第三十九話 新政府軍、上陸
京都では新撰組副長として、歳三はだんだら羽織の隊士達を指揮していた。
今は事情が異なる。
陸軍奉行並として指揮する軍は、様々な出自を持つ。
主力は伝習隊である。
旧幕府にてフランス軍事顧問から訓練を受けた部隊である。
洋式の軍事訓練を受けており、質は高い。
更に、函館新撰組、旧幕臣の脱走部隊である回天隊、仙台藩などの諸藩からの合流兵がいた。
いずれも新政府に頭を下げるを潔しとしない者達である。
今、歳三の目の前で彼らが訓練を行っている。
武器は刀ではなく小銃だ。
密集隊形を取り、即座に全員が膝立ち。
そこからの射撃、散開、移動。
戦闘形式も完全に洋式となっていた。
"この戦のやり方を新撰組が知っていればな"
訓練の様子を見ながら、歳三は思わずにはいられない。
鳥羽伏見の戦いでは長州藩にしてやられた。
洋式訓練の習熟度と武器の差が原因だ。
刀以外の武器を知っていたならば、引けはとらなかっただろう。
あの敗北から一年。
歳三は戦術家として大幅に進化を遂げていた。
「撃ち方やめーっ!」
頃合いをみて歳三は訓練を止めた。
ぴしっと兵達が整列する。
規律の行き届いた動きであった。
「本日の訓練はこれにて終了。明日出兵することになる。心しておくように。解散!」
指示を出し、歳三は五稜郭に向かった。
表情は険しい。
新政府軍との戦闘は間違いない。
本日は四月八日。
この日、江差の沖合で新政府軍の艦隊が確認された。
明日九日には江差へ上陸作戦を敢行することだろう。
ちりり、と背筋が震えた。
"ここでやらねばならない"
心中密かに思うことがある。
この数日ずっと考えている。
榎本らと軍議に参加していても、頭の片隅に巣食っていた。
「明日には新政府軍は江差を攻略するだろう。江差を落とした後は、各地に軍を展開してくる」
榎本が話す内容は、事前に予想されていた通りだ。
南の松前を狙うことは必定。
更に江差から東進して、函館を直接脅かしてくる。
「そこで陸軍のお二人にお願いしたい。大鳥さんは木古内へ出陣。木古内は松前と函館を繋ぐ街道にある。ここを分断されるとこちらは窮地に立たされる」
「故に敵も狙ってきますね。分かりました、お任せください」
大鳥は榎本の指示を快諾した。
元々予想していた範疇だ。
その表情には一片の曇りも無い。
榎本が歳三の方を向く。
「土方さんは函館北西の二股口を。敵は山越えしてくるだろう。そこを叩く」
「任せてください」
無論、歳三に否は無い。
数日前に大鳥と話した通りである。
既に準備は整えていた。
「榎本さん、二股口は絶対に抜かせません。私にも意地がある」
「お願いします、土方さん」
榎本は頭を下げた。
死地に向かう人間に礼を失してはならない。
榎本なりの男気であった。
大鳥にも同様に頭を下げた。
大鳥は笑って「止してくださいよ、榎本さん。成すべきことを為す。それだけですから」と答えた。
歳三が言葉を連ねる。
「同感です。士道とは何かを新政府軍の奴等の目に刻んでやる」
口調に苛烈なものが含まれていた。
榎本と大鳥がハッとした顔つきになる。
歳三は気が付かなかった。
いや、気が付かないふりをした。
軍議が終わった。
大鳥が歳三に追い付いてきた。
「土方さん」
「何でしょうか」
「あまり思いつめたような顔をしてはいけない。敵は目前だが、今からその様子では疲れてしまう」
「すみません。けれど大丈夫です。ここからが私の……いや、俺の見せどころなのだから」
歳三は大鳥と目を合わせた。
その目は静かな、だが猛々しい闘志を秘めていた。
咄嗟に思うところがあり、大鳥は納得した。
「武士道に殉じるつもりですか、土方さんは」
「いや、死のうと決めたわけではありません。ただ、そうですね。士道を汚す生き方はけして出来ないと−−そのように強く思っています」
「……どこまでも真っ直ぐな人だ、あなたは」
大鳥はため息をついた。
呆れたわけではない。
悲しいわけでもない。
この男は自分には手が届かない場所にいる。
その事実に感銘を受けたが故である。
対して歳三は特に返す言葉は無い。
ただ「江戸以来、大鳥さんと一緒に戦えてよかった」と言った。
ゆっくりと噛みしめるような言い方であった。
大鳥は微笑した。
「私もです。それでは」
「ええ」
最後に深々と一礼し、歳三は立ち去った。
ふと五稜郭の窓の外を見た。
函館の町に淡い四月の陽光が射している。
******
日は明けて、四月九日。
新政府軍の第一陣は江差の北、乙部村に上陸した。
その数、千五百。
少ないようにも思えるが、まだ第二陣、第三陣が控えている。
しかも甲鉄艦を中心とした艦隊がある。
江差はあっという間に新政府軍の手に落ちた。
この時江差奉行の職にあったのは、松岡四郎次郎という男だ。
松岡は「まともに戦っては全滅必至」と即座に退却を命じた。
臆病なようにも見える。
だが、兵の損失を防いだという点では有効だった。
「松前まで南下する。松前の守備兵と合流して対抗しよう」
松岡は檄を飛ばし、兵達を急がせた。
事態は刻々と変わってゆく。
もたもたするわけにはいかない。
新政府軍の動きは榎本の読み通り。
江差で軍を三つに分けた。
一つは南下して松前へ。
一つは松前と函館の中継地である木古内へ。
最後の一つは一気に内陸を東進し、函館を脅かす動きだ。
函館手前の山地を占拠しにかかる。
「来やがったな」
松前奉行の人見勝太郎は気勢を上げた。
江差から松岡が率いてきた兵は二百五十。
松前の守備兵は四百。
合計で六百五十。
それなりの数は揃っていた。
「木古内を取られれば、函館と松前の連絡は遮断される。ここは取られるわけにはいかない」
函館から出陣する時、大鳥は決意を固めた。
率いる兵は僅か二百弱。
十分な数とは言えない。
だが、大鳥にも思うところはある。
土方歳三の覚悟を見てしまったからだ。
自分が弱音を吐くわけにはいかない。
「いよいよ始まるか」
歳三は軍馬に騎乗した。
兵を率い、函館を後にする。
九日の内に市渡村に到着した。
二股口まで残り三里の小さな村だ(一里=約4キロ)。
この日はここで宿泊となった。
囲炉裏の側に座る。
四月の蝦夷の夜はまだまだ寒い。
火にあたりながら、歳三は次のように語ったという。
「我が兵は限りあるも、官軍は限りなし。一旦の勝ちありといえども、その終には必ず敗れんこと、鄙夫すらこれを知れり」
−−こちらの兵数には限りがある。
だが官軍は本土から次々兵を送ることが出来る。
一度や二度勝っても、最後には負けるだろうな。
誰でも分かることさ。
だが、これで終わらないのが歳三である。
「そうだとしても、俺は退く気は無い。最後の最後まで戦い、抗い、目にもの見せてやる」
パチリ、と囲炉裏の火が弾けた。
歳三はそれ以上喋らなかった。




