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12  作者: 倉谷 梟帥
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1-(2)

 その日、教室を出たケヴィンと日向(ひゅうが)は、大学の構内(こうない)を歩いてパブへ向かう。別に急ぐ必要も無いから、ダラダラ歩く。さして遠くないパブに着くまで30分はかかる。たまたま前方に知った後ろ姿を見付けて、ケヴィンが声を上げる。

「ヘイ!ナン!」

 彼の呼び掛けに振り向いたのは女学生だ。友人と思われる女性達4人で横一列になって歩いている中の、右端(みぎはし)の女性がケヴィンを振り返る。ライトグレーの長めのスカートに、白いブラウスを着ている。長い、明るい栗色(くりいろ)の髪を髪留(かみど)めで纏(まと)めている。呼び掛けたのがケヴィンだと分かると、友達と一言二言(ひとことふたこと)言葉を交(か)わしてその場に一人立ち止まり、ケヴィンと日向(ひゅうが)が近付くのを待っていてくれる。両手で分厚(ぶあつ)い専門書を抱(かか)えた彼女の立ち姿がスッとしていて、どこか気高(けだか)さを感じさせる。近付くにつれ、彼女の表情も仔細(しさい)に判(わか)る。笑顔はない。大学の事務員が学生に応対(おうたい)する時の様(よう)な無表情な顔で、ケヴィンと日向(ひゅうが)を見つめている。何処(どこ)か咎(とが)めている様(よう)な彼女の視線に気付いて、日向(ひゅうが)は話す前から腰が引ける。

「ナン、これからパブへどうだい?彼は、ヒュー。」

 ケヴィンは、自分の脇(わき)に居(い)る日向(ひゅうが)を忘れずに紹介してくれる。

「イナンナ・シェムスレック。」

「ヒュウガ・カンバラ。」

 差し出した日向(ひゅうが)の右手に、一瞬軽く触れただけの軽(かろ)やかな握手。日向(ひゅうが)が彼女の手を握る間も与えずに、イナンナの手は遠ざかる。

 イナンナの肌は日焼けしているのか、白人にしては色が濃い。血の色が透けて桃色に見えるケヴィンの肌とは違い、日向(ひゅうが)に近い色合いをしている。或(ある)いは、有色人種の血が入っているのかも知れない。

「二人は、どういう知り合い?」

 先にイナンナがケヴィンに質問をぶつけてくる。

「同じ講義(こうぎ)を受けてる友達さ。」

 ケヴィンがさらりと答える。

「それだけ?」

「そうだ。…なんだ、何かおかしいか?」

「別に。…でも、フィンが友達と歩いているなんて珍しいじゃない。」

「そんな事ないぞ。とんだ勘違(かんちが)いだ。」

「ふーん。」

 ケヴィンがムキになって抗議(こうぎ)するのを、イナンナは軽く受け流す。3人はそのままいつものパブに向かった。パブなら他にも沢山(たくさん)あるのに、ケヴィンがパブと言っただけで、どこの店か訊(き)きもしないところを見ると、イナンナも、何度もケヴィンと一緒にこの店に来ているのだろう。気さくに言葉を交(き)わす二人の姿を見て、日向(ひゅうが)はきっと恋人同士なんだろうと想像する。

「ナンは、スコットランド出身なんだ。」

 店でエールビールを手にしたケヴィンが日向(ひゅうが)に教える。

「何?出身地の情報が大事なの?」

 横からイナンナがツッコミを入れる。

「大事さ。エールビールを飲む仲間なら、とても大事な事だ。まぁ、一々(いちいち)言わなくても、訛(なま)りで判(わか)るが。」

 イナンナは眉(まゆ)をちょっと上げて見せただけで、何も言わない。

「え~っと、訛(なま)り?今、訛りって言った?」

 横から日向(ひゅうが)が口を挟(はさ)む。

「ああ。スコットランドや、アイルランドの人間には訛りがあるんだ。感じないか?」

「そうなんだ…。」

「だから、フィンの話す言葉は聞き取れないでしょ?」

 イナンナが意地悪(いじわる)そうに横目でケヴィンを見る。

「何を言う。僕は標準的な英語を話してる。」

 ケヴィンはムキになる。

「酔っぱらった時も?」

「ああ。」ケヴィンは力強く頷(うなず)く。「自分には関係ない様(よう)な言い草(ぐさ)だな。ナンだって同じだぞ。」

「私は、スコットランド出身だって自分で言わなけりゃ、誰にも気付かれないわ。」

「イギリスにも訛(なま)りがあるとは知らなかった。」日向(ひゅうが)は一生懸命に英語を話す。「日本語にもあるよ。僕は、地方の出身だから訛りが有ってさ。初めて都会へ出た時なんか、何か話す度(たび)に恥ずかしかった。」

「何で恥ずかしいんだ?」ケヴィンが即座(そくざ)に反応する。「良いじゃないか。地方出身なのは恥ずかしい事じゃないだろ。」

「フィンみたいに堂々(どうどう)として居(い)られたら良いんだろうね。なんか、田舎者(いなかもの)丸出しって感じなのがちょっと恥ずかしいと思えちゃうんだ。」

「ヒューの出身地は恥ずかしい所なのか?」

 冗談(じょうだん)を言っていない。ケヴィンは至(いた)って真面目(まじめ)な顔で日向(ひゅうが)を見ている。

「いや…そうじゃない。そうじゃないけど…、フィンを見習うべきだね。フィンはアイルランドに誇(ほこ)りを持っていて凄(すご)いと思うよ。」

「当然さ。僕等(ぼくら)はケルトの末裔(まつえい)だ。元々、ここはケルト人の国だ。侵略者に気兼(きが)ねする必要は無い。」

「侵略者って、アングロ・サクソンの事?イギリスに侵入したのって、後はローマ人ぐらい?」

「そう、ゲルマン民族の事だ。ローマ人や、デーン人、ノルマン人も侵入して来て支配はしたが、それは、支配層と少人数の手下(てした)だけだ。本格的に占領(せんりょう)し、土地を奪ったのはアングロ・サクソン。」ケヴィンは、イナンナを振り返る。「なあ、ヒューは日本人なのに、この国の歴史を知っていると思わないか?」

「そうね。」イナンナは、軽くケヴィンに相槌(あいづち)を打つと、日向(ひゅうが)に話の矛先(ほこさき)を向ける。「ヒューは、日本人なのね。この大学じゃ、珍しいんじゃない?」

「そうでもない。大学全体では10人くらい留学して来ているみたいだけど、僕が出席している授業を履修(りしゅう)しているのは、自分だけだ。」

「あ~、成(な)る程(ほど)、それで一人でいる所を、いつも一人で居るフィンに捕まったって訳(わけ)ね。」

 イナンナは含(ふく)み笑いをする。

「勝手な解釈(かいしゃく)をするな。」

 ケヴィンが不機嫌(ふきげん)に呟(つぶや)く。

「ね、日本って経済大国なんでしょ?」

 イナンナは、ケヴィンを無視して話し続ける。

「それは、もう昔の話。僕等(ぼくら)の親の世代で終わり。」

「私の周囲に、日本に行ってみたいって子が何人も居るわ。」

「そう思ってくれる人が居るから救われているよ。」

「ね、日本について教えて。」イナンナの表情が真剣(しんけん)になる。「ここは、ユーラシア大陸の西の端(はし)にある島。日本は東の端にある島。きっと似ている点があると思う。さっき、フィンが言ったみたいに、日本も他民族の侵略を受けた歴史があるの?」

「う~ん。」

 そう言われて考え込む。あからさまな侵略行為は、元寇(げんこう)ぐらいしか思いつかない。太平洋戦争は自業自得(じごうじとく)だ。

「13世紀に中国を支配していたモンゴル人が攻めて来たけど、失敗して戻(もど)って行ったくらいかな。イギリスも日本も、歴史上侵略する側の立場だった事の方が多かったんじゃないかな。」

「それって、近代の話?」

「中世からだけど、日本は16世紀に朝鮮半島に攻め込んでいる。ヨーロッパで言えば、百年戦争よりは後かな?結局失敗したけどね。」

「もっと古代の話はどう?」

「古代?」

「そう。最初から人類が住んでいた訳(わけ)じゃないでしょ。ホモサピエンスはアフリカ大陸から全世界に広がった。日本にも、どこかのタイミングでホモサピエンスがやって来て、日本の歴史が始まった訳でしょ?」

「そうだね…。」

 日向(ひゅうが)はまた考え込む。イナンナは、その様子を興味深そうに見つめている。ケヴィンは、話題に興味がないのか、黙ってパイントグラスの中のビールを喉(のど)に流し込む。

「日本に人類が来たのは、数万年前じゃないかな。ごめん、詳しく知らない。きっとイギリスよりも遅いと思うよ。」

「その最初の人達が、そのまま今の日本人になっているの?さっきケヴィンが言ったみたいな、後から侵入して来る人達は居なかったのかしら?」

「それは、イギリスも日本も同じじゃないかな。科学が進歩して、遺跡(いせき)の人骨から遺伝子(いでんし)を取り出せる様(よう)になって、そうしたら、最初に日本に住んでいた古代人の遺伝子は、現代人に10パーセントくらいしか残っていないって判(わか)った。大陸との距離が近い島には、常に人間が流れ込んで来る。それを侵略とは言わないけど、それは今も続いている。」

「そうね。」

 イナンナは満足気(まんぞくげ)に頷(うなず)く。

「そうさ。現状を見てみろ。」それまで黙っていたケヴィンが、急に話に割り込む。「不法移民(ふほういみん)の山だ。ロンドンでも、マンチェスターでもホームレスが溢(あふ)れてる。そうやって、中からこの国を壊(こわ)しているんだ。」

「外から入って来る人間からすれば、こんな国でもまだ魅力的(みりょくてき)な場所なのよ。」

 イナンナは諦(あきら)め顔で呟(つぶや)く。

「なら、その魅力(みりょく)の源泉(げんせん)を探(さぐ)りに行こうじゃないか。」

 ケヴィンは勢(いきお)い込(こ)んで言うと、イナンナと日向(ひゅうが)の顔を交互(こうご)に見る。

「何をするつもり?」

 イナンナは何かを察して、うんざりしている様(よう)に見える。

「ストーンヘンジを見に行こう。…ヒュー、ストーンヘンジは見た事あるかい?」

「いや、無いよ。」

「何で、ストーンヘンジに繋(つな)がるのよ。」

 イナンナは溜息(ためいき)と共に、言葉を吐(は)き出す。

「この国の礎(いしづえ)を築(きず)いた人々が残した遺産(いさん)だ。そこに何が込められていたのかを知るのは、重要な事じゃないか。」

「残された遺跡(いせき)は、ストーンヘンジだけじゃないわ。殊更(ことさら)にストーンヘンジに拘(こだわ)る必要は無いんじゃない?」

「いやいや、そんな事は無い。他のストーンサークルとは違う、特異な形態の巨石建造物だ。必ず特別な意味がある筈(はず)さ。それに、ヒューは見た事が無いって言うじゃないか。見せてやりたいだろ?」

 イナンナは、両目を瞑(つむ)って押し黙る。

「ま、良いじゃないか。今度の週末、空(あ)けておいてくれよ。」

 ケヴィンは、上機嫌(じょうきげん)でイナンナと日向(ひゅうが)の肩を叩(たた)いた。


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