↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12  作者: 倉谷 梟帥
PR
1/13

序章

 コスモスの咲く庭に、4歳のイナンナが佇(たたず)んでいる。イナンナは、両手で握ったコスモスの花束を見下ろす。少し冷たい風が時折(ときおり)吹き抜ける。おかっぱに切り揃(そろ)えた細い栗色(くりいろ)の髪の毛が風になびく。彼女の表情は沈(しず)んでいる。今だけじゃない。このところずっと、彼女は時々ふと寂(さみ)しそうな表情をして俯(うつむ)く。花束を握った両手に力をこめたり、緩(ゆる)めたりして、その両手の様子をじっと見ている。

「どうしたい。まだ、痛むのかい?」

 彼女の後ろに近付きながら、老人が声を掛ける。シェブル爺(じい)さん、イナンナの祖父だ。顔は沁(し)みだらけ、皺(しわ)だらけだけど、白髪(はくはつ)は頭の上でクリクリと渦(うず)を巻く程(ほど)豊(ゆた)かに残り、まだ足腰もしっかりしている。

 その声にイナンナは振り返る。けれど、直(す)ぐに元の様(よう)に俯(うつむ)いて自分の両手を見つめる。

 ゆっくり彼女に近付いた祖父は、イナンナの傍(かたわ)らに腰を下ろして、視線の高さを合わせる。彼女が両手で握る花束を見ているのに気付くと、彼は再び口を開(ひら)いた。

「痛いのは最初のうちだけだ。その内、何でもなくなる。」

 彼女は、痛い訳(わけ)じゃないという意味を込めて、黙って首を横に振る。振り回された髪の毛が、数本ずつ、イナンナの唇(くちびる)やまつ毛に引っかかっている。

「学校に行く様(よう)になったら、友達を作りたいだろ?」イナンナの反応など気にせずに、シェブル爺(じい)さんは勝手に話し続ける。「何も気にする事は無い。イナンナが普通に振舞(ふるま)っていれば、自然と友達ができる。」

 シェブル爺(じい)さんは、イナンナの顔を見て笑顔を作る。イナンナは、まだ自分の手元を見つめて黙っている。

「仕方(しかた)の無い事なんだよ。」イナンナの気持ちが晴れないと察すると、祖父は言葉を足(た)す。「儂等(わしら)が生きていくのは、困難が付いて回る運命なんだ。…それでも、これでイナンナは、自分の姿を気にせずに居(い)られる。随分(ずいぶん)楽になる筈(はず)だ。」

 イナンナはそれでも何も言わない。重く沈(しず)んだ表情のまま押し黙る。

 これは、何を言ってもしょうがない、今は放っておくのが一番と察した祖父は、もう一度笑顔で孫娘(まごむすめ)を見つめる。それから彼女の背中を優(やさ)しくポンポンと叩(たた)くと、そっと孫娘の側(そば)を離れる。

 彼女は、祖父の言葉を聞きながら、自分が気にしているのはそこじゃないと思っていた。友達とか、他の人の視線とか、そんな事どうでも良い。何故(なぜ)、綺麗(きれい)に過不足(かぶそく)無く備(そな)わっていた自分の体が、理不尽(りふじん)に傷付けられなければならなかったのか。それが今でも納得(なっとく)できない。他の人と違っている事の何がいけないのか。ずっと誰かにぶつけたい不満が、彼女の頭の中でぐるぐると渦(うず)を巻いている。

 イナンナを置いて家の中に戻(もど)りかけた祖父が、ふと思いついて立ち止まる。

「そうだ、イナンナに言うべき事がもう1つあった。…これで笑顔にしてやろう。」

 シェブル爺(じい)さんは、ニヤリと笑うと、孫娘(まごむすめ)の元へと勇(いさ)んで戻(もど)った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。