167、傲慢
『まったくこの街の男はダメね! 誰もわたしの魅力に気が付かないなんて!』
『お姉さまならきっとすぐお相手が見つかりますよ……ケホケホッ』
『ちょっとクララ大丈夫⁉ また熱が出てるじゃない、もう今日はお休みなさい』
『大丈夫よ少しむせただけだから……』
「…………」
あれから数日、わたしは稽古部屋の隅で体育座りをしながら稽古を見学していた。
わたしの役は村人Fだというのに、どうしてもクララの演技に注目してしまう。
クララ……わたしがやるはずだった役……。
未練がましく見つめていても、二度とわたしがその役をやることはないのだ。
わたしが、自ら手放してしまったばかりに。
――――――――――――
あのキャスト発表の夜、わたしは先輩たちにしこたま怒られた。
「結衣、なんであそこで辞退しちゃったの?』
「だって、わたしまだ入ったばかりだし、そ、それに怖くて……」
「甘い、甘すぎるわ! そんなんじゃ演技の世界はやってけないわ!」
「まあまあ礼子、でもまあ確かに良くなかったね」
「結衣ちゃん、あれは私もどうかと思うな」
「うう……」
優しい心菜さんまで困った顔で言う。
「まあ気持ちは分からなくはないけどね』
「そうね、私たち内弟子組は特に嫉妬の目を向けられやすいから」
「うん、私も入りたての時は風当りが強くて困ったなぁ』
「そ、そうだったの?」
聞けば先輩たちも最初はそうだったみたい。
色々嫌がらせもされてたようだ。
今は全然そんな様子はないのに。
「一体どうやったんですか?」
「そんなの決まってるじゃない」
美幸さんが拳を握る。
「実力で黙らせるのよ!」
「え! 実力⁉」
「そうね、結局のところそれしかないわ」
「うんうん」
心菜さんも二人の意見に賛成みたい。
「いい?結衣。どんな劇でも主人公の枠は一つだけ。あたしたちは仲間だけど、そのたった一つを取り合うライバルでもあるの」
「そうよ、役者を目指すなら戦いは避けられないわ。チャンスが来たらなりふり構わず全力で掴むべきね」
「その点はリサちゃんを見習うべきだよ、結衣ちゃんにはイヤな子に見えたかもしれないけど、あれくらい行かないと」
そういえば誰もリサさんの行為を責めない。
むしろそのやる気が評価されてるようだった。
「そしてわたしたちはライバルであると同時に、劇という作品を作りあげる仲間でもある」
「仲間……」
「作品をよくするためなら自分が主役じゃなくても文句はでない、例え嫌いな相手でもね」
「よく漫画とかで悪役が、『私がやった方が良くなるわ!』って主人公に突っかかるでしょ? あれも結局は、作品を良くしたいって気持ちが根底にあると思うの」
わたしにとってリサさんは、役を横取りしたイヤな人だったけど、
彼女もこの劇団で一所懸命努力してる仲間であり役者なんだ。
入ったばかりのわたしがいきなりメイン級の役なんて、
実力もないのに贔屓されてると思って声を上げたのかもしれない。
せっかくの劇が台無しになるかもしれないから……。
「というわけであたしたちは人一倍頑張って、圧倒的な実力差を見せつけなければいけないの」
「言い方は悪いけど、つまりこの劇団には自分が必要だって認めさればいいのよ」
「結衣ちゃんなら出来るよ。今回は残念だったけど、少しずつ頑張っていこ?」
「はい……」
―――――――――
そんな訳でわたしは色々と納得し、後悔はしつつもこうして大人しく稽古を見学してるのだ。
「ケホッ、ケホッ」
「なんですかそのワザとらしい咳は、自分が病気になった時を思い出しなさい。もう一度」
「は、はい!……ゲホッ、ゴホッ」
「違う、もう一度」
リサさんは日向先生の厳しい指導に必死に食らいついている。
こうして見ると演劇に熱心な真面目な生徒だ。
あの時は本当に作品のためを思って声を上げたのかもしれない。
「ゴホッ、ゴホッ、うーん……」
演劇に真剣でチャンスを掴む行動力もある。
今ではこの中学一年生の先輩を、尊敬さえしている。
でも少しもどかしい。
わたしならそこはもっと……。
休憩時間になった。
「リサ先輩お疲れ様です!」
「あ、ありがとう豊芦さん……」
「結衣でいいですよ」
わたしは水とタオルを先輩に渡す。
「あの、怒ってないの? 私のこと」
「はい、あの件はもう気にしてません」
「そう? 謝らないわよ私」
「いいんです、むしろリサ先輩は凄いと思います、勉強させてください」
「調子狂うわね……」
この人はわたしには無いものを持ってる。
それは夢を語るだったわたしになにより必要なものな気がする。
「まあいいけど、好きにすればいいわ」
「はい!」
演技面も実際この人は上手い。
おとなしい女の子の役は特に(本人の性格とは全然違うが)。
クララのキャラとも相性抜群と言える。
でもやっぱり……。
「あの、先輩……」
「何よ」
「病気の演技なんですけど、ちょっと気になるっていうか」
「ああ……やっぱりちょっとワザとらしいかしら?上手く感じが掴めなくて」
「あのーわたし病気にはちょっと詳しいので、差し出がましいんですがちょっとアドバイス出来ると思うんです」
何せ病気で死にそうだった母と、ずっと一緒に暮らしていたのだ。
病人がどういう咳をするか、どんな表情をするのかはよく知っている。
「そうなの? じゃあちょっとやってみてよ」
「では……ゴホッ、ゴホゴホッ、お姉さま、どうか悲しまないで……?わたし、幸せだった、皆と、ケホッ、姉妹一緒に暮らせて、だから――」
わたしはクララの最後のシーンを演じてみる。
クララはきっと覚悟していただろう、死ぬ覚悟を。
怖くないはずがない、でも愛する家族には知られたくなくて、
必死に、心配かけないように笑顔を見せて……。
あの時、何度も見た母の顔を思い出して涙が出た。
「あ、あなた……」
リサ先輩が驚いた表情でこちらを見る。
「あ、すみません、ちょっと感情込めすぎました」
「いえ、よく分かったわ、病人の演技も、そして、何故先生があなたを選んだのかも……」
「え?」
「なんでもない。こうなった以上、私は責任を持ってあなたの代わりを演じるわ。だから、今回は先輩に任せておきなさい」
何故だか真剣さが増した気がする。
「はい!楽しみにしています!」
「あなたも村人Fがんばりなさい」
そうだった、いてもいなくても変わらないモブとは言えこれも立派な役。
わたしは自分の稽古に戻るのだった。
「結衣」
「先生!」
その日の夜、私は先生に呼ばれてバルコニーでお茶をすることになった。
「調子はどうかしら、皆と上手くやれてる?」
「はいなんとか……あの先生」
「なあに?」
「せっかくクララ役に選んでくれたのに、譲ってしまってごめんなさい」
わたしはお茶に手を着けずに謝った。
まずそうしないと先生に合わせる顔がないと思っていたからだ。
「そうねぇ……まあ私も焦り過ぎたわ」
「焦る、ですか?」
「ええ、あなたを早く久遠さんと同じ場所に送りたくてね。あなたの実力を見せるいい機会だと思っていたけど、結衣にはまだ早すぎたわね、怖かったでしょう」
「あの、その、すみません……」
誤魔化すようにお茶を啜る。
夜だからか穏やかな香りのハーブティーだった。
「でもこの先役者をやっていくならそれではダメよ? チャンスが目の前にあったらすぐ手を伸ばさないと」
「それは、はい、先輩たちにも言われました……」
「まあ、仲良くやれてるようでよかったわ」
優しく笑いながら優雅にお茶を飲む先生はとても絵になる。
流石は大女優だ。
「あの、先生、少し聞きたいんですけど」
「何かしら?」
「久遠ちゃんならああいう時、どうしたのかなって」
久遠ちゃんと先生はドラマで共演しただけでなく、どうやらプライベートでも付き合いがあるらしいので思い切って聞いてみる。
「久遠さん? あの子は演劇をやらないし、やるとしても自分で企画して自分を主役にするからこんな経験はないでしょうけど、そうねぇ……」
自分で企画して自分を主役って……。
すでにスケールが違いすぎて参考にならなそうな気がしてきた。
「もしあの子の配役に異議を唱えた子がいたら、まず一切譲らないわね、自分が一番上手く出来ると確信してるから」
「す、すごい自信です……」
「それでいてその子に勝負を挑み、完膚なきまで叩き潰して自分の実力を周りにも分からせるわね」
「ええ?意外と好戦的なんですね」
「それでいて負けた子にはもっと適切で、一番輝ける役を用意するでしょうね」
「気遣いまで完璧⁉」
どれほどの自信と才能があればそんなことが出来るのだろう。
わたしには到底マネできない。
「ふふ、結局役者に一番大事なのは容姿や演技力、頭の良さではなく精神力、メンタルだと思うのよ」
「精神力……」
ステータスにも表示されている項目だ。
わたしはそれほど重要ではないと思ってたけど……。
「その点あの子のメンタルは物凄いわ、まさに無敵と言っていいわね」
「無敵メンタル……」
わたしの精神力は241だけど、久遠ちゃんはどれくらいあるんだろう(※4032 )。
「昔ね」
先生の顔がフッと陰る。
「とっても演技が上手な子がいたの、でも彼には自信がなかった」
先生の生徒のだれかだろうか、そうなると先輩?
「メンタルが弱かったから自分の演技に自信が持てず、主役を争うこともなく、役を掴んでも人に譲ったりして、大成することなく後悔して舞台を降りてしまったわ」
「そんな……」
まるで自分の未来のことのようで、焦りがわいてくる。
「だからこそメンタルがなにより大事なの。自信や度胸がないとなにも始まらない、分かるわね?」
「はい」
メンタルかぁ、どうすれば鍛えられるんだろう。
「とにかく腕を上げて、成功体験を積むことね」
「成功体験ですか」
確かにわたしは今まで失敗ばかりであまり褒められたことがない。
「残念ねぇ、今回の劇でクララ役をやっていれば自信が付いたでしょうに」
「え?」
「得意でしょう? 病人の役」
「…………」
「自分ならリサさんよりも上手く演れる、そう思ってるでしょう?」
「それは……はい」
いつもなら遠慮するけど、これだけは自信をもって言える。
「それを出せばいいのよ、謙遜なんてこの世界では邪魔なだけ、傲慢になりなさい」
「傲慢……はい、やってみます」
「ふふ、まあ演技に対してだけですけどね。さ、もう寝ましょうか」
「はい! ありがとうございました!」
先生と話して、なんだか勇気が沸いてきた気がする。
傲慢、傲慢かぁ……。
よーし、次にチャンスが来たら、絶対逃がさないぞ!
そう思って稽古に励み、ついに本番当日。
チャンスは望まぬ形で転がってきた。
「ゴホッ、ゴホッ!」
「ちょっとリサ大丈夫?」
「だ、だいじょうゴホゴホッ!」
「リサ先輩……」
稽古のし過ぎで無理がたたり、
リサ先輩が本当の風邪をひいてしまったのだ。
確かに最近調子が悪かった。
「せんせーリサが……」
「……これは無理ね」
「大丈夫できます……むしろこれでリアリティが出て都合がいいゴホッ」
「ばか、これじゃセリフも喋れないでしょう? 仕方ない、誰か代役いけるかしら?」
「くぅ……!」
代役……。
その言葉にドクンと心臓が高鳴る。
わたしなら、演れる。
セリフも一字一句覚えてる。
でもあんなに頑張ってた先輩の代わりに?
ぽっと出のわたしが役を奪えるの?
それに公演は来週にもう一回ある。
次回復帰した先輩と比べられたら?
もしも、わたしの方が上手だったら?
この数日で仲良くなった関係が終わるかもしれない。
でも……。
傲慢、傲慢になるんだ結衣!
「わたし、やれます!」
覚悟を決め、手を上げる。
「ちょっとあんた!」
「なに勝手に!」
わたしは周囲の声を無視して先生を見つめる。
怖い、でもチャンスがきたら逃さないって決めたんだ!
「結衣、いいのね?」
「はい」
「リサさん、いいかしら?」
「ゴホッ……はい、結衣ならやれます」
「先輩……」
「結衣、遠慮なく演って、この劇を、成功させてゴホゴホッ」
「……はい、頑張ります!」
「じゃあ宜しくね、結衣」
「はい!」
こうして、わたしは予期せぬ形で初舞台に上がることになるのだった。




