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12  作者: 倉谷 梟帥
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4-(2)

 ケヴィンの部屋は、大学から1kmも離れていないレンガ壁の古いアパートの2階にあった。今回の件で家主(やぬし)と顔見知(かおみし)りなったミセス・オブライエンが、鍵を借りて来てドアを開ける。イナンナと日向(ひゅうが)は、婦人に続いて中に入った。

 いわゆる1LDKの部屋。壁際(かべぎわ)にベッドが置かれ、並んでデスクがあり、その上に本やノートパソコンが置かれている。書物は大学で使用する教科書やノート、論文のコピー類だ。キッチンには小さな冷蔵庫。ケヴィン一人が食べるのに必要なだけの食器は、きちんと洗って片付けられている。

 質素(しっそ)で何も無い。

 極端(きょくたん)な言い方かも知れないが、部屋に入った時に日向(ひゅうが)はそう思った。壁に掛けられたコルクボードにピン止めされた小さな写真に目が行く。近寄(ちかよ)って見てみると、石の壁に掲(かか)げられた円形の板の様(よう)な物が写っている。大きなダーツの的(まと)にも見える。

「アーサー王の円卓(えんたく)ね。」

 隣に来て、日向(ひゅうが)が見ている写真を覗(のぞ)き込んだイナンナが教えてくれる。

「へー、これが。」

 あの有名な円卓の騎士が使った円卓なのか。

「勿論(もちろん)、偽物(にせもの)。12世紀になって作られた物だって話よ。ウィンチェスター城にある。…見に行きたい?」

 イナンナはぞんざいに言う。これは、見に行こうという雰囲気(ふんいき)じゃない。第一、そんな余裕は無い。

「1、2、3…」

 円形のテーブルを放射状に区切り、交互に色が塗り分けられている。そこに座る人の名前も書かれている様(よう)だ。日向(ひゅうが)はその数を数える。

「…24。アーサー王を除いて24だ。円卓の騎士って24人なんだっけ?」

「え?」彼のデスクを調べ始めていたイナンナが振り返る。「…ああ、諸説(しょせつ)あるわ。中には千人を超える話まで。勿論(もちろん)、12人と言う説もある。」

 イナンナが妖(あや)しく微笑(ほほえ)む。

 これも12にまつわる話か…。

「それよりも、こっち。」

 イナンナがデスクを指でトントンと叩(たた)いて、日向(ひゅうが)の注意を向けさせる。机の上には、こげ茶色のノート。使い込まれて角(かど)が丸くなり、毛羽立(けばだ)っている。イナンナがデスクの上の本やノートの中から探し出したのだろう。日向(ひゅうが)はデスクに近寄る。

「このノート、見た事があるよ。いつだったか、フィンが持っていた。」

 日向(ひゅうが)はノートを見下ろして、そっとその表面に手を伸ばす。

「私もよ。」

 イナンナが意味有(あ)り気(げ)に日向(ひゅうが)を見る。

 あの時、日向(ひゅうが)がこのノートの覗(のぞ)き込もうとしたら、ケヴィンは慌(あわ)てて鞄(かばん)にしまったっけ。きっと何かある。

 日向(ひゅうが)もイナンナを見て、小さく頷(うなず)く。

「ミセス・オブライエン。」

 ノートを取り上げると、イナンナは婦人の所に行き、交渉(こうしょう)を始める。その間に、日向(ひゅうが)はデスクの上を更に調べる。試(ため)しにノートパソコンの電源を入れてみる。ブートパスワードが設定されている。きっとこの中には、手掛かりが山の様(よう)に入っているのに違いないが、これでは手が出せない。パスワードを破ってまで侵入するのは、警察じゃない自分達にはやり過ぎだろう。次にデスク上に積まれた教科書とノートをパラパラとめくってみる。取り立てておかしな所は見付からない。背を持って振ってみても、ページ間に挟(はさ)まっている物が落ちて来る様(よう)な事も無い。

「…ありがとうございます。」

 婦人とイナンナの交渉は終わった様だ。イナンナは笑顔だ。上手(うま)く交渉成立したのだろう。彼女の腕には、さっきの古びたこげ茶色のノートが抱き締(し)められている。日向(ひゅうが)達はその後も、冷蔵庫の中から、ベッドのマットレスの下まで調べたが、怪(あや)しい物は見付けられなかった。

 結局、成果はノート一冊だけ。調査を終えて引き上げようとした時、玄関ドアの内側に紋章旗(もんしょうき)が張り付けてあるのに気付く。水色の地を背景にして、嘴(くちばし)と翼(つばさ)を持った怪獣の横向きの姿が描かれている。

「これ、なんだ?」

 立ち止まった日向(ひゅうが)の口から思わず声が漏(も)れる。

「何かの紋章旗。」イナンナも日向(ひゅうが)の隣(となり)で止まり、旗を眺(なが)める。「私も知らない。」

「これは、アーサー王の紋章(もんしょう)。」

 婦人が声を上げる。イナンナと日向(ひゅうが)が婦人を振り返る。旗を見る婦人の顔は、どこか誇(ほこ)らしげだ。

「青は、王の気高(けだか)さの象徴(しょうちょう)。そして、グリフィンは、神が認めた王統の証(あかし)。」

 淡(あわ)い微笑(ほほえ)みを以(も)って旗に見取れる婦人の表情を、日向(ひゅうが)は何か不思議な気持ちで見つめた。


 ミセス・オブライエンをホテルに送り届けた後、車で日向(ひゅうが)の泊まっているホテルに向かう。

「ノートは私が管理するのが条件だって。」

 イナンナが揶揄(からか)う様(よう)な横目で日向(ひゅうが)を見る。日向(ひゅうが)は西洋人が良くする様に肩をすくめてみせる。

「構(かま)わないさ。どうせ僕には読み解(と)けない。」

 さっき問題のノートを開(ひら)いてみたが、お世辞(せじ)にも綺麗(きれい)とは言えない手書きの英文で埋まっていた。綺麗にタイピングされた文章ですら、読むのに苦労する日向(ひゅうが)には到底(とうてい)手が出せない代物(しろもの)だ。

「ナンが中身をチェックして、気になるところをピックアップしてくれよ。」

「私の勘(かん)に頼って良いの?」

「勿論(もちろん)!僕の勘よりも数倍優(すぐ)れていると思う。」

「それじゃ、今日、これを持って帰って目を通してみるから、明日、ヒューのホテルで話し合うので良いかしら。」

「OK。」

「あとは何かやっておく必要有る?」

「やっておく事じゃないが」日向(ひゅうが)の声のトーンが一段下がる。「さっきのフィンの部屋、気にならなかったか?」

「何が?」

「綺麗(きれい)に整理整頓(せいりせいとん)され過ぎてるって。」

「デスクの上の教科書やノートは乱雑に積まれていたけど。」

「そうじゃなくて、余計(よけい)な物が何もないって感じだった。普通に生活していれば、何気(なにげ)ない無駄(むだ)な物がそこらに散乱しないか?例(たと)えば、そうだな…、テーブルの上に買い物のレシートが丸めて置きっ放しになっていたり、干(ほ)し忘れた靴下が洗濯籠の中に残っていたり。」

「ヒューって、そんなだらしない生活しているの?」

「いやいや、僕の生活態度をチェックして欲しい訳(わけ)じゃなくて…」

「でも、そうね。どこか生活感が無かったかも。」

「フィンは、部屋を整理してから出掛けて行ったんじゃないかな。長期間、戻(もど)って来なくても良い様(よう)にしてから。もしかすると、フィン自身が居なくなった後に、こうやって誰かが部屋に来る事を想定していたかも知れない。」

「最初から消息を絶(た)つつもりでいたって事?」

「根拠(こんきょ)のない仮説だけど、フィンは自分の意志で出て行った。自分の足跡を追跡されたくないと思うなら、手掛かりになりそうな物は、徹底的(てっていてき)に始末(しまつ)してある筈(はず)だ。」

「それじゃ、これも役に立たないって訳(わけ)?」

 イナンナは運転しながら、片手で自分の脇(わき)に置いた手提(てさ)げ鞄(かばん)を叩(たた)く。中にはケヴィンのノートが入っている。

「分からない…。人間完璧(かんぺき)に行動するなんて土台(どだい)無理な話だからね。本当は、ノートを持って行くつもりだったのに忘れたって事だってあり得(え)る。」

「それじゃ、それに賭(か)けようかな。」

 イナンナは嬉(うれ)しそうだ。このノートが重要だと考えているのに違いない。

「何か、その自信に繋(つな)がる根拠(こんきょ)があるのかい?」

「どういう事?」

「ナンは、どうしてそのノートの事を知ったんだ?」

「フィンは、何でも自分が正しいと思っているタイプ。彼は、彼の考えているあらゆる事を相手が誰だろうと構(かま)わずに主張するから、他人とぶつかる事もしょっちゅう。そういうところを見せつけられて、フィンと距離を置く様(よう)になった仲間は沢山(たくさん)いるわ…。」

 ノートの事を訊(き)いたのに、イナンナが話し始めた中身はケヴィンの話だ。でも、何か意図(いと)があるのだろうと、日向(ひゅうが)は口を挟(はさ)むのを我慢(がまん)して、彼女の話を聞く。

「…そうやって、何でも自己主張したがるフィンが、そのノートだけは、私に見せようとしなかった。いつも鞄(かばん)の中に入れていて、時々取り出して、難しい顔をしているくせに。」

「成(な)る程(ほど)、そうだったんだ。僕も、図書館でそのノートを広げているフィンに声を掛けたら、彼、直(す)ぐノートを鞄(かばん)にしまったんだ。その時は気にしなかったけど、今思えば、おかしな行動だった。」

「きっと、何か彼にとって秘密にしたい大事な事が書かれてあるのよ。」

「それじゃ、もう一度考えてみよう。そんな大事なノートだったなら、どうして部屋に残して行ったんだろう。」

「だから、急いでいて忘れたんじゃない?」

「いつも鞄(かばん)に入れて持ち歩いていたなら、鞄だけ持ち出して、ノートを忘れる可能性は低いかな。」

「じゃあ…もう、必要なくなったとか?」

「それはあり得(え)る。そのノートを使って考えていた課題が解決したから、次の段階に向けて出て行ったとか。」

「他には、どんな可能性がある?」

「…優先順位の問題だったかも知れない。」

「どういう事?」

「そのノートには、彼にとって大切な何かが書かれている。でも、もっと重要な、あるいは緊急を要する事柄(ことがら)ができてしまった。だから、大事なノートをなくさない様(よう)に部屋に置いておいて、そっちの問題に集中したのかも。問題が解決したら戻(もど)って来るつもりで、置いて行ったって事。」

「もしそうなら、このノートを調べても、フィンの行方(ゆくえ)には結びつかないわ。」

「うん、そうだね。」

 そうじゃない事を祈(いの)るしかない。

「フィンって、何でも自分が正しいと思っているんだ。」

 日向(ひゅうが)はさっきのイナンナの言葉を蒸(む)し返す。

「え?…ああ、そう。ヒューは一緒に居て、そうは感じなかった?」

「そう言われて思い返せば、そう思う点はある。」

「…昨日、ミセス・オブライエンを説得する時、ヒューは留学した最初、独(ひと)りぼっちだったって言ったでしょ?」

「あ、ああ。」

 他人からそう言われると、何だか恥(は)ずかしい。

「フィンも同じ。自分の主張ばかりするから、煙(けむ)たがってみんな深く関わろうとしない。本当に親しい友人はいなかった。状況はヒューと同じだったのよ。」

「なんか、そう言われると否定したくなる。僕は、日本に沢山(たくさん)友達がいるよ。」

「御免(ごめん)なさい。」イナンナは笑う。「ヒューがフィンと違う性格なのは良く分かっているわ。」

 日向(ひゅうが)の泊まっているホテルの前で車から降り、イナンナにおやすみの挨拶(あいさつ)をする。一人ホテルの部屋に入り、ベッドの上に上半身を投げ出す。日向(ひゅうが)の目には部屋の天井が映(うつ)っている。

 イナンナの気持ちが良く分からなくなった。

 イナンナは、ケヴィンの性格を冷静に語っていた。とても客観的に、一切(いっさい)感情を交(まじ)えずに。対象が自分の恋人なら、感情移入するのが普通だろう。のろけが入ったり、欠点をあげつらっても、同時にフォローする言葉が少しくらい入るものじゃないだろうか。彼女は頭が良い。でも、自分の恋人をまるで赤の他人の様(よう)に評価する様な、そんな冷徹(れいてつ)な感情の持ち主とは思えない。これは、惚(ほ)れた日向(ひゅうが)の欲目(よくめ)だろうか。むしろ、冷静な判断が下せなくなっているのは自分の方かも知れない。

 日向(ひゅうが)は苦笑(にがわら)いと共に上体を起こすと、シャワーを浴びる事にした。

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