↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12  作者: 倉谷 梟帥
PR
9/13

5-(1)

 イナンナは翌日10時にホテルにやって来た。ラウンジでイナンナと会った日向(ひゅうが)は、彼女の浮かない顔を見て、楽観的な期待を捨てた。彼女は、鞄(かばん)からこげ茶色のノートを取り出し、テーブルの上に置く。

「昨日、夜遅くまでかけて、ノートの隅々(すみずみ)まで読んだわ。」

 投げやりな言い方だ。

「お疲れ様。君の努力に感謝するよ。」

 自分の苦労を誰かに分かってもらいたい気持ちを察(さっ)して、丁寧(ていねい)に賛辞(さんじ)を返す。

「このノートは、フィンのケルトに関する研究ノートだったわ。彼のケルトマニアっぷりは、知っているでしょ?それは、ヒューの想像以上に病的よ。」

 まただ。ケヴィンについて話すイナンナの言葉には、いつものイナンナの印象からは想像できない程(ほど)、批判的な感情が露(あら)わになる。

 日向(ひゅうが)は、イナンナが置いたノートを取り上げる。パラパラとページを繰(く)りながら、イナンナの説明の続きを聞く。

「最初は、恐らくフィンがまだ少年だった頃に、このノートを書き始めたんじゃないかしら。幼稚(ようち)な文字、拙(つたな)い文章で、彼の実家の近くにある遺跡(いせき)について調べた内容を書いているわ。その後も、イギリス中のドルメン、メンヒル、ストーンサークル、羨道墳(せんどうふん)…ありとあらゆる古代遺跡(いせき)を訪(たず)ねて、ケルト人の偉大(いだい)さに結び付けようとしている。…正直、途中で読むのが苦痛になったわ。」

 イナンナは、思い出すのも嫌(いや)だと言う口調(くちょう)で吐(は)き捨てる。

 ドルメンとは、数本の巨大な石を立てて、その上に、これまた巨大な石を屋根の様(よう)に載せた石器時代の遺跡(いせき)だ。メンヒルは地上に立てられた巨大な1本の石の遺跡(いせき)。羨道墳(せんどうふん)は、土を盛った墳丘(ふんきゅう)の側面に、中へと続くトンネル状の通路が設(もう)けられている墓だ。日向(ひゅうが)にとって、そのどれもが、ケヴィンからしつこく教えられた事柄(ことがら)だ。

「でも、みんな凄(すご)い遺跡(いせき)なんでしょ?」日向(ひゅうが)が口を挟(はさ)む。「フランスにあったメンヒルには、高さが20m以上、重さが300tを超えるものが有ったって聞いたよ。そんな物を立て並べられるだけでも、相当偉大(いだい)だ。」

「時代考証(こうしょう)がなってない。」

 イナンナは面倒臭(めんどくさ)そうに言う。

「そうなんだ。」

「それらの巨石遺跡(いせき)が作られたのは石器時代。今のケルト人の祖先がブリテン諸島に侵入して来たのは、その後の青銅器時代。」

「成(な)る程(ほど)、時代が合ってないんだ。」

「フィンがそれを知らなかったとは思えない。多分(たぶん)、このノートを書き始めた頃のケヴィン少年は知らなかったのでしょう。けど、途中で知った筈(はず)…。このノートを読むと、そんな定説ごとひっくり返そうとしているのが分かる。」

 日向(ひゅうが)の脳裏(のうり)に、ブリテン諸島に残る遺跡(いせき)について熱く語るケヴィンの姿が思い起こされる。

「年齢が上がるにつれ、調査範囲がブリテン諸島全体に広がり、ヨーロッパ本土にも出掛けている。…そして、最後は、ストーンヘンジ。ストーンヘンジに、数字の12とケルト人を結び付ける手掛かりを探している途中で、ノートの記述(きじゅつ)は終わってる。」

「内容はそれだけ?」

「ええ。」

「何か気になる所は無かった?」

「このノート、3分の1くらいはまだ使われていない。終わりのページから数枚、切り取られた跡がある。」

「え?」

 日向(ひゅうが)はノートの裏表紙(うらびょうし)を目一杯(めいっぱい)開(ひら)いてみる。紙が綴(と)じられている根元近くから、カッターの様(よう)な鋭(するど)い刃物を使って、丁寧(ていねい)に数枚のページを切り取った跡が残っている。

「これ…。」

 日向(ひゅうが)は言い掛けて口をつぐむ。

「いつ切り取られたのか判(わか)らないからはっきり言えないけど」日向(ひゅうが)が状況を理解したと察(さっ)して、イナンナは言葉を足(た)す。「そこに何か鍵(かぎ)になる書き込みがあった可能性はある。でも、自分が大切に記録していたノートに、わざわざ後ろから書き込む内容って何かしら。」

 切り口は新しい。その上、切り取った時期も揃(そろ)っている。メモ用紙が見付からない度(たび)に代(か)わりに切り取ったにしては、揃(そろ)い過ぎている。

 ケヴィンは、自分がケルトの末裔(まつえい)だと言う事を隠していなかった。むしろ、それが自慢であるかの様(よう)に日向(ひゅうが)にも話した。なら、何故(なぜ)、このノートを隠す必要があったのだろう。イナンナが説明してくれた様(よう)な内容なら、見られたところで、何の不具合(ふぐあい)も無い。…揶揄(からか)われるのが嫌だった?例(たと)えば、日本の中学校にあたるセカンダリ・スクールの頃からこのノートを付けていたとして、同級生にそれが見付かってしまう。『お前、なに陰気臭(いんきくさ)い事やってるんだよ』などと揶揄(からか)われて、それがトラウマになったとか。ガキは相手の気持ちなんか考えずに行動するから、有り得(え)そうなシチュエーションだ。ケヴィンのプライドは酷(ひど)く傷付くだろう。…でもやっぱり変だ。ケルトマニアの趣味は隠さないのに、ノートだけ隠すのは理屈(りくつ)に合わない。小さい頃からそんな趣味していたと知られたら、ドン引きされるんじゃないかと恐れていた?…いやいや、ケヴィンはそんな繊細(せんさい)な神経の持ち主じゃない。もっと別の所に原因がある筈(はず)だ。そうなると、この切り取られた部分に元々何か書かれていた事柄(ことがら)があって、それを人に見られない様にしていたと考える方が理(り)に適(かな)っている。でも、今となっては確かめようもない。

「もう、それは判(わか)らないよ。せめて、書かれていたのが、今回の件とは関係の無い内容であってくれと祈(いの)るしかない。」

 イナンナが冴(さ)えない表情になる。

「兎(と)に角(かく)」気持ちを立て直そうと、日向(ひゅうが)が話す。「今、手にしているノートから得(え)られる情報で、できるだけの事をしよう。短絡的(たんらくてき)な考えで投げ出してしまっては、後悔する事だってあるさ。」

 日向(ひゅうが)は、ノートのページをめくりながら考える。このノートはケヴィンの思いが凝縮(ぎょうしゅく)された物だ。自分はケルト人、そのケルト人の偉大(いだい)さを証明するための研究…。

「ケヴィンがストーンヘンジや12に注目し始めたのは、いつ頃からなんだろう。」

 日向(ひゅうが)が一人考え込んでいる間、腕を組み、目を閉じていたイナンナが疲れた視線を日向(ひゅうが)に向ける。

「そのノートの記述には、日付が書かれてないから分からないけど、ストーンヘンジや12についての記載(きさい)が出てくるのは、最後の数ページよ。」

 日向(ひゅうが)は、文章が書かれている最後のページから順に遡(さかのぼ)ってみる。ページ数で4ページ。50ページ以上書き溜(た)めた全体からみれば僅(わず)かだ。

「大学進学で、北アイルランドからイングランドに出て来て、ストーンヘンジを調査し易(やす)くなってから始まったって感じかな。」

「そんなところかもね。」

 ケヴィンの記述の最後だけ、目を通してみる。

『ストーンヘンジに12を表す遺構(いこう)が無いのは、意図的(いとてき)に隠されているからかも知れない。12は神が与えた神聖な数だからこそ、恐らく特別な形で表されたのだ。ストーンヘンジでは、ケルトの民に力を与える12にまつわる儀式(ぎしき)が行なわれた。だから例(たと)えば、儀式を行なう聖職者(せいしょくしゃ)たるドルイドの人数を12人とし、12の神器(じんぎ)を使って執(と)り行なう。ああ、どんなに厳(おごそ)かで壮麗(そうれい)な儀式だった事だろう。だが、こうして頭の中で思い描(えが)くだけの日々はもう終わりになる。僕は更(さら)に一歩真実に近付く。12の真理に繋(つな)がる尻尾(しっぽ)の先は、目の前に見えている。数日後、きっと僕は希望に満(み)ち溢(あふ)れているだろう。』

 ドルイドは、ケルト世界で尊敬を集めた聖職者だ。勿論(もちろん)キリスト教とは関係ない。キリスト教世界から見れば、妖(あや)しい術を使う呪術者(じゅじゅつしゃ)と見做(みな)されてしまう…と、ケヴィンが教えてくれた。それにしても、また12か。ケヴィンは12に特別な意味があると拘(こだわ)っているのだから、しょうがない。

「フィンの失踪(しっそう)に」日向(ひゅうが)は、ノートを閉じて、テーブルに置きながら話す。「このノートに書かれている事が関係しているなら、新しい記載程(ほど)関係している可能性が高いんじゃないだろうか。ナンはこのノートの最後の文章をどう解釈(かいしゃく)した?」

「きっと、ストーンヘンジにおける12という数字について、新しい解釈を何か思いついたのよ。それで、それを検証しようとしていたってところじゃないかしら。」

「そうだね。僕も同じ様(よう)に思った。」

「それが失踪(しっそう)した原因なの?」

「直接的じゃなくて、間接的な原因かも知れないよ。例えば、新しい解釈につながる何か証拠を探しに遺跡(いせき)に出掛けて、穴に落ちて身動きが取れなくなっているみたいな、行った先でアクシデントに見舞(みま)われたのかも知れない。」

「そうね。」

 イナンナの反応は芳(かんば)しくない。視線を逸(そ)らし、何か考えている様(よう)だ。

「フィンが、何か調査に行くとしたら、どこだと思う?」

「え?」声を掛けられて、我に返ったイナンナが日向(ひゅうが)を見つめる。「何?」

 日向(ひゅうが)はもう一度同じ事を問い掛ける。

「それは…」イナンナは少し考えてみてから口を開(ひら)く。「ストーンヘンジじゃないかしら。」

「うん。僕もそう思う。他の場所は、ノートの最近の記述(きじゅつ)に登場して来ない。僕にはそこしか思い付かないよ。」

「あ、ちょっと、待って。」

 イナンナが片手をあげて、日向(ひゅうが)の話を制する。何か思い付いたに違いない。日向(ひゅうが)は期待して彼女の次の言葉を待つ。

「ストーンヘンジの近くに、ストーンヘンジと関係すると思われる遺跡(いせき)が発見されたの。遺跡(いせき)そのものは、随分(ずいぶん)前から知られていたのだけれど、それが、ストーンヘンジと同時代の物で、互いに関連していると分かったのは、最近の事よ。」

「成(な)る程(ほど)。フィンは12に繋(つな)がる新しい証拠を求めて、その遺跡(いせき)を見に行ったのかも知れない。」日向(ひゅうが)は何だかワクワクしてくる。「早速(さっそく)、そこに行ってみよう。何かヒントが得(え)られるかも知れない。」

「穴に落ちたフィンが見付かるとか?」

 イナンナが悪戯(いたずら)っぽく微笑(ほほえ)む。日向(ひゅうが)は彼女の冗談(じょうだん)に乗る。

「兎(うさぎ)の穴を探そう。もし、フィンが落ちていたら、一気に解決だ。」

 遺跡(いせき)の名前はダーリントン・ウォールズ。ストーンヘンジの近くの街、エイムズベリーの北、ストーンヘンジからは北東の方角に位置する。二人はそこまでのルートを確認して、明日ダーリントン・ウォールズとストーンヘンジの両方を見に行くと決めて別れた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。