169、四つ明かりの家2
「エ、エリザどん、今日も綺麗なんだな」
「……どうも」
わたくしは誇りあるバートン家の長女エリザベート・バートン。
舞踏会では社交界の華と呼ばれ、最新のドレスを着こなし流行を作り、
紳士たちが列をなして愛を求めた女。
そんな栄華も昔の話。
今はただ、街はずれの芋くさい男から声をかけられるだけの女に成り下がっていた。
「また豆のスープ?お肉はないの?……しかも味うっす!前より薄くなってるじゃない!」
「しょうがないでしょお金ないんだから、一々文句言わないでよ」
「デイジーはよく平気ね?」
「食べれればなんでもいい」
次女のデイジーは食事中も本を読んでいて食事に興味がない。
前までは行儀が悪いと注意していたが、今は逆にそれが羨ましい。
「お姉さまのスープ、わたしは好きですよ?」
「ありがと~クララ~、やっぱり私の味方はクララだけだよ~」
大げさに喜びクララに抱きつく三女のケイティ。
末妹のクララは困った顔で微笑んでいる。
「はあ、誇りあるバートン家が落ちぶれたものね……」
わたくしは昔の豪華な晩餐を思い出し、溜息をつく。
「お姉様」
「なによケイティ」
「いい加減働いてください!」
バンとテーブルを叩きケイティが怒鳴る。
「だってぇ、まだこの生活に慣れてなくて……」
「もう3ヶ月ですよ! いい加減立ち直ってください! 私はとっくに働いてるっていうのに、姉として恥ずかしくないんですか!」
痛いところを突かれ心臓がギュッとなる。
現在我が家は工場でアルバイトをするケイティ一人に支えられている。
当然女一人のバイト代で賄えるような金額ではなく、家計は火の車だ。
「うう、でもデイジーも働いてないし……」
無駄と知りつつも最後の抵抗を試みるわたくし。
「デイジー姉様は学校があるでしょう? しかも成績優秀者で学費免除だからいいんです!」
デイジーは我関せずとずっと本を読んでいる。
おのれぇ、我が妹ながら腹立たしい……。
「ごめんなさいお姉さま、わたしが働ければよかったのに……こほっこほっ」
クララが申し訳なさそうに言うのでわたくしとケイティは慌てて立ち上がり、クララを抱きしめる。
「クララはいいのよ! あなたはこの家を守るっていう大事な使命があるんだから!」
「そ、そうよ! あなたは何も心配せず、このお姉さまに任せておけばいいのよ! わたくしも、その、は、働くから!」
う、勢いでつい言ってしまった。
「ほんとですか? エリザお姉さま」
クララが期待に満ちた目でわたくしを見つめる。
わたくしはこの目に弱い。
「ま、まあね! わたくしが長女として大金稼いできてあげるから、大船に乗ったつもりでいなさい!」
「絶対だからね! もう後には引けませんよ!」
「姉様頑張って」
「任せなさい! お~っほっほほ!」
「とはいったものの……」
一体どうしたものか。
わたくしが出来ることと言えば貴族学校で習った社交やお茶会の作法とか、そういう令嬢らしいものばかり。
一般的な貴族令嬢の仕事と言えば、夫を支え、家を取り仕切り、子供を産むことであって、どれもお金になりそうなものはない。
もちろん工場で働くことはできるだろう、無学な平民が働けるくらいだ。
だがわたくしの貴族としてのプライドが邪魔をする。
それに、アルバイト程度の金額じゃ家族四人は養えない。
ましてや、クララの治療費など……。
「あ~あ、どこかに楽で簡単で、大金が一発で手に入る仕事はないかしら」
そんな貧民街の怠け者が言うようなことを呟き、自嘲する。
「ふ、社交界の華と呼ばれたわたくしが、落ちぶれたものね……」
あの頃は沢山の男たちが貢物を捧げて、誰もがわたくしとの婚姻を望んだというのに……。
いや、待てよ?
「そうだわ! この手があった!」
「わたくし、結婚することにするわ!」
早速翌日の朝食で、この素晴らしいアイデアを発表する。
「わぁ、お姉さまおめでとうございます」
「おめでとう」
「え? 誰と? もしかしてロブさん?」
「誰よロブって」
「お姉様にいつも声かけてくる人」
「んなわけないでしょ!」
あの芋男の名前なんて今知ったくらいよ!
「え? じゃあ誰と?」
「それをこれから見つけるのよ」
「はあ?」
わたくしは妹たちにこの素晴らしい計画を話す。
「つまり玉の輿にのって、夫に養ってもらうと?」
「そうよ!」
「バカなの?」
ケイティの冷静な物言いに怯みそうになるも、わたくしはここで負けてなるものかとたたみかける。
「借金を返済して、家まで買えたのは誰のおかげ? わたくしの貢物を売り払ったからでしょう? つまり、わたくしにはそれだけの魅力があるってことよ!」
「むぅ、それは確かに……」
「でしょう?」
実績があるからかケイティの勢いが緩む。
「やるだけやってみれば?」
デイジーは興味無さげだ。
「お姉さまなら大丈夫ですよ」
「ああクララ! やっぱりあなたは良い子ね!」
抱きしめて頭を撫でてあげる。
「でもそれなら舞踏会に出るってことよね、ドレスとかはどうするの?」
「それなのよねぇ」
高価なドレスは売り払って、今はみすぼらしい服しかない。
「あの、お姉さま……」
「どうしたのクララ」
「わたしがお姉さまのドレスを作っていいですか?」
「え? クララが?……作れるの?」
「はい! 実はもう殆ど出来てるんです、ちょっと待っててください」
そういってクララが部屋から持ってきたのは、今までとまったく違う新しいドレスだった。
「まあ凄いわ! これなら次の流行間違いなしよ!」
この子にこんな才能があったなんて。
お金が手に入ったら、服飾を学ばせてもいいかもしれない。
「でもなんでわたくしに?」
「えへへ、お姉さまドレスが好きだから、喜ばせたくて」
「もうクララ大好きよ! 一生大事にする!」
わたくしはクララを抱きしめて、勝利を確信する。
見てなさい、絶対いい男捕まえてくるんだから!
そう思っていたけど……
「ちょっと! 入れないってどういうことよ!」
「すみません、招待状の無い方はちょっと……」
「わたくしはエリザベート・バートンよ!」
「それは存じ上げておりますが……」
信じられない、前までは顔パスだったのに今日は衛兵に阻まれて入ることすら出来ないなんて。
でもそういえば、確かに昔は招待状が来ていた。
顔パスだったのは執事が事前に手続きしていたからだったのか。
「そんな……」
これでは夫探しどころではない……と落ち込んでいた時。
ガラガラと後ろから来た馬車が停まり、わたくしに声をかけてきた。
「あら、これはエリザベート様、ごきげんよう」
「あなたは、ゲオルギーネ様」
そこにいたのはゲオルギーネ、何かとわたくしに張り合ってくる、派手で嫌味な令嬢だった。
「ふーんなるほどね……いいわ、衛兵、彼女を入れてあげなさい」
「え⁉」
どういう風の吹き回し?
「し、しかし」
「あたくしが彼女を招待したことにするから大丈夫よ」
「わ、わかりました」
「いいの? ゲオルギーネ様」
「ええ、あなたとあたくしの仲ではないの」
わたくしはこの方のことを誤解していたのかもしれない、実はこんなにいい人なんて!
そう思ったわたくしは、のこのこと会場に入ってしまうのだった。
煌びやかなホールに豪華な食事、着飾った貴族たち。
慣れ親しんだこの空気に思わず胸が弾んだ。
でも、それは最初のうちだけだった。
――くすくす……。
(え?)
小声で、だけどワザと聞こえるように囁きだす貴族たち。
――ねえ見てアレ。
(なに? なんなの?)
違う、わたくしが知っている今までの舞踏会と。
――バートン家って、没落したんでしょう?
――ならもう平民じゃない、汚らわしい。
――ねえ、ちょっと臭わない?
三日月型に歪んだ目と口で、遠巻きにわたくしをあざ笑う。
「だ、だれか……」
初めて体験する恐怖に、わたくしはキョロキョロと味方がいないか探す。
(あの方は!)
「ヘンリー!」
「あ、ああ、久しぶりだねエリザベート嬢」
ヘンリーは最も熱心にわたくしにアプローチをかけてくれた男性だ。
高価な贈り物に情熱的な言葉。
そんな彼を、わたくしも憎からず思っていた。
そして、そんな彼だからこそわたくしと結婚してくれるはず!
わたくしは計画を思い出し、ヘンリーに詰め寄る。
「ヘンリー! あの、わたくし、あなたのこと……!」
「あらヘンリー、こんなとろにいたの」
スッと、ゲオルギーネが現れ、ヘンリーの腕をとる。
「え?」
「ゲオルギーネ、今はちょっと」
「あら、いいじゃありませんか。だってあたくしたち、婚約者同士でしょう?」
「こんやくしゃ?」
「……まあ、その」
わたくしのことが大好きだったヘンリーが、よりにもよってゲオルギーネと?
「そうよ? あら? もしかしてあなた、まさかヘンリーと付き合えるとでも思ったの?」
「そ、それは……」
「ばぁ~~っかじゃないの? あなたみたいな平民風情が、貴族のヘンリーと付き合えるはずないじゃないの、身の程を知りなさい」
「へい、みん?」
「あなた、まだ貴族のつもりでいるの? 髪はボサボサ、肌もカサカサ、宝石一つも身に着けてないあなたはどこからどう見てもただの平民、ただのエリザベートよ!」
「そん、な……」
わたくしは貴族、誇り有るバートン家なのよ?
例え爵位を返上しても、この身に流れる貴族の血は本物で、それだけで特別なんだと思っていた。
でも……
――ぷっ、あーおかしい
――なんて惨めなのかしら
――かつての社交界の華も、これじゃあね
今まで散々わたくしを褒めちぎっていた令嬢たちが一斉に手の平を返す。
知らなかった。
社交界がこんなに恐ろしく醜いものだったなんて。
わたくしの知ってる社交界はいつもキラキラしていて、
光に溢れた世界だったのに。
……帰ろう、もうここはわたくしのいる世界ではない。
「あらもうお帰り? せめてワインでも飲んでいったらどうかしら? あなたにはもう飲む機会もないでしょうし」
ゲオルギーネが給仕からワインを2杯受け取る。
「結構よ」
「まあそう言わずに、あっ、手が滑ったわ」
そう言って、わたくしのドレスにワインがかけられる。
「…………」
白い生地に血のような赤い染みが広がる。
「あらごめんなさい。お詫びに最新のドレスを送りましょうか? そんなだっさい安っぽいドレスじゃなくて――」
パァン!
気付けばわたくしは、ゲオルギーネを思いっきりひっぱたいていた。
「わたくしのことはいくらでもバカにすればいい……」
「な、な……」
「でも、妹のくれたドレスを侮辱するのは許せない! 謝れ! この性格最悪のクソ〇〇〇が!」
「お前……あたくしに何を……」
「チッ……」
呆然とするゲオルギーネを置いて、わたくしは会場から逃げ出す。
(やってしまった)
ついカッとなって手が出てしまったが、自分はもはや平民で相手は貴族、警備兵を呼ばれたらたまらない。
「あっ、エリザベート嬢⁉」
「衛兵さん帰ります!」
赤く染まったドレスの裾をつまみながら、わたくしは全力で走り去った。
「はあっ、はあぁ……はぁ」
会場から離れ、街灯の下の階段に座り込む。
「あーもー最悪」
いじわるな貴族も、平民になった自分も、汚されたドレスも……。
(ごめんなさいクララ……)
顔を伏せて落ち込んでいると、誰かがわたくしの近くに立つ気配がした。
「あの、エリザどん」
「は?」
見上げると、そこにいたのはいつもわたくしに声をかけてくる芋くさい男だった。
名前は確かロブといったか。
「ど、どうかしたんだな? こんなところで」
「別にどうもしないわよ、あっち行って」
「で、でも」
「いいから、あんたストーカー? 人呼ぶわよ」
顔を隠しながらシッシと手を振る。
「わ、わかったんだな……あの、」
「なによ」
「そのドレス、す、ステキなんだな」
「……ありがと」
それだけ言うと、ロブは去って行った。
(なによ、芋男のくせ……)
でも確かに、今日一番言われたい言葉だった。
(……そうよ、今のわたくしに誇れるのは、体の悪いクララがわたくしのために作ってくれたこのドレスだけ。だからせめて、それに見合う自分でいよう)
しばらくしたら顔を上げた。
これくらいで諦めない。
明日からまた婚活をがんばろう。
計画も白紙ね、今度は街の商人でも狙おうかしら。
……デイジーなら、この染みの取り方分かるかな?
わたくしは頬を叩いて、家族が待つ家へと帰った。




