170、四つ明かりの家3
唸る動力の音、舞い散る綿埃、
ガシャガシャとせせこましく動く機械の間を、
私、ケイティもまたせせこましく動いていた。
「そこ! 止まってるぞ!」
「はい!」
ここは私がお世話になっている織機工場。
今日も今日とて、不機嫌そうな現場監督の怒号が飛び交う。
機械にゴミが入らないよう常に掃除し、補充用の糸をセットし、糸が切れたら手で結ぶ。
一人で20台ほどの機械を担当し、機械に不具合がないか常に歩きながらチェックをする。
機械化されたからといって、人の手が必要なくなったわけではないのだ。
「あーもー中々結べない!」
糸が切れたら機械も止まるので私は急いで結ぼうとするが、これは切れた場所が悪く上手く結べない。
(他の機械の面倒も見なきゃいけないのに!)
まるでうちの姉たちのようだ。
そう思ったらなんだか笑えてきた。
「まだか!」
「はい出来ました!」
尚もごちゃごちゃと五月蠅い監督の言葉を聞き流しながら、私は他の機械も見て回る。
これが私の、ケイトリン・バートンの今の日常だった。
「ケイティ大丈夫かい? また怒鳴られてただろう」
終業時間になり、同僚のおばさんが親し気に話かけてきた。
「あはは、大丈夫です」
「ったくあのハゲ上司め、お機械様の万分の一も働いてないくせに口だけは同程度に五月蠅くて、邪魔くさいったらありゃしない」
動力のおかげで私たちの数万倍の仕事をこなす機械のことを、おばさんたちは茶化してお機械様と呼ぶ。
確かに機械は華々しく活躍し、私たちのすることと言ったら機械の機嫌をとるために一生懸命お世話をすることくらいだ。
まるで機械が主で私たちは召使いのよう。
まあ私は、あそこまで召使いをこき使ったことはないけれど。
糸で傷つきすっかりボロボロになった手を見て、そんな時代もあったと懐かしむ。
「さて、片付けも終わったし帰ろうかね、うちのチビたちが待ってる」
「そうですね、うちもおっきいのが待ってますから」
私も帰ろう、あの家族が待つ家へ。
「また豆のスープぅ?」
「文句言わないの」
「もぐもぐ」
「いつもありがとうございます、ケイティ姉さま」
いつもの姉妹4人で囲む食卓。
もちろん料理は私が作る。
姉二人は生活力が皆無だし、クララもやる気はあるが体が弱い。
必然的に私が作るしかないのだ。
もっとも私も最初から料理は作れるわけではなかった。
没落が決まってから、この3人に任せるわけにはいかないと、
屋敷にいた料理人にギリギリまで基礎を教えてもらったのだ。
今ではそこそこ料理が作れるが、材料費と手間の問題で豆のスープばかりになりがちだ。
「エリザ姉様、首尾はどうだったの?」
「ダメね、いくつかの商人のパーティに参加してみたけど、寄ってくるのは既婚者の不埒ものばかり。直接狙うのは諦めて、息子さんを紹介してもらった方が早い気がしてきたわ」
「必死さが滲み出てて、若い人には引かれてるんじゃないの?」
「なんですって?」
長女のエリザは少し前まで落ち込んでいたが、何を思ったか急に婚活を始めた。
私としてはこの健康体の姉に真っ当に働いて欲しかったが、よく考えるとそれも悪くないと思い始めた。
なにせ姉は美人で、非常にモテる。
ああ見えて社交的で明るく、立ち振る舞いも美しい。
高飛車に振る舞ってはいるが、実際は誰よりも家族想いだ。
誰ぞ親交のあった貴族の男でも捕まえてきて貰えば、私たちの生活は一変するに違いない、一発逆転ホームランだ。
それに嫁に行けば食い扶持も減るし。
そう思っていたが現実は甘くなく、どうやら貴族相手には失敗したらしい。
私は社交界デビュー前だったのでよく知らないが、社交界とは恐ろしいところのようだ。
「クララは今日何してたの?」
「今日は調子が良かったのでお裁縫をしてました」
「あら、何作ってるの?」
「秘密です……恥ずかしいので」
「やーんかわいいー♡」
「あんたはほんとクララが好きねぇ」
末妹のクララはまだ幼く、体が弱い。
可愛くて優しくて、家族想い。
私たちはそんなクララが大好きだ。
ある日、何も手伝えないことを気にしていたクララに私は、暇つぶしになればと仕事で貰った不良品の布をあげた。
そしたらなんと見事な小物入れを作るではないか。
更に布をあげてみると次々と素敵な小物を作りだし、しまいには見事なドレスまで縫いあげた。
うちの妹は裁縫の天才だった。
将来はきっと世界一のドレスメーカーになるに違いない。
大人になったら病気も良くなるって聞いたし、
今のうちに沢山お金を稼いで、開店資金を貯めておこう。
「デイジー姉様は?」
「ちょっと煮詰まってる」
「あんたもデートでもしたらどう? 本ばっか読んでないでさ」
「絶対やだ」
本を読みながらスープを啜るこの次女もまた天才だ。
非常に頭が良く、学校始まって以来の才女として将来を期待されている。
卒業したら国の要職に就くか、新たな企業を起こすか、高給取りになるのは間違いない。
将来性は一番で、私たちの命運はデイジーにかかっていると言っても過言ではない。
なので私たちはなるべくデイジーの負担にならないようにサポートし、プレッシャーにならないよう程ほどにからかうのだ。
ただし、結果が出るのはまだまだ先。
当然その間稼ぎなんてない。
結局、私が働くしかないのだ。
何の才能もない私は、これしかできないのだから。
ガシャガシャと働くお機械様をボーっと見つめる。
今日はなかなか機嫌が良さそうだ。
「ケイティあんた大丈夫かい?」
「え?何がですか?」
「顔色が悪いよ、ここのところ働きづめだし、少し休んだ方がいいんじゃないかい?」
「だいじょうコホッコホッ」
クララのような咳をして、私はゾッとする。
この工場は常に綿埃が舞い、それを吸い込んで体を壊す人が多いのだ。
(もしここで私が倒れたら家族はどうなる? 一度しっかり休まないと)
(でもただでさえお金がないのに、休んでる暇なんてない)
二つの感情がせめぎ合う。
どうしよう、私にはこれしかできないのに……。
「コラそこぉ! サボってないで働けぇ!」
監督がずんずんと近づいてくる。
「監督、この子体調が悪いみたいで……」
「ああん? ふん、ダストにやれたか、じゃあお前、クビ」
なんてことのない風に、監督は信じられないことを口走る。
「は?」
「聴こえなかったのか? お前はクビだ、明日からもう来なくていい」
「ちょっと! 何言ってんだい監督!」
「そ、そうですよ、それにここを辞めたら生活が……」
おばさんも一緒になって抗議してくれる。
監督は普段から横暴な人だけど、ここまで理不尽ではなかった。
いったい何故?
「黙れぃ! 大体お前は前々から気に入らなかったんだ、いつも反抗的な目を向けおって! 大方あれだろう、儂を見下しておったんだろう? なんせ元貴族様らしいからな!」
「な!」
私が元貴族なのは誰にも言ってない。
しかしバートン家が没落したのは有名だし、調べれば分かる。
きっと何かのきっかけで、監督の耳に入ったのだろう。
「元貴族? ケイティそうなのかい?……だからってクビってことはないだろう? この子は真面目いい子だよ」
「うるさい! 奴らはそうやって人を騙すのだ! 品の良い笑顔の裏で儂ら平民を見下し、同じ人間とも思ってない、悪魔のような奴らなんだ!」
貴族に対する激しい憎悪。
この尋常ではない怒りぶりは、恐らく過去に何かがあったのだろうと想像がつく。
「あんたねぇ、いい加減に!」
「いいよ、おばさん、私出ていく」
「ケイティ……」
必死に訴えて、クビを取り消すことは出来るかもしれない。
でももう、この人の元で働くことは無理だ。
我慢してまで働くほど、私はここに愛着があるわけでもない。
そんなことに気を遣うなら、さっさと新しい仕事を探した方がマシだ。
「ありがとうおばさん、今まで良くしてくれて」
「ケイティ……あんたならどこでもやっていけるよ、頑張んな」
「うん」
唯一の心残りはおばさんだ、本当に良くしてもらった。
母を早くに亡くした私にとって、もう一人の母のような人だった。
でもこれが完全な別れじゃない、同じ街に住んでるのだから、会おうと思えばいつでも会える。
うん、何も問題はない。
「監督」
「ふん、さっさと出ていけ」
「わかっています。なので、今日までのお給料をください」
「なにぃ?」
不服そうな監督。
だがここは譲るわけにはいかない。
「監督には権限があるので解雇は受け入れます。でも給料未払いは許せません、それは犯罪です。もし払われなければ私はこれをゴシップ誌にリークします。社長、困るでしょうね?」
この人は現場監督であって社長じゃない。
勝手な判断をして会社に迷惑をかければクビではすまないだろう。
いざって時の対処法をデイジーに教わっておいて良かった。
「ぐ、むぅ……仕方あるまい」
「ついでに不当解雇も黙って欲しければ、少しイロを付けて欲しいですね。私、いい弁護士知ってるんですよ? なにせ、元貴族なので」
「わ、儂を脅すのか⁉」
「はぁ? なに被害者ぶってるんですか、これくらいで済ませてやろうってんだから感謝してくださいよ。それにお金で大嫌いな私を追い払えるのなら、安いものでしょう?」
そう言うと監督は、事務所から渋々お金を持ってきて封筒を投げつけた。
「ちっ、二度と顔を見せるな」
「こちらのセリフです、死ね、このクソハゲ」
お金を拾いそれだけ言うと、私は走って逃げた。
「なっ、待てぇ貴様ーーー!!!」
最後に言いたいことを言えて、ちょっとスッキリした。
「はぁーこれからどうしよ」
走り疲れた私は、街灯の下の階段に座っていた。
「また別の工場探そうかな、私それしかできないし……」
なんで私にはなんの才能も無いんだろう。
同じ姉妹なのに上の姉は美人で、下の姉は頭が良くて、妹は……。
ああもう自己嫌悪。
分かってる、姉妹たちは私を愛してるし、私も愛してる。
私のことが必要だし誰も蔑ろにしていない。
(でも……)
なんで私ばっかりこんなに苦労しなくちゃいけないんだろう。
考えちゃいけないのに考えてしまう。
私だってまだ12歳。
もっと遊びたいし学校だって行きたい、それに恋だってしてみたい。
「はぁ……」
あと少しだけ。
もう少しでいつもの私に戻るから。
3、2,1……
「あなた、どうしましたの? こんなところで」
「え?」
気付いたら見るからに貴族のお嬢様が立っていた。
歳はデイジーと同じくらいだろうか。
「あの、私……」
「話してごらんなさいな、あなた、今にも死にそうな顔してるわよ」
優しく頭を撫でられたので私は涙が溢れ、感情のままこのお嬢様に全てを話してしまった。
「そう、あなたやっぱりバートン家の……」
「知ってるんですか?」
「ええ、バートン卿にはとてもお世話になったのよ、とってもいい人だったわ」
嬉しかった。
父を覚えていてくれて。
父の痕跡が残っていて。
「そうねぇ、これも何かの縁。あなた、わたくしの家で働きなさいな」
「え?」
「丁度わたくしの専属メイドを探していたのよ、あなたは元貴族で教養もマナーもあって、家事もできて働き者。最っ高の人材ですわ」
メイド? 私が?
「い、いいんですか?」
「ええ、まあ当家もそれほど裕福ではありませんが、メイド一人くらいなら余裕ですわ」
確かにメイドなら私、できるかもしれない。
「よろしくお願いします!」
「え、ええ、これからよろしくね」
私はこの機会を逃してなるものかと、食い気味にお嬢様の手を掴んだ。
「お姉様! 私グレンジャー家のメイドになります!」
私は家に帰るとさっそく皆に報告した。
「グレンジャー家? たしかお父様の友人だったかしら?」
「そう、父様の葬式にも来てた」
「そ、そうだったんだ、どうりで……」
私のことを知っていたから声をかけたんだ。
「お姉さま、メイドさんになるの?」
「そうよクララ。お嬢様、とっても良い方なの」
「そうなんだ……じゃあ丁度いいかも」
「そうね」
「うん」
クララが姉たちに目配せをする。
「じゃーん!わたしたちからお姉さまにプレゼントです!」
「え、なになに?」
クララが渡してきた箱を開けると、そこにはお洒落な刺繍の入ったエプロンが入っていた。
「かわいい! これクララが?」
「わたしだけじゃないよ、刺繍はエリザ姉さまが、生地はデイジー姉さまが調達してくれたの」
「刺繍は貴族令嬢のたしなみですからね!」
「布屋の息子のレポート手伝ってあげた」
何でもないように言う姉たちだったが、刺繍はとても繊細で丁寧、生地はとても高そうなものだった。
「だから、これはみんなからのプレゼントです。ケイティ姉さま、いつも私たちのためにありがとうございます」
「まあたまにはね」
「ん」
素直なクララと、素直になれないエリザとデイジー。
そんな3人を見て、涙がこみ上げてきた。
ああ、私やっぱり皆のこと……。
「ありがとうクララ、姉さまたち、大好きよ。わたし、これを着て頑張るね」
結局私は、誰かの世話をしたり支えたりするのが好きなのだ。
もしかしたら、それこそが私の才能なのかもしれない。
よーし、次のステージは貴族のメイドだ。
ここでいっぱい頑張って、たまにはお肉を食べさせてあげるんだから!




