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第七話 君を守るために

『――行くわよ』

 頭の奥で響く声と同時に、体が自然に動いた。

 背中に力を入れた瞬間、黒い翼がごうっと音を立てる。

 

 すると、さっきまで地面にいたはずの体は、一瞬で上空へ跳ね上がった。


「わ……わぁぁ!」

『体が思うように動く……さぁ、存分に見せつけてやるわ!』

 驚く間もなく、目の前には天使たちが迫ってきた。

 表情が変わらない笑顔。

 耳をつんざく金属音。振り下ろされる光の剣。


 ただ見上げることしかできなかった、恐怖の象徴が迫ってくるが。


『消えろ』


 鎌の刃は、紫色に輝き、斬撃を飛ばす。

 天使たちはその軌跡に呑まれ、羽を砕かれた。


 息を整える間もなく、頭に声が響き渡る。


『まだまだ!』


 次の天使の大群が、美沙の横から切りかかろうとした。


「ななな! 何が起こっているの? ほ、ほんとうに大丈夫なんだよね……?」

『大丈夫か大丈夫じゃないかじゃない! やるのよ!』


 白い刃が目の前まで迫る。

 

 ―だが


 美沙の体は、するりと滑るようにそれを回避した。

 そのまま、流れるように鎌を振り抜く。


 斬撃が走り、背後の天使ごと空間を裂く。

 光が弾け、白い羽と破片が宙に舞った。


「うわぁ……何か……私が私じゃないみたい」

『だって、今アタシはアンタの中にいるもの」

「えぇぇ! わ、私の中ってどういうこと!」

『さぁ? さっきも言ったでしょ。アタシは何も知らない。早くこの体に慣れることね』

「慣れるって、そんな簡単に言わないでよ!」


 美沙のすぐ下で剣先が白く光り、地面が眩き始めた。


「あれって……すごい攻撃がくるよ!」

『ふーん。一部の囮で気を引いて、その隙に……てとこかしら』


 冷たくあしらったかと思うと、頭の中の少女は、ニィっと笑ったかのような声で叫んだ。


『面白い。だったらそのまま突っ込んで、なぎ倒す!』


 美沙の黒い翼が爆ぜるように広がり、地面に向かって急降下した。


「う、うわああああああ!!」


 叫びながら美沙は鎌を両手で握りしめ――

 刃を地面へと叩きつけた。


 ガッッ!!


 大地が爆ぜた。

 紫色の衝撃波が地面の亀裂を広げ、天使たちの身体を一斉にのけぞらせる。

 白い羽が舞い、金属音が空気を裂いていく。


 天使たちが放とうとした光線は、縦横無尽に放たれた。


「危ない!」


 美沙は光線をよけるが、胴体をのけぞらせ、足をバタつかせる。


『もっと空気を掴みなさいよ』

「く……空気を掴むって……あちち!」

『はぁ……アンタのその羽は飾りなのかしら?』

「だから、私は戦いなんてしたことないんだって!」

『見てらんないわ。いい、こう……すれば!』


 すると、美沙の羽は体を覆うマントのように萎められた。

 腰を落とし、鎌を羽の隙間から出して構える。


『相手との間合いを詰めて……振り払う!!』


 美沙は地面を蹴り、体制を立て直した天使に一直線に向かう。


「と、とにかくこれでぇ!!」


 鎌を横薙ぎに振る。

 鎌の刃の軌跡が空を裂き、天使の胴体を真っ二つにした。

 破片が光の粒となって散る。


『次は右!』

「こ……こんな感じ!?」 


 右側から迫る剣を、鎌の柄で弾き返す。

 金属音が耳を刺す。

 そのまま刃を返し、天使の顔面へ突き立てた。


 ――ガキィン!!

 ひび割れた天使の顔面が砕け散る。


「はぁぁぁぁぁ!」


 普段の美沙ならとっくに体の限界を迎えているはずであるが、力はどんどんと溢れてくる。


『まだ動けそうね。こうなったら、最後までこの体を使い倒してやろうかしら』

「えぇ……これ私の体ですけど!」

『アタシのおかげで戦えてんだから、文句を言わないで頂戴っ!』


 振り返りざまに鎌を振り下ろす。


 刃が天使の顔面を縦方向に一気に裂き、白い羽が吹き飛んだ。


「……そ、そうか……私、戦えてるんだ……!」

『ほら気を抜かないで。今度は上!』

 上空から十数体の天使が一斉に降下してくる。光の刃は、横なぎにふるうような挙動をみせた。

『少しは慣れてきたころかしら。じゃあこのアタシがアンタの技を見てあげる。さっきみたいにやってみなさい』

「さっきみたいにって……こ、こんな感じ?!」


 美沙は背中に力を入れ、翼を広げた後に、地面を蹴った。

 天使たちが一斉に剣を振り下ろす。


 美沙は鎌を両手で握りしめ――


 羽を少しすぼめ、勢いのままに回転しながら斬り払った。

 紫の輪が空を裂き、天使たちが光の粒となって散っていく。


「はぁ……はぁ……やった!やった!できたよ!どうかな?」

『全然ダメ。動きに無駄が多すぎ。特に回りながらなんてナンセンスね。あとまだ終わってないし』

 

 天使の軍勢は勢いを落とさず、美沙をめがけて上昇する。

 倒しても倒しても、無尽蔵に涌いてくるくる敵。


 その時。


 ――ドクン。


 美沙の心臓が強く脈を打った。

 理不尽な世界に引きずり込まれたことによる怒り。


 ――ドクン。

 天は無事に生きていてほしいという切望。


 ――ドクン。

 少女と出合い、戦う力を得たことによる高揚。


「……まだこんなに……ちょっとしつこいね」

『本当に。ほんっとうにしつこいヤツらね』

「でも……ここで私が止まったら……」

『アイツらにいいようにされて終わり。そしてアンタが死ねばアタシも死ぬ』

「天ちゃんを探せなくなって……元の世界に帰れなくなる」

『そう。だからアンタは』

「戦わないといけないんだよね。天ちゃんを助けるために

 ……そして、君を守るためにも!」


 そう言った美沙の表情は、今までの恐れや焦りの色は無く、自身に満ち溢れていた。


『っ!……アタシも?』

「もちろん!」


 少女の声に戸惑いが混じる。

『……その覚悟は認めてあげる。でもアタシを守るなんて、ちょっと生意気すぎるわよ』

「えへへ……生意気でもいいよ。絶対に、ぜーったいに、君も死なせないから!」


 ――ドクンッ!

 美沙の心臓が、より強く脈打った。

 少女を守り抜いて見せるという覚悟。

 美沙の決意が、ひとつの心として溶け合っていく。


 ――視界の端が、少し赤くにじむ。

 ――鎌は紫から深い赤へ。

 ――その鎌は、より大きく肥大していった。


『ッ! ちょっと待ちなさい! ……アンタ、何をしようと』


 鎌の周囲に、無数の魔法陣が展開される。

 天使たちは異変を察知したのか、上昇するスピードを緩める。


 しかし、避けるにはあまりにも距離が近すぎた。


「いっけぇぇ!!。


 脳裏に、本能に、強烈な一撃の『名前』が浮かび上がる。

 美沙はそれを、喉が裂けんばかりの声で叫んだ。


「スカーレット・リーパァァァッ!!」


 鎌が世界そのものを断つ軌跡を描いて振り下ろされた。


 ――――――――――

 一瞬、音が消えた。

 次いで、赤黒い衝撃波が、円環状に爆発する。


 光の輪は砕け

 翼は崩れ

 天使の微笑みは変わらないまま


 そのすべてを薙ぎ払った。



 風が、遅れて吹き抜ける。

 そこにあったのは



 静寂のみであった。

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