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平らな草原の中を真っ直ぐに道路が伸びている。遠く、草原の上に被せた濃い緑の座布団の様に、塊になった林が見える。周囲に何も無い、僅かに起伏を繰り返す草原の真ん中に、ストーンヘンジは存在する。さしずめ日本ならば、自動車道路沿いに土産物屋ができて、ストーンヘンジの小さな模型やその姿をかたどった菓子を売っていそうだが、ここイギリスに、そんな無粋な建物は見当たらない。
ビジターセンターの駐車場にレンタカーを停める。ビジターセンターとストーンヘンジは大体2km離れている。シャトルバスがあるが、チケットを求める観光客が列を成している。
「どうせ、ストーンヘンジの中には許可が無ければ入れない。離れたところから眺めるだけなら、少し近いか遠いかは大した問題じゃない。なにより、あの人の列の中で待っているよりも、歩いた方が気持ち良い。」
3人は埃っぽい小径を並んで歩く。周囲は牧草地が広がる。羊がのんびりと草を食み、矢鱈メェメェと上げる声ばかりが響く。真っ直ぐな道の先に、やがて遺跡が見える。
「どうだい?本物を見た感想は?」
ストーンヘンジに最も近付ける位置で立ち止まり、巨石モニュメント全体を眺めながらケヴィンが訊く。
「凄く大きいな。圧倒される。」
巨大な石が立ち並ぶ姿は、本に掲載されていた写真そのままだ。日向は当たり障りの無い受け答えをしたが、実際のところ、巨大な石組みを見ても湧き上がる様な感動はない。どちらかと言えば、近代芸術家が創作した、訳の分からない大掛かりなオブジェを見せられている気分だ。
「ストーンヘンジには、一番外側にヘンジと呼ばれる円形の堀と土手がある。同じ様な円形の堀と土手を持つ遺跡は、ブリテン島に数多くある。但し、大抵の遺跡は外側に土手、内側に堀があるが、ここは逆。外側に堀があり、内側に土手がある。それだけでも、ここは特別だ。」
ストーンヘンジの周りを歩いて色んな角度から眺め、ケヴィンの説明を聞いていると、何だかガイド付きの観光旅行の様だ。
「ヘンジの内側にオブリーホールと名付けられた穴がほぼ等間隔に開けられている。オブリーホールの名前の由来は、それを発見した人の名前だ。これが、全部で56個。これは、月食が56年周期なのと一致する。その更に内側に立ち並ぶ巨大な石柱は全部で30本あった。今は3分の1くらいしか残っていない。その柱の上に渡された石が、ぐるりと円を描いていたんだ。この円を成す梁の石も全部で30個。これは、1ヶ月の日数を表す。更にその内側には、2本の柱の上に石を載せて繋いだ三石塔と言う門型の構造物が全部で5セット存在した。今完全な形で残っているのは3個だけだ。30を12倍して360。これに、内側の三石塔の数5を足すと、365。一年の日数になる。」
ここまで話しながらストーンヘンジの周りを歩いて来たケヴィンが立ち止まる。ストーンヘンジに体の正面を向けて、1つ大きな溜息を漏らす。
「きっとこれは、古代の巨大な暦なんだ。彼等にとって、自然は偉大な神だった。その仕組みを理解するための装置なのさ。でも…」そこまで言って、一度ケヴィンは口をつぐむ。ストーンヘンジを暫く眺めてから、徐にもう一度口を開く。「ストーンヘンジに12を示す物が見当たらない。僕は、その秘密を解き明かしたい。」
「凄いな。」社交辞令でなく、本当に日向はケヴィンの話に感心する。「ねえ、そう思わない?」
イナンナを振り返った日向は、自分とはまるで違う、冷めきった目でケヴィンを見つめるイナンナの表情に出会う。
「フィン、最新の研究結果をチェックした方が良いんじゃない。」日向に同意を求められて、それに応える代わりに、イナンナはケヴィンに意見する。「科学の進歩は、考古学にも新しい発見をもたらしている。」
「どう科学が進歩しようが、ストーンヘンジが夏至の日の出と冬至の日没の軸を意識して作られている事実は変わらない。」
「それは、そうだけど…。」
「12さ。鍵は12なんだ。この数字には、何か特別な意味がある。だから、この巨石のモニュメントでも、意識して巧妙に隠されているのに違いないんだ。」
ケヴィンは、自信有り気に一人何度も頷くと、元来た小径をビジターセンターに向けて歩き出す。日向は、ケヴィンとイナンナの微妙な関係を察して、黙って彼等の後ろを歩いた。
帰りの車の中でもケヴィンの興奮は冷めない。
「12には、きっと特別な意味があるんだ。ヒュー、ここイギリスじゃあ、12進法が広く使われているのを知ってるか?」
「12進法?…ああ、インチ・フィートみたいな?」
日向の頭に直ぐ浮かんだのは、長さの単位であるインチとフィートの関係だ。米英ではメートル法ではなく、インチ・フィートを使っているのを、日本に暮らしている時から知ってはいた。別に自分の生活に関係しない、そんな事に関心のなかった日向は、単に基準となる長さが違うだけだと想像していた。短期留学でイギリスに来てから、1フィートが12インチだと知って、なんて面倒臭い換算をしているんだと半分呆れたのが、ついこの前の事だ。
「そうそう。」
「長さなら、それだけじゃないわ。」イナンナが口を挟む。「古い単位にラインと言うのがあって、これが1インチ=12ライン。パソコンでよく使うポイントは1インチ=72ポイント。つまり、12×6分割した長さ。」
ハンドルを持つケヴィンが満足気にフンと鼻で笑う。
「長さの単位だけでお腹がいっぱいになりそうだな。だが、それだけじゃないぞ。重さなら、1トロイポンドを12分割したものが、1トロイオンス。1トロイオンスを12分割したものが、1スカラブル。1スカラブルを12分割したものが、1シード。」
「随分古い単位を持ち出すじゃない。」
イナンナがツッコミを入れる。彼女は、後部座席で日向と並んで座っている。今は機嫌が良いみたいだ。
「長く使われてきた12進法はどんどん姿を消している。時が経つ程、他の文化の影響を受けるから仕方ない。お金だって、元々、1シリングが12ペンスだった。今じゃ、シリング自身が廃止された。」
「でも、1ポンドが20シリングだった。これ、12進法じゃないわ。」
またも、イナンナがツッコミを入れる。
日向には日常生活の中で自分がそんな単位を使いこなせるとは思えない。今の様に電子マネーがあれば計算しなくて済むが、小銭で支払いをするとしたら、換算でまごついてしまいそうだ。
「イギリス人って、計算が得意なんだね。」
日向の感想に、ケヴィンとイナンナが笑い声をあげる。
「それ、本気で言ってるか?」
「僕には、そんな複雑な単位を使いこなして生活していく自信は無いよ。」
「何故、この国の人間が12進法に拘っていると思う?」
「え?全く分からない。」
「こう言う説がある。12の約数は1、2、3、4、6、12の6つ。一方、10の約数は1、2、5、10の4つ。つまり、12を1つの纏まりとして扱った方が、分配するときに上手く分配できるケースが多いって事だ。特に、2分割、3分割、4分割のどれでも対応できるのが実用面で大きいって事だろう。…これが12進法を使う理由だって言われて、ヒューは納得できるか?」
「成る程、う~ん。」
日向は、ケヴィンの説明を頭の中で反芻しながら考える。その様子をバックミラーで確認するケヴィンの目が笑っている。
「確かにそう言う面はあると思うけど、疑問が残るよ。」日向は単語を選びながら、拙い英語で訥々と話す。「1ダースとか、1グロスみたいな、12個を一纏めに取り扱うのが前提の単位なら、分割し易いのはメリットだと理解できる。だけど、長さや物の価値って、大抵は先に対象物があって、それの長さを表したり、値段として定量化したりするために使うんだよね。きっちりした値になるとは限らない。むしろ、中途半端な数字になる事の方が多いじゃない?それじゃあ、12進法を使うメリットはないし、むしろ、直感的に理解しづらいんじゃないかな。」
「ブラボー、ヒュー!」
運転席のケヴィンが急に大声で叫ぶ。日向はびっくりして身を強張らせる。
「面白い意見ね。」
イナンナの声に隣の席を見れば、目を輝かせて日向を見ている。どういう表情をすれば良いのか分からない。急に暑さを感じて全身から汗が吹き出してくる。そもそも、何でイナンナは、日向と一緒に後部座席に座っているんだ。ケヴィンの恋人なら、助手席に座るべきじゃないのか?
「そうだろ、ヒュー。」ケヴィンの言葉に力が増す。「12を使う理由はそこじゃない。きっと、もっと他にあるのさ。スコッチは12年寝かす。テニスは1ゲーム60点先取、12の5倍だ。」
「え?そうか、テニスの点数って、そう言う事なのか。4本先に取った方がゲームを取れるから、60を4分割して、1本取ると、15(fifteen)、2本で30(thirty)…、でも、3本目は、45(forty-five)じゃなくて、40(forty)だよね。それって、長いから省略したって事?」
「ま、大体、そんなところだ。」
「…そんな事も関係しているのか…。」
「そうさ。きっと何か関係がある。」
ケヴィンは自信満々に言い切るが、どうも怪しい。60は12の5倍だが、テニスのゲームは4本先取だ。これが5本先取で、12ポイントずつ増えていくなら納得できるが、何でもかんでも、12に関連する数字があれば、みんな繋がっていると勝手に決め付けている様に思える。
「あのさ、12って数字…」日向は、恐る恐る声をあげる。「さっき、ストーンヘンジの所で話していた、1年が12ヶ月な事に由来しているなんて事は無いのかな?」
「おいおい、冗談はやめてくれ。」
ケヴィンがあからさまに不快な声を上げる。
やっぱり。こんな事を言ったら、不興を買うんじゃないかと思ったけど、どうしても確認したくなったんだ。
「フィン、他人の事言えないわよ。」イナンナは、お姉さんが弟をたしなめる様にケヴィンに話し掛ける。「60の話まで一緒にしちゃうなんて、乱暴じゃない。それを取り上げるなら、60進法について議論しなければならなくなるわ。」
60進法?待ってくれ、12進法だけでも頭がパニックだ。仲間と楽しくピクニックに行った帰りの筈なのに、なんでこんな小難しい話ばかりしなけりゃならないんだ。
「暦に関する事柄での12進法が」イナンナの言葉を無視して、ケヴィンは静かに話す。「1年の月の満ち欠けの回数に起因する事は認める。だけど、それを度量衡にまで展開する必然性はどこにもない。」
やっぱりケヴィンは気分を害したんじゃないか?さっきの一言がまずかったんだ。
「暦に関する事柄?それって、時間の事を言ってるの?」イナンナは何だか、興奮気味だ。「1日が24時間なのは、エジプト人が、昼を12等分、夜を12等分した事に起因する。一年が12か月だからって、昼夜を12等分する理屈にはならないわ。12星座を作ったのはまだ分かるけど。」
「つまり、そう言う事だ。これだけ12が特別扱いされているのに、その理由は判らない。この国で、僕達の祖先のケルト人は、12と言う数字が持つ隠された意味を知ってたんだ。12は完全無欠、何ら過不足なく完璧な状態。そう言った何か特別な意味だ。僕はその何かを探し求めている。」
ケヴィンはそこまで話して押し黙る。イナンナも、もうそれ以上、何も言わない。窓の外を眺めて、腕を組んでいる。
どうすんだ?この雰囲気。もっと楽しい話題にしようよ。でも、今話題を変えて良いんだろうか?
そう思いながらも何も言えない日向は、ケヴィンとイナンナの様子を窺いながら、身を小さくしていた。




