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12  作者: 倉谷 梟帥
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10/13

5-(2)

 次の朝、ホテルに迎えに来たイナンナを見て、日向(ひゅうが)は驚いた。

 短い髪を赤いチェックのヘアバンドで止め、膝丈(ひざたけ)のフレアスカートは鮮(あざ)やかなスカーレット色だ。花柄(はながら)の刺繍(ししゅう)が入った白いシャツから透けるブラの線に、つい視線が行ってしまう自分が情けない。

「おはよう、ヒュー。」

 イナンナの爽(さわ)やかな笑顔。急に、日向(ひゅうが)の胸が騒(さわ)がしくなる。

「おはよう…、今日は、ストーンヘンジに行くんだよね。」

「あと、ダーリントン・ウォールズにも。」

「えっと…、それじゃ、行こうか。」

 レンタカーに行ってみれば、後部座席に籐(とう)のバスケットが積まれている。

「ランチ作って来た。」

 バスケットを見る日向(ひゅうが)の視線に気付いたイナンナは嬉(うれ)しそうだ。

「すごいな…。」

 ちょっと待て、ちょっと待つんだ、日向(ひゅうが)。自分達は何しにストーンヘンジに出掛けるんだ?

 日向(ひゅうが)の戸惑(とまど)いに気付かないのか、イナンナは上機嫌(じょうきげん)で車を発進させる。

「ナン、今日はとっても楽しそうだね…。」

 助手席からおずおずと話し掛ける。

「そう見える?そうかもね。」

「どうしてかな。」

「何?言って欲しいの?」

「え?言って欲しいって?」

 運転するイナンナが、フフンと鼻で笑う。

「二人でドライブするのは初めてじゃない。あ、空港に迎えに行ったのはノーカウント。」

 イナンナがウインクする。

「そうか、そうだね。」

 それで嬉(うれ)しい?確かに、日向(ひゅうが)は嬉しい。ケヴィンには悪いが、イナンナと二人で出掛けるなんて、跳び上がりたいくらいに嬉しい。でも、それで本当に良いのか?

「ヒューは、そうでもない?」

「いや、違う。」日向(ひゅうが)は慌(あわ)てて否定する。「嬉しいよ。って言うか、最高。」

「それじゃ、楽しみましょ。遺跡(いせき)の傍(そば)にランチを広げられそうな所があれば良いんだけど。」

「ストーンヘンジは観光客ばかりで難しそうだね。ビジターセンターの周(まわ)りなら大丈夫かな。」

「そうね、そうだと良いんだけど。ヒューは、サンドイッチなら、中の具は何が好き?」

「え?サンドイッチと言えば、B.L.T…」

 タマゴサンドは、日本以外じゃ一般的じゃないんだよな。

 また、フフンとイナンナが鼻で笑う。

「結構(けっこう)、オーソドックスね。」

「サンドイッチの種類をあまり知らないんだ。どんなサンドイッチをナンは作って来たのかな…って、そうじゃなくて、ちょっと、この話の前にひとつ確認させてくれ。」

「ん?急にどうしたの?」

「僕は、こうしてナンと居られるのが楽しい。ケヴィンの事は心配でもあるけど、イギリスにやって来たのは、ナンがヘルプを出したからだ。ナンじゃなかったら来なかったよ。正直に言えば、ケヴィンには悪いけど、ケヴィンの件は、ナンと会うための口実みたいなものだ。」

「そう。」

 イナンナは気を悪くするどころか、笑顔で運転している。

「でも…、でもさ、ナンは違うんじゃないの?ケヴィンの安否(あんぴ)が心配だろ?」

「まあ、そうね。」ナンは小首を傾(かし)げる。「でも、フィンの事が心配だったら、四六時中(しろくじちゅう)、哀(かな)しい顔して居なけりゃならないの?楽しい事は禁止?」

「確かにそんな事はないけど…、僕は、彼氏のフィンが居なくなったのを上手(うま)く利用しているみたいで心苦しいよ。」

「え!何ですって?」

 イナンナは車を走らせたまま、驚(おどろ)いた顔を日向(ひゅうが)に向ける。途端(とたん)に車がふらつく。

「ナン、前、前!」

 イナンナは申し訳(わけ)程度に進行方向にも視線を向けるが、彼女の注意は助手席の日向(ひゅうが)に向いている。

「ちょっと、今、何て言ったの?フィンが私の彼氏だって言わなかった?」

「ああ…、言った。」

「冗談(じょうだん)でしょ、フィンと付き合おうと思った事すらない。なんで、ヒューはそんな風(ふう)に思ったの?フィンに何か言われた?」

「その…、君達(きみたち)と会った時から、二人は親しそうにしてたから。フィンには何も言われてないよ。勝手に僕がそう思い込んだだけだ。」

「じゃあ、今、誤解を解いて。フィンと私は、同じ大学の友人の一人。」

「御免(ごめん)、勝手に勘違(かんちが)いして。でも、じゃあ何故(なぜ)、こんな手間を掛けてまで、居なくなったフィンを探そうとしているんだい?」

「そうね…」イナンナは真顔(まがお)に戻(もど)る。漸(ようや)く前を見て落ち着いて運転してくれる。「友達だから、急に行方(ゆくえ)が分からなくなれば、当然じゃない?」

 なんだろう、探(さぐ)る様(よう)な言い方。日向(ひゅうが)の顔を見ないのは、運転に集中しているからだろうか。

「そうだね。僕も、こうしてフィンを探している。彼の力になりたい気持ちは本当だから。」

 日向(ひゅうが)も前を見て黙り込んだ。


 ダーリントン・ウォールズは単なる野原だった。本来はダーリントン・ウォールズに付属する遺跡(いせき)であるウッドヘンジの方が有名だ。ウッドヘンジはかつて木の柱がストーンサークルの様(よう)に同心円状に立て並べられていた。今は、柱を立てた穴に木の杭(くい)が打たれて、切り株(かぶ)の集まりの様になっている。傍(そば)にある駐車場からウッドヘンジを見に行く。ウッドヘンジとは道路を挟(はさ)んだ反対側に広がる何も無い草原、その中にダーリントン・ウォールズの遺跡(いせき)が眠っている。そこに遺跡(いせき)があると知らしめているのは、遺跡(いせき)に関する説明が書かれた掲示板(けいじばん)だけだ。視界に広がるのは、だだっ広い草原とその向こうに所々(ところどころ)かたまって見える林。観光客でごった返すストーンヘンジと対照的に、ここを訪(おとず)れる人は少ない。のどかなイギリス郊外の風景を満喫(まんきつ)できる。

 来る前に良く考えてみるべきだった。こんな開(ひら)けた草原で、しかも近くに町があり、幹線道路には常に車が流れている様(よう)な場所だ。もし、本当にケヴィンがこの場所を訪ねていたとして、事故や事件に巻き込まれ、この場所から動けなかったのなら、日向(ひゅうが)達が来るずっと前に誰かが発見している。もし、ここから連れ去られたり、自分の意志で移動したとするなら、この場所になんら痕跡(こんせき)など残っていなくても当然だ。自分達は、一体(いったい)何を期待して、ダーリントン・ウォールズまでやって来たのだろう。

「ここに、集落があったんだ。」

 英語の説明文にある集落の復元予想図と、目の前に広がる草地を見比(みくら)べても、今1つ想像できない。直径500mの土手(どて)と堀(ほり)で囲(かこ)われた範囲に、新石器時代終わり頃の住居の痕跡(こんせき)があると言う。だが日向(ひゅうが)の目の前にあるのは、それこそ本当に、兎(うさぎ)の巣穴でもありそうな草原だ。

「この遺跡(いせき)から東にあるエイヴォン川まで土手(どて)と堀(ほり)で縁(ふち)どられた通路が通っていたの。エイヴォン川を少し下流に下ると、同じ様なアベニューと呼ばれる通路が川からストーンヘンジまで続いている。考古学者達は、このダーリントン・ウォールズを定住するための集落ではなく、ある時に人々が色々な地方からここに集まって来て、ここから川へ、川からストーンヘンジへと通(かよ)ったんではないかと想像しているそうよ。」

「つまり、この集落は、儀式(ぎしき)のための集合場所で、儀式(ぎしき)の当日、専用の通路を通って、川に出て、舟で川を下り、また専用の通路を通って、ストーンヘンジに行って儀式(ぎしき)を行なったって事?」

「さあ、何が行なわれていたのかは想像するしかないけど。」

「ナンも、ケヴィンみたいに遺跡(いせき)に詳(くわ)しいんだな。」

 イナンナはフンと鼻で笑う。

「そうね、彼と同じ様(よう)なものかも。」イナンナは、日向(ひゅうが)を振り向いて、微笑(ほほえ)んで見せる。「ストーンヘンジに行きましょ。ビジターセンターの片隅(かたすみ)でランチが広げられたら良いんだけど。」

 二人は、レンタカーに戻(もど)る事にする。

「ダーリントン・ウォールズから直接ストーンヘンジに参道を繋(つな)ぐのじゃなく、一度、川を挟(はさ)むってところに、古代人にとって、何か意味があるんだろうな。」

 日向(ひゅうが)は草に足を取られない様(よう)、足元ばかり見て歩く。

「そうかもね。」

「日本人の古い死生観(しせいかん)では、生者(せいじゃ)の世界と死者の世界の間に三途(さんず)の川と言う想像上の川があるんだ。川が2つの世界を隔(へだ)てている。死んだ者の魂(たましい)は、この川を渡って死者の世界に行く。年に一度、夏のお盆と言う時期に、死者の魂が川を渡って故郷に帰って来る。先祖の魂が迷わずに帰って来れるよう、お盆の期間の始めに迎(むか)え火と言う火を焚(た)いて目印にする。お盆の最後には、迷わず死者の魂が戻(もど)れる様に送り火と言う火を焚(た)く。…さっきのナンの話を聞いて、そんな事を思い出したよ。」

「面白(おもしろ)いじゃない。」イナンナは、日向(ひゅうが)と並んで歩きながら応(こた)える。「生と死の2つの世界を隔(へだ)てるのが川。そう言えば、古代エジプトでは、ナイル川の東は生者(せいじゃ)の世界、西が死者の世界とされていたと言うわ。ストーンヘンジが死者の世界と関連しているかは分からないけど、きっと、古代プリテン島のホモサピエンス達は、川を介(かい)す事で、俗(ぞく)なる世界と聖(せい)なる世界を分けたかったのかも知れないわ。」

「話はエジプトまで広がるのか…」

「あら、当然。古代、メソポタミアやエジプトの方が文明の中心。遠い彼方(かなた)の文明が、この地の古代とも関係しているの。経緯(けいい)を知りたい?」

 イナンナは笑顔で日向(ひゅうが)を見つめる。この状況、答えは1つしかない。

「ああ、知りたい。」

「良かった。それじゃあ、その内、話してあげる。」

 なんだ、今話してくれる訳(わけ)じゃないんだ。ちょっと肩透(かたす)かしを食らった気分だ。だとしても、イナンナが上機嫌(じょうきげん)なら、日向(ひゅうが)にはそれだけで充分だった。


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