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12  作者: 倉谷 梟帥
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2-(1)

 平らな草原の中を真っ直ぐに道路が伸びている。遠く、草原の上に被(かぶ)せた濃(こ)い緑の座布団(ざぶとん)の様(よう)に、塊(かたまり)になった林が見える。周囲に何も無い、僅(わず)かに起伏(きふく)を繰り返す草原の真ん中に、ストーンヘンジは存在する。さしずめ日本ならば、自動車道路沿いに土産物屋(みやげものや)ができて、ストーンヘンジの小さな模型(もけい)やその姿をかたどった菓子を売っていそうだが、ここイギリスに、そんな無粋(ぶすい)な建物は見当たらない。

 ビジターセンターの駐車場にレンタカーを停(と)める。ビジターセンターとストーンヘンジは大体2km離れている。シャトルバスがあるが、チケットを求める観光客が列を成(な)している。

「どうせ、ストーンヘンジの中には許可が無ければ入れない。離れたところから眺(なが)めるだけなら、少し近いか遠いかは大(たい)した問題じゃない。なにより、あの人の列の中で待っているよりも、歩いた方が気持ち良い。」

 3人は埃(ほこり)っぽい小径(こみち)を並んで歩く。周囲は牧草地が広がる。羊がのんびりと草を食(は)み、矢鱈(やたら)メェメェと上げる声ばかりが響(ひび)く。真っ直ぐな道の先に、やがて遺跡(いせき)が見える。

「どうだい?本物を見た感想は?」

 ストーンヘンジに最(もっと)も近付ける位置で立ち止まり、巨石モニュメント全体を眺(なが)めながらケヴィンが訊(き)く。

「凄(すご)く大きいな。圧倒される。」

 巨大な石が立ち並ぶ姿は、本に掲載(けいさい)されていた写真そのままだ。日向(ひゅうが)は当たり障(さわ)りの無い受け答えをしたが、実際のところ、巨大な石組みを見ても湧(わ)き上がる様(よう)な感動はない。どちらかと言えば、近代芸術家が創作(そうさく)した、訳(わけ)の分からない大掛(おおが)かりなオブジェを見せられている気分だ。

「ストーンヘンジには、一番外側にヘンジと呼ばれる円形の堀(ほり)と土手(どて)がある。同じ様(よう)な円形の堀と土手を持つ遺跡は、ブリテン島に数多くある。但(ただ)し、大抵(たいてい)の遺跡は外側に土手、内側に堀があるが、ここは逆。外側に堀があり、内側に土手がある。それだけでも、ここは特別だ。」

 ストーンヘンジの周(まわ)りを歩いて色んな角度から眺め、ケヴィンの説明を聞いていると、何だかガイド付きの観光旅行の様(よう)だ。

「ヘンジの内側にオブリーホールと名付けられた穴がほぼ等間隔(とうかんかく)に開(あ)けられている。オブリーホールの名前の由来(ゆらい)は、それを発見した人の名前だ。これが、全部で56個。これは、月食が56年周期なのと一致(いっち)する。その更(さら)に内側に立ち並ぶ巨大な石柱は全部で30本あった。今は3分の1くらいしか残っていない。その柱の上に渡された石が、ぐるりと円を描(えが)いていたんだ。この円を成(な)す梁(はり)の石も全部で30個。これは、1ヶ月の日数を表(あらわ)す。更にその内側には、2本の柱の上に石を載(の)せて繋(つな)いだ三石塔(トリリトン)と言う門型の構造物(こうぞうぶつ)が全部で5セット存在した。今完全な形で残っているのは3個だけだ。30を12倍して360。これに、内側の三石塔(トリリトン)の数5を足(た)すと、365。一年の日数になる。」

 ここまで話しながらストーンヘンジの周(まわ)りを歩いて来たケヴィンが立ち止まる。ストーンヘンジに体の正面を向けて、1つ大きな溜息(ためいき)を漏(も)らす。

「きっとこれは、古代の巨大な暦(こよみ)なんだ。彼等(かれら)にとって、自然は偉大(いだい)な神だった。その仕組(しく)みを理解するための装置なのさ。でも…」そこまで言って、一度ケヴィンは口をつぐむ。ストーンヘンジを暫(しばら)く眺(なが)めてから、徐(おもむろ)にもう一度口を開く。「ストーンヘンジに12を示す物が見当たらない。僕は、その秘密を解(と)き明かしたい。」

「凄(すご)いな。」社交辞令(しゃこうじれい)でなく、本当に日向(ひゅうが)はケヴィンの話に感心する。「ねえ、そう思わない?」

 イナンナを振り返った日向(ひゅうが)は、自分とはまるで違う、冷めきった目でケヴィンを見つめるイナンナの表情に出会う。

「フィン、最新の研究結果をチェックした方が良いんじゃない。」日向(ひゅうが)に同意を求められて、それに応(こた)える代わりに、イナンナはケヴィンに意見する。「科学の進歩は、考古学にも新しい発見をもたらしている。」

「どう科学が進歩しようが、ストーンヘンジが夏至(げし)の日の出と冬至(とうじ)の日没の軸を意識して作られている事実は変わらない。」

「それは、そうだけど…。」

「12さ。鍵(かぎ)は12なんだ。この数字には、何か特別な意味がある。だから、この巨石のモニュメントでも、意識して巧妙(こうみょう)に隠されているのに違いないんだ。」

 ケヴィンは、自信有(あ)り気(げ)に一人何度も頷(うなず)くと、元来た小径(こみち)をビジターセンターに向けて歩き出す。日向(ひゅうが)は、ケヴィンとイナンナの微妙(びみょう)な関係を察して、黙って彼等の後ろを歩いた。


 帰りの車の中でもケヴィンの興奮(こうふん)は冷めない。

「12には、きっと特別な意味があるんだ。ヒュー、ここイギリスじゃあ、12進法が広く使われているのを知ってるか?」

「12進法?…ああ、インチ・フィートみたいな?」

 日向(ひゅうが)の頭に直(す)ぐ浮かんだのは、長さの単位であるインチとフィートの関係だ。米英ではメートル法ではなく、インチ・フィートを使っているのを、日本に暮らしている時から知ってはいた。別に自分の生活に関係しない、そんな事に関心のなかった日向(ひゅうが)は、単に基準となる長さが違うだけだと想像していた。短期留学でイギリスに来てから、1フィートが12インチだと知って、なんて面倒臭(めんどくさ)い換算(かんざん)をしているんだと半分呆(あき)れたのが、ついこの前の事だ。

「そうそう。」

「長さなら、それだけじゃないわ。」イナンナが口を挟(はさ)む。「古い単位にラインと言うのがあって、これが1インチ=12ライン。パソコンでよく使うポイントは1インチ=72ポイント。つまり、12×6分割した長さ。」

 ハンドルを持つケヴィンが満足気(まんぞくげ)にフンと鼻で笑う。

「長さの単位だけでお腹がいっぱいになりそうだな。だが、それだけじゃないぞ。重さなら、1トロイポンドを12分割したものが、1トロイオンス。1トロイオンスを12分割したものが、1スカラブル。1スカラブルを12分割したものが、1シード。」

「随分(ずいぶん)古い単位を持ち出すじゃない。」

 イナンナがツッコミを入れる。彼女は、後部座席で日向(ひゅうが)と並んで座っている。今は機嫌(きげん)が良いみたいだ。

「長く使われてきた12進法はどんどん姿を消している。時が経(た)つ程(ほど)、他の文化の影響を受けるから仕方(しかた)ない。お金だって、元々、1シリングが12ペンスだった。今じゃ、シリング自身が廃止された。」

「でも、1ポンドが20シリングだった。これ、12進法じゃないわ。」

 またも、イナンナがツッコミを入れる。

 日向(ひゅうが)には日常生活の中で自分がそんな単位を使いこなせるとは思えない。今の様(よう)に電子マネーがあれば計算しなくて済むが、小銭(こぜに)で支払いをするとしたら、換算でまごついてしまいそうだ。

「イギリス人って、計算が得意なんだね。」

 日向(ひゅうが)の感想に、ケヴィンとイナンナが笑い声をあげる。

「それ、本気で言ってるか?」

「僕には、そんな複雑な単位を使いこなして生活していく自信は無いよ。」

「何故(なぜ)、この国の人間が12進法に拘(こだわ)っていると思う?」

「え?全(まった)く分からない。」

「こう言う説がある。12の約数は1、2、3、4、6、12の6つ。一方、10の約数は1、2、5、10の4つ。つまり、12を1つの纏(まと)まりとして扱(あつか)った方が、分配するときに上手(うま)く分配できるケースが多いって事だ。特に、2分割、3分割、4分割のどれでも対応できるのが実用面で大きいって事だろう。…これが12進法を使う理由だって言われて、ヒューは納得できるか?」

「成(な)る程(ほど)、う~ん。」

 日向(ひゅうが)は、ケヴィンの説明を頭の中で反芻(はんすう)しながら考える。その様子をバックミラーで確認するケヴィンの目が笑っている。

「確かにそう言う面はあると思うけど、疑問が残るよ。」日向(ひゅうが)は単語を選びながら、拙(つたな)い英語で訥々(とつとつ)と話す。「1ダースとか、1グロスみたいな、12個を一纏(ひとまと)めに取り扱うのが前提の単位なら、分割し易(やす)いのはメリットだと理解できる。だけど、長さや物の価値って、大抵(たいてい)は先に対象物があって、それの長さを表したり、値段として定量化したりするために使うんだよね。きっちりした値になるとは限らない。むしろ、中途半端(ちゅうとはんぱ)な数字になる事の方が多いじゃない?それじゃあ、12進法を使うメリットはないし、むしろ、直感的に理解しづらいんじゃないかな。」

「ブラボー、ヒュー!」

 運転席のケヴィンが急に大声で叫ぶ。日向(ひゅうが)はびっくりして身を強張(こわば)らせる。

「面白(おもしろ)い意見ね。」

 イナンナの声に隣(となり)の席を見れば、目を輝かせて日向(ひゅうが)を見ている。どういう表情をすれば良いのか分からない。急に暑さを感じて全身から汗が吹き出してくる。そもそも、何でイナンナは、日向(ひゅうが)と一緒に後部座席に座っているんだ。ケヴィンの恋人なら、助手席に座るべきじゃないのか?

「そうだろ、ヒュー。」ケヴィンの言葉に力が増す。「12を使う理由はそこじゃない。きっと、もっと他にあるのさ。スコッチは12年寝かす。テニスは1ゲーム60点先取、12の5倍だ。」

「え?そうか、テニスの点数って、そう言う事なのか。4本先に取った方がゲームを取れるから、60を4分割して、1本取ると、15(fifteen)、2本で30(thirty)…、でも、3本目は、45(forty-five)じゃなくて、40(forty)だよね。それって、長いから省略したって事?」

「ま、大体、そんなところだ。」

「…そんな事も関係しているのか…。」

「そうさ。きっと何か関係がある。」

 ケヴィンは自信満々に言い切るが、どうも怪(あや)しい。60は12の5倍だが、テニスのゲームは4本先取だ。これが5本先取で、12ポイントずつ増えていくなら納得できるが、何でもかんでも、12に関連する数字があれば、みんな繋(つな)がっていると勝手に決め付けている様(よう)に思える。

「あのさ、12って数字…」日向(ひゅうが)は、恐(おそ)る恐る声をあげる。「さっき、ストーンヘンジの所で話していた、1年が12ヶ月な事に由来しているなんて事は無いのかな?」

「おいおい、冗談(じょうだん)はやめてくれ。」

 ケヴィンがあからさまに不快な声を上げる。

 やっぱり。こんな事を言ったら、不興(ふきょう)を買うんじゃないかと思ったけど、どうしても確認したくなったんだ。

「フィン、他人(ひと)の事言えないわよ。」イナンナは、お姉さんが弟をたしなめる様(よう)にケヴィンに話し掛ける。「60の話まで一緒にしちゃうなんて、乱暴じゃない。それを取り上げるなら、60進法について議論しなければならなくなるわ。」

 60進法?待ってくれ、12進法だけでも頭がパニックだ。仲間と楽しくピクニックに行った帰りの筈(はず)なのに、なんでこんな小難(こむずか)しい話ばかりしなけりゃならないんだ。

「暦(こよみ)に関する事柄(ことがら)での12進法が」イナンナの言葉を無視して、ケヴィンは静かに話す。「1年の月の満ち欠けの回数に起因する事は認める。だけど、それを度量衡(どりょうこう)にまで展開する必然性はどこにもない。」

 やっぱりケヴィンは気分を害したんじゃないか?さっきの一言がまずかったんだ。

「暦(こよみ)に関する事柄(ことがら)?それって、時間の事を言ってるの?」イナンナは何だか、興奮気味(こうふんぎみ)だ。「1日が24時間なのは、エジプト人が、昼を12等分、夜を12等分した事に起因する。一年が12か月だからって、昼夜を12等分する理屈にはならないわ。12星座を作ったのはまだ分かるけど。」

「つまり、そう言う事だ。これだけ12が特別扱(あつか)いされているのに、その理由は判(わか)らない。この国で、僕達(ぼくたち)の祖先のケルト人は、12と言う数字が持つ隠された意味を知ってたんだ。12は完全無欠、何ら過不足(かぶそく)なく完璧(かんぺき)な状態。そう言った何か特別な意味だ。僕はその何かを探し求めている。」

 ケヴィンはそこまで話して押し黙る。イナンナも、もうそれ以上、何も言わない。窓の外を眺(なが)めて、腕を組んでいる。

 どうすんだ?この雰囲気(ふんいき)。もっと楽しい話題にしようよ。でも、今話題を変えて良いんだろうか?

 そう思いながらも何も言えない日向(ひゅうが)は、ケヴィンとイナンナの様子を窺(うかが)いながら、身を小さくしていた。

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