168、四つ明かりの家1
がやがやと騒がしいエントランスを抜け、私は少し遅れて受け付けに向かう。
「ようこそ劇団ヒナタの公演へ! てお嬢ちゃん、ここからはチケットがないと入れないのよ? お母さんはどうしたのかなー?」
「客よ」
こうして遮られるのは初めてではない。
私はさっさとチケットを見せる。
「それは日向先生の特別招待券⁉ あ、あなたは一体……」
「やれやれ」
私はチラッとサングラスをずらす。
「あっ! 久遠ちゃ……」
「しー。今日はお忍びなの、分かるでしょ?」
「なーるほど! 了解しました、楽しんでいってください!」
「どうも」
全てを悟った受け付けの人からパンフレットを貰い、私は観客席へ向かう。
この公民館は文化振興に力を入れているだけあり、大きいコンサートホールを備えている。
「ここでいいか」
丁度空いていたので、1階の真ん中あたりを陣取る。
これがコンサートだったら2階の一番後ろに座るところだが、今日は演劇なので顔がはっきり見える席がいい。
「くお……お嬢様、ここにいましたか」
パラパラとパンフレットをめくっていたら斎藤が隣りに座った。
「例のあれ、手配しておきました」
「ん」
例のあれとはもちろんあれだ、白百合。
今日は私のライバル候補、豊芦結衣ちゃんのデビュー公演だ。
彼女のあしながおじさんこと白百合の君として、盛大に祝ってやろうではないか、
たとえ端役だとしても。
「しかし村人Fかぁ」
「しかたありません、まだ新人ですし」
経緯は共犯者である日向先生から聞いている。
役を譲るなど、まったく愚かなことをしたものだ。
私だったら絶対譲らないし、なんなら勝負して実力を分からせる。
ついでに別の役を当てがって空気を和らげるくらやるのに。
「普通の小学3年生はそんなこと出来ませんよ……」
「普通じゃ困るんだけどねぇ」
まあこれからに期待だな、聞いたところ劇団生活は順調のようだし。
まだ始まって間もない、じっくり心と技を磨けばいい。
ブーーーー。
「お」
開演のブザーが鳴る。
私はパンフレットを閉じ、舞台に目を向けた。
『本日はご来場ありがとうございます。ただいまより、劇団ヒナタ「四つ明かりの家」を開演いたします。お席について、今しばらくお待ちください』
お決まりのアナウンスと注意事項が流れ、観客たちはスマホの電源が着いていないかチェックする。
『キャストについて変更のお知らせです。クララ役のリサさんは本日急病のため、豊芦結衣さんが代役を務めさせていただきます、ご了承ください』
「んん⁉」
代役?
「豊芦結衣?」
「村人Fの子?大丈夫なのか?」
観客が不安そうにざわめき出す。
彼女の能力を知ってる私に不安はない。
しかし、直前になってライバルが病気になって代役とか、
まるで漫画の中のようなご都合展開ではないか。
(結衣ちゃん、持ってるなぁ)
出会った時から思っていたが、彼女は主人公適正が高い。
環境といい才能といい波乱万丈な人生だ。
きっとそういう星の下に産まれたのだろう。
「でも良かった、余計な手を出さなくて」
正直最初は、私が手を回してそのリサさんに病気の振りをして貰おうかと思ってた。
でも流石にやりすぎかなって自重したのだ。
「自重してくれて良かった……」
斎藤が心底安堵している。
そんな心配しなくてもしないよ。
でもまあ結果的に望んだ展開になったな、さすが結衣ちゃん!
……まさか私が望んだからこうなったとかじゃないよね?
流石にあり得ないか。
でもかわいそうだから、リサさんは後でこっそり病気を治してあげよう.。
そうこう考えているうちに舞台の幕が上がり、暗い客席に明るい光が漏れ始める。
(さ、修行の成果を見せてもらいましょうか)
退屈な舞台かと思いきや俄然楽しみになってきた。
私はサングラスを外し姿勢を正して、舞台に向き合うのだった。
―――――――――――――
煌びやかな貴族の屋敷の執務室、スポットライトに照らされた男が額に手を当てうなだれている。
『ああ、我が家はもう終わりだ。』
『あら?どうしたのお父様』
もう一つ明かりがつき、ドレスを着た少女が照らされる。
『エリザ……』
『ねえ見てこのドレス、こんどの舞踏会に着ていくの! これなら王子様の目に止まるかもしれないわ!』
派手な衣装を着たお嬢様が楽しそうに回り、父に見せびらかす。
『そうか……エリザの美貌なら本当に見初められるかもしれないな』
『お父様、新しい本買って』
次に照らされたのはメガネをかけた賢そうな少女、父の袖を引きおねだりする。
『デイジー、学園は楽しいか?』
『うん、また私またトップだったよ。卒業したら学者になるんだ』
『……デイジーは凄いな、この調子で頑張りなさい』
『お姉さまたち! お父様は忙しいんです、邪魔しちゃだめでしょ!』
『ケイティ、ありがとう、お前は気が利くね』
姉たちを追いかけてきた元気そうな少女が照らされ、父を気遣う。
『お父様大丈夫? 最近働きづめじゃない、ちゃんと休めてるの?』
『ははは、大丈夫だよ』
笑みを浮かべる父。
キィと小さく扉が鳴り、最後に照らされたのは車いすに乗った小さな女の子。
『お父様、お姉さま……けほっ』
『クララ! ちょっとだめじゃない、一人で出歩いちゃ』
スポットライトが消え、全体が明るく照らされる。
『熱は下がったの?』
『ほらこれ羽織って』
『ありがとうございます、お姉さま』
どうやらこの子は病気がちで、家族みんなに大切にされてるらしい。
『どうしたクララ、あまり無理をして父を心配させてくれるな』
『その、お父様、最近なにか悩んでませんか? わたし、心配です』
『そ、それは……』
うろたえる父。
この末の妹は、人の機微に敏いのだ。
『え、何かあるのお父様?』
『……いや、何もないよ。私にはお前たちがいて幸せだと思っていただけだ。母親を早くに亡くして、よくこんなにいい子に育ってくれた、父は嬉しいぞ』
『もうお父様ったら』
『だからこそ、私は……』
暗転。
場面が切り替わり、軍服を着た父を姉妹が見送る。
『お父様、本当に戦争に行ってしまうの?』
『ああ、エリザ、長女として留守を頼んだぞ』
『今度の戦争は貴族に参加義務はないはず、なんで?』
『あー、まあこのご時世、もう手柄を立てるチャンスも中々ないからな。デイジー、その頭脳で皆を助けてやってくれ』
『そんな手柄なんて……』
『ケイティ、しっかりもののお前がみんなを見てやってくれ』
『お父様……絶対帰ってきてね?』
『コホッコホッ、お父様、行かないでください』
『クララ、いい子で待ってるんだぞ、元気でな』
父が優しくクララの頭を撫でる。
『お前たち、何があっても4人みんなで仲良くするんだぞ』
『お父様!!!』
そうして父は去り、帰ってこなかった。
薄暗い部屋でうつむく四人姉妹。
そこに一人の執事が入ってきた。
『お嬢様方』
『セバス……』
『今しがた、旦那様の死が確認されました』
『ああ……!』
『お父様……』
『……こうなっては仕方ありません、口止めされていましたがお嬢様方にお伝えせねばならないことがございます』
『なによ、こんな時に……』
『我らがバートン家には莫大な借金があり、旦那様はそれを返済するために戦場へと赴きました』
『借金⁉ そんな話は聞いてないわ!』
『旦那様は心配かけぬよう、必死に隠してましたから。工業化の波に当家は乗れなかったのでございます』
『そんな……じゃ、じゃあお父様が亡くなった今……』
『はい、返済は不可能ということで爵位は返上、没落ということになります』
『没落……』
『な、なんとかならないの? そうだ、わたくしが働くから!』
『エリザお嬢様が働いたところで、今更どうにもなりません。それよりも家財道具など全て売り払って、新たな場所で再出発した方がいいでしょう』
『それ程なの?』
『遺憾ながら……』
『そう、わかったわ……すべてお前に任せます』
『かしこまりました』
最後の奉公とばかりに執事は深く礼をし、去って行った。
『こほっ、お姉さま……』
『大丈夫よクララ、例え没落してもわたくし達はずっと一緒よ』
こうして四人姉妹は屋敷を売却し、街はずれの家を買った。
そこは四つの光が灯る小いけど温かい家。
ここから四姉妹の新たな生活が始まるのだった。
――――――――――――
(ふーん、初めて見る話だけど結構面白いかも)
プロローグが終わり、大きく場面転換する間に一息つく。
(クララはおとなしい役だけど、中々上手く出来てるね)
普段が明るい結衣だからギャップがあるが、よく演じられてる。
でも恐らくあれは結衣自身の演技ではなく、
もともとクララ役をやる予定だった子の演技のコピーだろう。
(まあ急な代役じゃしょうがないか)
オリジナルの演技が見れないのは残念だが、これはこれで面白い。
それにしても誰か一人に注目して演劇を見るというのも乙なものである。
(あ、これが推し活ってやつか)
まあ白百合の君が「あなたのファンです」って言っちゃってるしね。
あながち間違いじゃないか。
(ふっ、無様な演技をしたら許さないわよ)
私は腕を組み圧倒的ライバルお嬢様面しながら、観劇を続けるのだった。




