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12  作者: 倉谷 梟帥
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 講義(こうぎ)を終えた教授が、スタスタと階段教室の教壇(きょうだん)を降りて教室を出て行く。中間よりも前の席に座り、講義を聴いていた神原(かんばら)日向(ひゅうが)は大きく溜息(ためいき)を漏(も)らす。

 駄目(だめ)だ。だいぶ英語に慣(な)れてきたつもりでも、専門的な話になると、分からない単語だらけで話に付いて行けない。復習用に机(つくえ)の上に置いて講義を録音していたスマートフォンの録音をオフにする。何とか授業について行こうとそこまでしているけど、何度聴き直したところで結局聞き取れない予感しかしない。と言って、挑戦(ちょうせん)する前から諦(あきら)めてしまう事は無い。軽く溜息(ためいき)をつきながら、後でもう一度聴き直してみるつもりにだけはなっておく。

「ヒュー、この後、予定あるかい?」

 落ち込んでいる日向(ひゅうが)の隣(となり)に座っていたケヴィン・オブライエンから声が掛かる。彼はいつも英語に不慣(ふな)れな日向(ひゅうが)の事を考えて、スラングを使わず、単語も省略せずに丁寧(ていねい)に話してくれる。それでもネイティブの発音は、半分くらいしか聞き取れない。分からなかった半分は、話の流れから推測(すいそく)して応対(おうたい)するスキルだけは身に付いた。時々、頓珍漢(とんちんかん)な事を答えてしまうが、それはそれ。笑い飛ばしてしまえば良い。そんなクソ度胸(どきょう)で受け流してしまうのは、良い事なのか、悪い事なのか。

「いや、もう無い。」

「なら、パブに行こう。」

「OK。」

 二人は連れ立って、教室を後にする。

 ケヴィン・オブライエンは、赤毛が丁度(ちょうど)良い具合(ぐあい)にウエイブを描(えが)く天然パーマの髪と、青い瞳(ひとみ)を持った、ソバカスの目立(めだ)つ、如何(いか)にもイギリス人の青年だ。日向(ひゅうが)の身長は170センチだが、それより1つ頭が飛び出ているから、きっと180センチはあるだろう。筋肉質ではないが、きっと鍛(きた)えればムキムキになりそうな、逆に怠惰(たいだ)に流れれば、将来太鼓腹(たいこばら)の中年になりそうな、頑丈(がんじょう)な胸板(むないた)と上腕(じょうわん)を持っている。

 一方の神原(かんばら)日向(ひゅうが)だが、日本人にしては鼻が高い事が自慢(じまん)だった。ちょっと日本人離れした顔立ちだと鏡を見る度(たび)に思う。身長もそこそこあるのだから、西洋人の中に入っても、きっと大(たい)して違和感(いわかん)ないだろうと高(たか)を括(くく)っていたが、イギリスに来てみれば、西洋人とは顔の作りも体格も全(まった)く別物だ。語学力だけじゃなく、色んな意味でプライドをへし折られ、すっかり慎(つつし)み深い男になってしまった。

 短期留学の間にケヴィンと友人になれたのは、きっとラッキーなのだ。日向(ひゅうが)が受講(じゅこう)している3つの講義には、中国人とインド人の留学生なら沢山(たくさん)いる。韓国人も2、3人。だが、どういう巡(めぐ)り合わせか、日本人は日向(ひゅうが)一人だけだ。同郷(どうきょう)の者同士(どうし)は母国語(ぼこくご)で話が通じるし、そうした者達(ものたち)で群れを作れば、居心地(いごこち)が良いに決まっている。中国人は中国人、インド人はインド人で塊(かたまり)になり、彼等(かれら)の中に日向(ひゅうが)が入り込む余地(よち)など無い。もし近寄ろうものなら、『何だ、お前』という視線を一斉(いっせい)に浴びせられるのに決まっている。自身をコミュニケーション下手(べた)だとは思っていない日向(ひゅうが)ですら、彼等のコミュニティに近付こうと言う気持ちは湧(わ)かない。寧(むし)ろ、地元イギリス人の方が、日向(ひゅうが)に対して寛容(かんよう)だ。彼等(かれら)は、留学生同士で固まっているのを快(こころよ)く思っていないし、東洋人の日向(ひゅうが)が話し掛けても、あからさまに嫌(いや)な顔をする者はいない。ただ、この場合は会話が問題だ。ネイティブの英語は想像を絶(ぜっ)する速さできちんと発音しないから、まるで聞き取れない。その上、学生同士の会話に遠慮(えんりょ)はない。スラングやいろんな文化的背景を心得(こころえ)ているのが前提の会話だ。そうしたものを身に付けていない日向(ひゅうが)には、聞き取れたとしても理解できない。留学したての頃、何度かイギリス人の学生に話し掛けたが、自分の英語力の未熟(みじゅく)さを痛感(つうかん)して撤退(てったい)した。そんな自信喪失(そうしつ)状態の日向(ひゅうが)に、ケヴィンは、彼の方から声を掛けてくれた。

 きっかけは、経済学の授業のディスカッションだった。課題として出された論文を読み込んできて、その内容についての意見を発表し合い、討議(とうぎ)すると言う形式の授業だ。数人のグループで話し合うのだが、そのグループの中にケヴィンが居(い)た。授業の間、日向(ひゅうが)は特別ケヴィンを気にしていなかった。他の学生と同じ様(よう)に、意見を出し合っていた一人に過ぎなかった。ところが授業の後、ケヴィンが日向(ひゅうが)に近付いて来る。

「君、日本人なんだね。」

 そう言うケヴィンは笑顔だ。別に揶揄(からか)おうと言うつもりじゃなさそうだ。

「うん。」

 何か気の利(き)いた言葉を返せたら良いのだろうが、日向(ひゅうが)の英語力では、ストレートに返す事しかできない。

「僕には、東洋人はみんな同じに見える。今日、討議で一緒に話すまで、君も中国人留学生の一人だと思っていたよ。他に日本人は居(い)るのかい?いつもどうしている?」

 中国人、韓国人、日本人を区別するのは西洋人には無理だろう。容貌(ようぼう)の違いと言うよりも文化の違いに近いから、それを肌感覚(はだかんかく)で感じられないと区別できない。

「日本人は僕だけだ。だから、一人でいるよ。」

「僕はケヴィン。ケヴィン・オブライエンだ。」

 一緒に教室を出ながら、ケヴィンは右手を日向(ひゅうが)の前に差し出す。急な事で一瞬戸惑(とまど)ったが、相手がそれに気付く前に、日向(ひゅうが)は彼の手を勢(いきお)いよく握(にぎ)る。

「日向(ひゅうが)だ。ヒュウガ・カンバラ。」

「ヒュウガ?ニックネームを考えなきゃ。」ケヴィンは面白(おもしろ)そうに日向(ひゅうが)の姿を上から下まで根目回(ねめまわ)す。「ヒュー。どうだい?ヒューって言うのは、なかなか良くないか?ヒューって呼んで良いか?断然(だんぜん)お勧(すす)めだ。」

「ああ、良いよ、そう呼んでくれ。ケヴィンは、どう呼んだら良い?」

「あ、あ~、それ、普通は訊(き)かなくてもケブだ。僕以外にケヴィンって奴(やつ)に会ったら、そんな質問せずに、ケブって呼んでやってくれ。…だけど、僕はフィンだ。」

「フィン?」

「そう。フィン。」

 訊(き)いて良いものだろうか。ケヴィンがどうしてフィンになるのだろう。日向(ひゅうが)が思案顔(しあんがお)をしているのを見て、ケヴィンが説明を始める。

「セカンダリ・スクールの時から、みんなにそう呼んでもらってる。その理由を知った奴(やつ)の半分は呆(あき)れ、半分はどうでも良いって反応をする。君はどうかな。…フィンは物語の中の英雄さ。勿論(もちろん)、僕は英雄なんかじゃない。英雄になれもしない。そんなの分かってる。ただ、常に意識して居(い)たいんだ。自分がアイルランド人だって。」

「そうなんだ…。」

 フィンが物語の英雄だと、どうしてアイルランドと結びつくのか、その時の日向(ひゅうが)には分からなかった。後日、フィンという架空(かくう)の人物が、フィアナ物語というアイルランドに古くからある物語の主人公であるとケヴィンが教えてくれた。

 会話の相手が西洋人の学生の場合、その時は仲良く話せた様(よう)に思えても、その場限(ばかぎ)りで終わる事が多い。相手もそれなりの年齢の人間だ。そつなく社会的コミュニケーションを取る術(すべ)を身に付けている。当たり障(さわ)りの無い会話でその場をやり過ごして、それでお終(しま)いだ。それを日向(ひゅうが)も理解しているから、次の日から馴(な)れ馴(な)れしく話し掛ける様(よう)なヘマはしない。だが、ケヴィンは違った。次の日も、教室で日向(ひゅうが)の姿を見付けるなり、軽く手を挙(あ)げて挨拶(あいさつ)をし、日向(ひゅうが)に近寄って来る。日向(ひゅうが)は少し戸惑(とまど)いながらも挨拶(あいさつ)を返す。同時に、なんだが凄(すご)く嬉(うれ)しい気持ちが体の中から湧(わ)き上がってくる。

「ヒュー、パブに行こう。」

 その日、授業が終わってから連れて行かれたのは、アイリッシュパブだった。イングランドの学園都市の片隅(かたすみ)に、そのパブはある。イギリスの文化・パブには、ブリティッシュパブ、スコティッシュパブ、アイリッシュパブとあるそうだが、違いは知らない。ケヴィンが「ここがアイリッシュパブさ。」って言うのを、そのまま鵜呑(うの)みにしただけだ。ケヴィンは必ずエールビールを飲む。日向(ひゅうが)もそれに倣(なら)う。矢鱈(やたら)と口の中を刺激する日本のビールと違い、柔(やわ)らかな舌触(したざわ)りで日向(ひゅうが)も好きになった。パイントグラスで出て来る常温のビールを、ケヴィンはいくらでも飽(あ)きずに飲む。

 その日以来、パブに行っていろんな話をする様(よう)になった。ケヴィンは北アイルランドの出身で、自分自身をイギリス人と言うよりも、アイルランド人と認識している事もその中で知った。彼のお婆(ばあ)さんが、古いアイルランドの言葉、エール語の話者だと言う事も教えてくれた。フィアナ物語がアイルランドの古い物語だと教えてもらったのも、そのパブだった。きっと彼は、自分の出自(しゅつじ)に誇(ほこ)りを持っているのだ。その誇りを大切にしようと言う気持ちがいろんな形で表れているのだろう。東北出身の日向(ひゅうが)が日本に居た時、何でも東京中心に物事が進められるのに反発を覚えたのと同じ様(よう)な感覚じゃないだろうか。日向(ひゅうが)はそんな風にケヴィンの気持ちを分かった気になって、彼との距離が近くなったと感じた。

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