171、幕間
『ただいまより、15分間の休憩を頂きます、離席の際は――』
幕が降り、会場全体がホッと息を吐く気配がした。
「おおー、すっごく面白い」
流石は日向先生の劇団、そこらの市民劇団とはレベルが違う。
役者のレベルもさることながら演出も凝っていて、
光や音、背景美術を上手く活用し没入感がすごい。
「メインの子たち、若いのに皆さん上手でしたね」
職業柄、目の肥えている斎藤も感心したように言う。
確かメインの3人は先生が自らスカウトした住み込み組だったか。
結衣ちゃんは私の推薦だったが、先生は先生で虎の子を育てていたらしい。
「今のケイティ役の子、中2だってさ。このまま舞台の方に行くのかな?」
私も一応日向先生の弟子ではあるけど、例外扱いで劇団の子達と一緒に稽古したりしないので、実は一人も顔を知らない。
いつも稽古の無い日にこっそり会いに行き、お茶を飲んで雑談して、たまに個室で指導を受けるだけだ。
実質卒業生みたいなもんだからな私。
「上の二人は最近ドラマに出始めてるようですね」
「そうなんだ」
あれほどの演技力なら当然だな。
まあ次女役の人はまだ実力が分からないけど、長女役の人は相当上手い。
どこに行っても即戦力だろう。
「結衣ちゃんも今のところは問題ないけど、この先の展開次第だね」
「先が気になりますね」
脚本も普通に面白い。
まさか長女の次が三女とは思わなかった。
てっきり上から順番に降りてくると思ってたのに。
おそらく後半は、今まで軽くしか触れてこなかったクララの病気について触れていくのだろう。
それを頭のいい次女がどうするか。
治せるのか、それとも無情にも死んでしまうのか。
「どうなることやら……でもさぁ」
あの日向先生が新人の結衣ちゃんを指名した時点で答えは出てる気がする。
恐らくあの子は病気の演技がめちゃくちゃ上手い、現時点でもかなりリアル。
まあそれは生い立ちから察せられるけど、何だか役者の格で犯人が分かるサスペンスみたいだ。
でもそうなると、この物語の結末は――
「演劇のシナリオって、何でこうも人が死ぬんだろう」
「何だかんだで盛り上がりますからね」
死にざまが上手い役者ほど良い役者なとこあるよね演劇界。
「私だったら絶対ハッピーエンドにするのになぁ」
「まだそうと決まったわけではないですから」
「まあねぇ」
作品の雰囲気からしてバッドエンドはないだろうが、最後はしんみりしそうである。
「さて、ちょっと行ってきますか」
「どちらへ?」
「ちょっと医務室まで。斎藤は来なくていいよ、レディが寝てるからね」
「ああ……いってらっしゃいませ」
さてさて、ちょっとお節介してきますかね。
――――――――――――
「ゴホッ、ゴホッ、はあ、最悪……」
大きな劇場があるこの公民館には、体調不良の人のために医務室が設置されている。
一生に一度使うか使わないかというその場所に、
私、リサは情けなくもお世話になっていた。
(今ごろ、劇は半分くらいかな)
これから次女のデイジーに主役が移り、クララの最大の見せ場が待っている。
(あんなに練習したのになぁ)
それこそ本当に病気になるくらい、死に物狂いで稽古した。
でもそれだけやっても、最後の部分はあまり納得出来ていないのだけど。
「結衣……」
あの子なら、出来るのだろうか。
少しだけ見せてもらった病気の演技は、驚くほど上手かった。
流石は先生が選んだ子だけあると感心した。
でも同時に私は焦った。
先生が選んだ子を差しおいて、私が演るとしゃしゃり出てしまったのだ。
しかも、「自分の方が上手く演れる」と宣言までして。
(ああ~私のバカバカバカ!)
思えば私は、住み込み組に嫉妬して彼女たちの練習をあまり見ていなかった。
だからあの子の演技も知ろうとしなくて、ただの贔屓だと決めつけて。
(先生の作品の邪魔をしてしまった)
実際あの子は天才だった。
一度見ただけでセリフのみならず、動きも真似できると知った時は驚愕した。
オリジナルとなるとまだまだだが、それでも末恐ろしい才能だった。
その点で言えば、今回の代役に不安はない。
(むしろ、気が楽になったわ)
あの子の演技を見てから、私が役を奪ったという罪悪感が消えなかった。
今からでも役を降りるべきだろうか真剣に悩んでいたのだ。
なので今回の風邪は、我ながらナイスタイミングと言えるものであった。
(それに、多少は病気の演技の参考にもなるでしょうし)
転んでもタダでは起きないのが役者だ。
一週間後の公演では流石に風邪も治り、私が出ることになる。
だからこの機会に病気の演技をマスターして――
「たのもー」
唐突に、
ガラガラと扉が開きサングラスに帽子を被った怪しげな幼女が入ってきた。
少し見覚えがあるような気がする。
「ちょ、ちょっと君、ゴホッ、ここは病室よ、子供が来ちゃいけないの、ゴホッゴホッ」
なんとか注意するも、幼女はまったく聞き入れた様子はなく、腕を組み私を見つめている。
「おねーさん苦しそうだね」
「ええそうよ、ゴホッ、風邪なの、ね、うつしちゃいけないから早く出て? ゴホッ」
私はなんとかこの子を追い出そうと説得する。
「治してあげようか」
「え?」
あまりにも当然のように言うので唖然としてしまう。
少しして、つまりこの子はお医者さんごっこがしたいんだなと解釈した。
だったら少し付き合って満足させてあげよう。
「はぁ、じゃあちょっと治してもらおうかしら?ケホッ」
「でも本当に治していいの?」
そう思っていたのに幼女は突然妙な事を言い出した。
「どういう意味?」
「クララの演技を見たら、おねーさんショックを受けちゃわない?」
「それ、は……」
もし治ったら、私は当然客席へ行き劇を見るだろう。
そこでもし、結衣が私以上に完璧なクララを演じたら?
私は自分を保てるだろうか。
……いや。
あの子の演技が私以上だったとして。
それなら私はあの子から学べばいいだけだ。
ここで見ておけば、来週の公演で観客をがっかりさせないで済むかもしれない。
演劇はみんなで作るもの。
私のちっぽけなプライドを捨てるだけで作品全体が良くなるのなら、後輩にも頭を下げる覚悟がある!
「うん、治して」
「ふふ、おねーさん良い役者になるよ」
そう言って幼女が私の頭を撫でると、ウソのように苦しさが無くなった。
「え? ウソ、ほんとに? あなたは一体……」
驚いて幼女を見ると――
そこにはもう誰もいなかった。
―――――――――――
「はぁ~、緊張したよ~」
「心菜お疲れ~、すっごく良かったよ!」
「ありがとうございます美幸さん!」
前半が終わり、舞台袖であたしたちはお互いを労いあった。
あたし、美幸は座長だ。
あそこは良かった、今日は調子いいねと声をかけ、全体の士気を上げるのも座長の役目。
例え誰かがヘマをしたとしても、本番中に叱りつけるのはタブーだ。
まあ今回は誰もミスをせず、それどころか最高のパフォーマンスを発揮しているのでお世辞を言う必要はないのだが。
それとは別に、今回は気を遣う要素があった。
「結衣、あんたも良かったよ」
急遽代役が決まった結衣だったが、流石の記憶力。
完璧にリサの演技をコピーし、急造ながらもまったく違和感のない舞台にしてくれた。
これには不満を持っていた団員も文句のつけようがなく、気まずそうに黙っている。
「…………」
「ありゃ」
当の結衣は椅子に座り、ボーっとして心ここにあらず。
(まだ役が抜けていないようだね)
結衣はその異常な集中力で役に成りきるタイプ、いわゆる憑依型というやつだ。
しかも今日は初めての劇でぶっつけ本番。
恐らくこの中の誰よりも集中し、神経を研ぎ澄ましている。
こうなるのも無理はない話だ。
(うーん、まあ今日はこのままでいいか)
いきなり切り替えろと言っても難しいだろう。
むしろ下手に自我を取り戻す方が危険かもしれない。
彼女にはこれから大事な見せ場が待っているのだから。
「礼子、大丈夫?」
「ええ、いよいよ後半ね」
珍しく緊張している礼子に声をかける。
後半は礼子演じるデイジーのパートからスタートだ。
この物語の核心的な役割のため、いつもクールな彼女も不安そうだ。
「あの子、頑張ってたわね」
「結衣? そうだね、ここまでリサの演技そのものだった」
「でもきっとここからは違うわ」
「そうだね、時々ハッとする場面もあったし、ここからが彼女の本領だろうね」
「飲み込まれないようにしないとね」
今までは何度も稽古を重ねたリサの演技だったからこそ、あたし達も安心して合わせられた。
しかしここから彼女が自分の演技をしだしたら、急には合わせられないかもしれない。
「ま、そこは先輩としてなんとかしないとね」
「そうね、後輩に情けない姿は見せられないわ」
礼子の顔に自信が灯る。
さて、もうそろそろ休憩が終わる。
「みんな、準備はいい?」
「「はい!」」
いよいよ後半スタートだ。




