。
とにかくこれ以上の前進は許さない。
「撃て!」
号令一下、大砲が火を噴いた。
鋳鉄製の砲弾が唸り、着地点を爆散させた。
もちろん新政府軍も黙ってはいない。
同じ大砲を用い、撃ち返してくる。
ドゥン、ゴゥン、と轟音が海岸沿いに鳴り響いた。
次第に新政府軍が圧し始める。
砲兵の練度と気持ちの余裕が効いてきた。
「くそっ、仕方ない。江良村まで撤退だ!」
松岡が苦渋の決断を下した時だった。
「危ない!」と兵の誰かが叫んだ。
一瞬の空白、後に続くは着弾の轟音。
しかも前からではない。
横、つまり海側からだ。
「何だ、今のは!?」
「あそこです、沖合いをご覧下さい! 船が、敵艦発見っ!」
「敵艦だと」
松岡は呻いた。
視線を北の海へと凝らす。
なるほど、確かに一隻の船が見える。
軍艦らしき武骨な外見であった。
黒い煙を吐き出し、ぞろりとこちらに艦首を向けている。
「あれは薩摩の春日丸か。退け、ここで撃ち合うな、とにかく江良村まで退けーっ!」
村まで逃げれば最低限の遮蔽物はある。
そこに隠れながら、大砲を撃ち返す。
松岡が考え出せた反撃の術はそれだけだった。
だが責めることは出来ない。
陸からは圧倒的多数の敵兵が。
海からは軍艦の艦砲射撃が。
両面作戦を展開する余裕は無い。
「もはやこれまでか。松前は無事であろうか」
死を覚悟しながら、松岡は部下の兵達を急がせた。
四月十七日、戦線は大きく動いた。
この時、歳三は再び二股口へと戻っている。
新政府軍の攻撃は松前にも及んでいた。
江差から艦隊を回し、海から松前を狙う作戦だった。
数は四隻。
その先頭に立つのは甲鉄艦である。
「威風堂々とはこのことか」
人見が皮肉っぽく言った。
豪胆な男だが、僅かに冷や汗をかいている。
甲鉄艦の強さは先の宮古湾海戦で身に沁みている。
更に悪いことに、松前には軍艦は無い。
対抗出来そうな装備は旧式の大砲だけだ。
「やるだけやってみるさ」と人見は言った。
海岸に設置された砲台を起動させる。
「砲弾装填、火薬準備よし」
「角度調整、風向き確認」
「目標、新政府軍艦隊」
「よし、砲撃開始!」
砲兵達はよく働いた。
旧式とはいえ、アームストロング砲である。
轟音と共に砲弾を放つ姿は迫力があった。
沖に着弾すると、派手な水飛沫が高々と舞い上がった。
「おお!」と誰かが叫んだ。
「いや、駄目だ。水飛沫があがるってことは船には当たっていない。威嚇にしかなってない」
チ、と人見が舌打ちした時だった。
敵の艦隊が横腹を見せるように並んだ。
距離は遠い。
こちらの大砲の射程からも外れている。
だが、そこから容赦なく撃ってきた。
ガゴォン、と大きな音と共に炸裂する。
土煙がもうもうと立ち込めた。
砲台は外したものの、陸までは届いていたのだ。
兵達が動揺する。
「あの距離を届かせてきただと?」
「一里はあるぞ。新型の大砲か」
「こちらの大砲ではとても届かんぞ」
性能の差をまざまざと見せつけられた。
それでも無抵抗でやられる訳にはいかない。
必死で撃ち返す。
敵の軍艦が接岸すれば、松前全域が砲撃に晒される。
何としても阻止せねばならない。
だが、時間経過と共に形勢は不利になっていく。
敵艦が五隻に増えたのだ。
増えた一隻は薩摩の春日丸である。
江良村を砲撃した後、南下して松前攻略に加わった。
それ即ち。
「江良村から部隊が撤退中、ここ松前に戻ってくる途中です」
「敵は石崎から進軍、江良村を占領。そのまま松前攻略にかかる模様」
伝令が慌ただしく飛び交う。
人見の決断は早かった。
「城に籠もってもジリ貧だ。松岡隊を出迎えて、そのまま敵を迎え撃とう」
迎撃の場所は松前の西、建石野と決めた。




