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第六話 共鳴のハイタッチ

「選んで。このまま野垂れ死ぬか、アタシと共に戦いの道へ進むか」


 少女が放ったその一言では、美沙の意識を強引に現実へと引き戻した。

 直後、ガシャっと何かが壊れるような音が響いた。


 音がした方向に視線を向けると、紫色に輝く鎌の刃が、天使の顔面を深々と貫くという、信じがたい光景が目に入った。

 天使の顔面は微笑みを保ったまま、しかし、中心からひびが入る。


 少女が鎌を引き抜いたとたん、天使は地面に崩れ落ちた。

 周囲を囲む無数の天使たちが、一気に少女と美沙に剣を向けた。

 その光景に美沙は、また立ちすくむしかなかった。


「チッ……」


 少女は舌打ちと同時に地面を蹴った。


 次の瞬間、美沙の視界がぶれる。


「え……?」


 少女は軽々と美沙の体を持ち上げ、宙に浮いていた。

 漆黒の翼を広げ、空を叩く。

「え、ちょっと待って私飛んで……え? え? えぇぇぇ!」

「うるさいわよ」

「あ、君が……っていうか、君の言葉が分かる……何で?」

「説明は後! 今はアンタの力が必要なの。少しは協力してくれるわよね!」

「力が必要って……」


 言葉の意味を理解する前に、視界の端で光がはじけた。


 ――耳をつんざくような音と共に、天使たちが美沙と少女をめがけて上昇してくる。


「来た……!」

 美沙の声が震える。たとえ空へ逃げても、決して逃がしてはくれないと理解してしまった。

「どこまでもしつこいヤツらね。早く決めないと、アタシもアンタも細切れよ」

「でも……」

「死ぬの? 生きるの? どっち!」

 

 少女は鋭く言い切ると、そのまま美沙を抱えたまま空中で反転し、迫り来る天使の剣を紙一重で回避する。


「いい? 時間がないから一回しか言わないわよ。アタシとアンタで手を合わせて。そして一体(リンク)と同時に叫ぶ!」

「り、りんく?」

「そう! 早く腹をくくりなさい!」

 

 少女は鋭く言い切ると、そのまま美沙を抱えたまま空中で反転した。

 直後、視界を焼き尽くすような閃光が走る。


「――っ!」

 光の刃が、ほんの紙一重で頬をかすめた。

 遅れて、衝撃音。

 空気が震え、鼓膜が軋む。


「う、わああああ!?」


 悲鳴を上げる美沙をよそに、少女は顔をさらにしかめる。


「数が多すぎる……!」


 周囲を見渡せば、逃げ場はなかった。

 四方八方――上下すらも塞ぐように、天使たちが円陣を組んでいる。

 白い羽が空を埋め尽くし、無機質な笑顔がまた一斉にこちらを向く。


 そして――


 一筋の光が、剣先に収束した。


 少女は空を蹴る。

 急降下。

 すれ違いざまに、握った鎌を振るう。


「邪魔!」


 ガキイィン――!

 剣と鎌がぶつかり、火花が散る。

 美沙を抱えながら飛んでいてもなお、見事にその刃先は狂わずに剣を捕えた。

 

 すかさず鎌の刃を反対側にし、一体の天使の顔面を刈り取る。


 しかし、天使たちの猛攻は止まらない。

 無数の剣先が二人に向けられる。


「――ッ! 一気に降りるわよ!」


 少女はさらに速度を上げて降下し、近くの岩場へ着陸する。

 直後、上空が光に包まれた。

 

 ――空が爆ぜた。


 すぐに天使たちが降下する。


「ね……ねぇ! どうしてあなたは――さっきまであんなに弱ってたのに、そんなに戦えるの!? なんで私たちを狙ってくるの!?」

 数秒の沈黙の後、少女はあっさりと言い切った。


「知らないわ」

「え?」

 少女はまた美沙を抱え、岩場から飛び降りる。

「ちょっ――!?」

 また体が宙へと投げ出される感覚。

 だが次の瞬間、翼が大きく広がり、空気を掴む。

 そのまま地面すれすれを滑るように滑空した。

 風が頬を叩き、視界が流れる。


「しっかり掴まってなさいよ!」

「ま、待って! 今のどういうこと!? 知らないって……!」

「そのままの意味よ!」


 少女は吐き捨てるように言う。


「アイツらは突然現れたかと思えば、全てを殺しまわっていったわ。アタシも何が起こっているのか分からない!」

「そんな……! じゃあ……どうして戦えるの!?」

「それも知らない! けど、アンタに触ったら、アタシの望む通りの力を手に入れただけ! 今こうやって飛んでるのも、アンタに触れているからよ!」


 苛立ちを隠さず怒鳴る。


 その直後――


 空気が震えた。


「――来る」

 上空を見上げると、無数の白い影が、一斉に美沙たちに接近してくる。

 剣先が、こちらへ収束した。

「ひっ……」

 

 反射的に目をつぶる。


 次の瞬間――


 ドゴォォォンッ!


 閃光。

 轟音。

 地面が抉れ、岩が弾け飛ぶ。


 少女はそれを紙一重で躱し、さらに加速する。


「……そんな……ね、ねぇ」

「舌噛むわよ」

 少女はそう冷たく返しながらも、一切ぶれずに滑空を続ける。

 だが――

 攻撃は止むことはない。


 左右から、背後から、逃げ道を塞ぐように光が走る。

「っ……!」

 少女は低く息を吐くと、そのまま急上昇した。

 だがすぐに上空からも剣が降り注ぐ。

「ッ! 危ない!」

 美沙が気付いたときには、もう避けられない距離まで光が迫っていた。

「はぁぁぁぁぁ!」


 少女は絶叫する。右側の羽を広げ、強引に進路を変更した。


 ――ジュッと焼けるような音が鳴った。


 羽の一部が焼き切れ、軌道が大きくぶれる。


 少女と美沙は大きく態勢を崩し、制御ができないまま地面に叩きつけられた。

 ドサリと鈍い音を立てて、岩陰に滑り込むように止まった。


「はぁ……っ、はぁ……っ……」


 少女はすぐに身を起こそうとするが、羽がだらりと垂れ下がっている。

 羽はところどころ焼け焦げ、もうまともに飛べる状態ではなかった。


「……最悪」

 少女は空を見上げてそう悪態をつく。

 追ってきた天使たちが美沙と少女を取り囲む。

 ついさっきの光景と同じ。――それ以上に絶望的な状況であった。

「……早くアタシに力を貸しなさい。戦うわよ」

 赤く光る瞳は、冷たい視線を美沙に浴びせた。


「もう……無理だよ……こんなの……」

 美沙は震えながら少女の腕を掴む。

 その視線は地面を向いたままだった。

「いきなり戦えって……こんなの……無理だって……」

 視界の端で、一筋の光が輝き始めた。


 怖い。

 怖い。

 怖い。

 何もできない。


「ねぇ……やっぱり……逃げようよ……」

「呆れた。アイツらからどこへ逃げるっているの? 早くアタシに力を貸しなさい」

「無理だってば! あんな数に……勝てるわけないじゃん……!」

「聞こえなかったのかしら? 早く、一体リンクと言いなさい」

「もう……私たちは、駄目なんだ……最初っから無理だったんだよ……」


 美沙がそう呟いたとき、少女の動きがわずかに止まった。

 次の瞬間、

 ぐい、と美沙の体を強引に引き寄せる。


「いい加減にしなさい!」

 赤色の瞳が、真正面から突き刺さる。


「アタシはこんなところで死ぬのはごめんよ! できるなら今すぐにアンタを見捨てて戦うわ。けど、アンタはアタシに力を与えた。アンタを助ける理由なんてない。けど……癪だけど、アタシはアンタの力がないと十分に戦えない!」

「……っ」

 美沙は息を飲んだ。

 少女の言葉は身勝手で、乱暴で。

 しかし、嘘はついていなかった。


「このまま死ぬ? 愚かにもほどがあるわ! 逃げ続けて結局死ぬ? そんなヤツ三流以下の死にざまね! 最初っから無理? なら、あの洞窟のアンタは何だったのよ!」

 少女はさらにまくしたてる。

「アタシにあんな薄汚れた服を着せたのはなんで? アタシの言ったことも聞かないで、わけわかんない言葉を言いながらそのくっさい体を寄せてきたのは? この! アタシに! 無礼を働いたくせに! 簡単に諦めるの?」


 その言葉を聞いたとき、美沙の中でプツンと音が鳴った。


「それは……君が寒そうにしてたからじゃない!」

 

 美沙も負けじと言い返す。


「放っておけるわけないよ! あんなにボロボロで、震えてて……怖かった!君が死んじゃうんじゃないかって! あんなに死体が転がってて……嫌だったよ! でも……」

 美沙は少し言葉に詰まって、もう一度言い直す。

「でも……あのまま見捨てるのはもっと嫌だった。君を助けることを諦めたくなかった!」

 目頭が熱くなる。「私も何が何だか分からないよ! でも、君には生きてほしいと思っちゃった! もうこれ以上、誰も傷ついてほしくないよ! 死んでほしくない!」


  涙と言葉は溢れ続ける。


「根拠なんてない! 天ちゃんはもう死んじゃったけど! 君を助けるってことが、私の希望だったの! 希望を持って助けることの何が悪いの!!」

 言い切った瞬間。

 胸の奥に、ひとつの顔が浮かぶ。

 ――(そら)ちゃん。


 あの光景が、脳裏をよぎる。

 死が迫り

 血が流れ

 暴力の跡がひしめく世界。


 ……無事なわけない。


 そう思った。

 思ってしまった。


「……あ……」


 かすれた声が、自然と漏れる。

 (まだ……分からないかも)

 天が死ぬ姿を、確かに美沙は見ていない。


 ――その時、視界の先に、もう忘れていたはずの光景が広がった。




 ♢♢♢




 夕日が差し込む、薄暗い応接間。

 その机の上には、地図や写真、様々な書類といった、たくさんの資料がちらばっていた。


「もう、ここらでよかやなかと?」

「早苗しゃん、これ以上は体ばこわしてしまうばい」

 新年の挨拶くらいしか顔を合わない、数多くの親族が険しい顔をしながら、おばあちゃんを見つめた。

 あの時、私はドアの隙間から会話を盗み聞きしていたのを覚えている。

 そして、その空気が、幼心ながらとても楽しめる雰囲気出ないことも。

 

 ――もう、捜索は諦めるべきだと。


 誰もがそう思っていた。


「よかや」


 その空気を断ち切るように、早苗が口を開いた。

「うちは諦めん。理沙と宗一郎しゃんな、必ず見つけ出す」


 静かな声だった。

 でも、叔父さんたちは大きな声で反論する。


「早苗しゃんな、もう三年ばい! 警察ももう難しか言うとるとーに」

「関係なか。理沙はうちが一人で育て上げた娘ばい。そん娘が選んだのが宗一郎しゃんばい。どちらもうちんかけがえんなか宝たい」

「あんたん気持ちは痛かほど分かる。ばってん、現実は……」

「二人がもう死んでしもうたことが現実やったら、うちゃ二人ん死体ば見るまで探し続くる」


 誰も、何も言えなくなる。


 そして――


「根拠なんてなかとです」

 おばあちゃんは、静かに続けた。

「ばってん、二人が生きとーと希望ば持つこと、そう願うこと、そんために行動することは」

 ほんの一瞬、息を吸って。

「そげん悪かことなんやろうか」


 誰も、何も言うことができなかった。


 そして私は

 ――おばあちゃんの背中を、ずっと見ていた。


 (……あぁ)

 胸の奥で、何かが繋がる。

 (私は……あの人の背中を見てきた)


 だから――




 ♢♢♢




 (逃げてるかもしれない。どこかで、隠れてるかもしれない)

 根拠なんて、どこにもない。

 ただの願いかもしれない。そんな希望を持っても状況は変わらないかもしれない。

 それでも。


「……探したい」


 小さく、でも確かに言葉になる。

「天ちゃんを……ちゃんと、自分の目で確かめたい」


 今まで、お母さんとお父さんを探すことすらできなかった。

 ――でも、今は違う。この少女と共になら、天ちゃんを探すことができるかもしれない。

 ――生きているという希望を持つことができるかもしれない。


 涙で滲んだ視界の先に、少女がいる。

 美沙の表情を見た少女は、今一度問いを投げた。


「あなたは死にたいの? 生きたいの? どっち!」


 迷いはある。

 恐怖もある。

 まだ頭が追い付かない。

 また立ち止まるかもしれない 。


 ――だが、美沙の答えは一つだった。


 その声には、恐怖と、確かな()()が混ざっていた。


「生きたい! 友達を……天ちゃんを探したい! 天ちゃんと一緒に元の世界に帰るんだ!」

 その叫び声は、地獄のような世界に響き渡った。

「こんなところで、私たちは死にたくない!」

「ならアタシと共に戦え!」


 少女は美沙に左手を差し出す。

 美沙も少女の意図を汲み取り、右手を伸ばす。


 パァンッ――!!


 乾いた音が、戦場に響く。


一体(リンク)!!」


 その瞬間。

 世界が、止まった。

 光も、音も、重力も――すべてが凍りつく。

 触れた手のひらから、何かが流れ込んでくる。

 熱い。

 眩しい。

 眩い光が二人を包み込み、空間そのものを塗り潰す。


 天使たちの姿すら、かき消して。


 すべてが白に飲み込まれる。

 

 やがて――


 ゆっくりと、光が引いていく。

 残ったのは、一つの影。

 ふわり、と空中に浮かぶ。

 髪は白に近いピンク色になり。

 その身を包むのは、赤と紫が混ざり合ったドレス。

 左手の甲には、逆三角形と絡みつく曲線を模した紋章。

 右手には先ほどの少女が持っていた、紫色に輝く鎌が握られ。

 瞳は鮮明に赤色に(きら)めき、額には二本の赤い角が生える。


 そして――


 背中から広がる、黒光りする翼。


「……え?」


 声が漏れる。

 視界は鮮明で、体の内側から元気があふれ出てくる。

 その体は信じられないほど軽く感じた。

 (なに、これ……)


 美沙に戸惑いが広がる。


『……これが本当の戦う力なの……?』


 先ほどの少女の声が、美沙の頭の中で響いた。


『これで……アタシは本当に戦える!』

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