166、劇団ヒナタ
「はい次、結衣」
「はい!『春の日の――』」
日向先生の劇団に所属して早一月と少し。
わたし豊芦結衣は慣れない環境に四苦八苦しながらも、
それなりに充実した日々を過ごしていた。
「結衣、大分上手くなってきたね」
「ありがとうございます美幸さん!」
先生が不在の間にわたし達に稽古を付けてくれるのは、
この『劇団ヒナタ』の看板女優、高校三年生の美幸さん。
優しくてリーダーシップのある頼れるお姉さんだ。
「でもさっきの所はもう少し間をとった方がいいわよ」
そういって注意をしてくるのは高校一年の礼子さん。
少しツンツンしてるけど面倒見のいいクール系お姉さん。
「結衣ちゃんお疲れ様、少し休憩しましょう?」
おっとりおとなしいこの人は中学二年の心菜さん。
今までこの中では一番年下だったので、初めての後輩ということでよく可愛がってくれる。
わたしを含めたこの4人が、現在日向先生の内弟子として住み込みで共同生活をしている。
他にも劇団には沢山の人が所属しているけど、
わたしたちは日向先生が特別に目をかけてスカウトした、いわゆる特待生という扱いになっている。
「疲れたー! 先生厳しすぎるよ~」
夜、お風呂に入ったあとは談話室へと集まり、恒例のパジャマパーティーを開く。
「あはは、結衣は物覚えがいいから、つい詰め込みたくなっちゃうんだよね」
美幸さんが朗らかに笑う。
「あなたは今まで独学で演じてたから、先生は早めに矯正したいのでしょうね」
礼子さんは日向先生のことが大好きで、世界で一番尊敬しているのでよくこうして先生の意図を解説してくれる。
「でもすごいよ結衣ちゃん、まだ小学三年生なのにここまで出来るなんて」
「そ、そうかなぁ、えへへ……」
心菜さんは毎回すごく褒めてくれるので、単純なわたしはもっと頑張るぞって思っちゃう。
「でもまだまだです、もっと頑張らないと」
わたしは高すぎる目標を想い、グッと気合を入れる。
「あー、結衣は久遠ちゃんが目標なんだっけ?」
「はい!」
「凄いわよねあの子、ただでさえ子供離れした演技力なのに、それ以外もマルチに活躍してて」
「学校ギルドも久遠ちゃんが作ったんですよね?昔は分からなかったけど、実際やってみると私たち演者にとっては有益すぎて震えましたよ」
「手軽に色々な経験が積めるからねぇ」
「これを幼稚園の時に考えだしたっていうのだから、天才という他ないわね」
前までは信じられなかったけど、今は先輩たちに教えられて久遠ちゃんの噂が大体真実だと知っている。
「スクラブも彼女が作ったんでしょ?」
「正確には彼女の実家の会社との共同開発みたいですが」
「もう訳が分からないわね」
わたしはスクラブを取り出す。
豊芦結衣(9歳)
ギルドランクE
体力:303
精神力:241
力:219
知能:97
器用:428
俊敏:231
魅力:134
(あ、体力がまた上がってる)
沢山働いたり稽古しただけあって、わたしの身体能力はそれなりに高い。
(うう、知能が低いなぁ……もっと勉強しないと)
「あら、私魅力が上がってるわ」
「えーいいなぁ」
先輩たちもお互いに見せあう。
今では一日の終わりにこうしてステータスチェックをするのが当たり前。
一体どれだけの人間が、久遠ちゃんの影響を受けているのだろう。
「流石わたしのライバル!」
「はは、久遠ちゃんをライバル視してる役者なんて、結衣くらいだよ」
「私はとっくに諦めたわ」
「昔は彼女に憧れて役者を目指しましたが、演技を知れば知るほど差を思い知るばかりですよね……」
久遠ちゃんは子役ブームを築いた伝説的存在。
親たちは誰もが久遠ちゃんのようになってほしいと望み演技を習わせるが、超えてほしいとは誰も言い出さない。
それくらい圧倒的な差があるのだ。
皆が久遠ちゃんを遠巻きに眺め、誰も並び立とうとはしない。
それは、孤独じゃないだろうか。
日向先生は言った。
「あの子にはライバルがいない」「結衣なら並べる可能性がある」と。
あの日出会った久遠ちゃんはどこか退屈そうで、
氷のお嬢様の仮面を被っているようだった(※ある意味そう)。
だからわたしは頑張って久遠ちゃんのライバルになって、その氷()を溶かしてあげるんだ!
「よーし頑張るぞう!」
「燃えてるねぇ」
「私たちも負けてられないわね」
「うふふ、結衣ちゃんのおかげですね」
明日は休日。
また朝から稽古だ。
わたしたちは早めに切り上げて、明日に備えて解散した。
「みんなー、集合ー」
翌日。
いくつかのグループに別れ稽古を行っていると、美幸さんから集合がかかる。
ちなみに今この場には男女合わせて30人ほどがいる。
大人も少しはいるが、大半は学生。
ある程度技術を身につけたら巣立って行く。
ここはそんな劇団だ。
ぞろぞろと集まると、美幸さんの隣りに日向先生もいた。
忙しい人なのでいつもは最後の方に来て、仕上がりを見てからアドバイスするだけなのに。
「皆さんお疲れ様です」
先生が話すとピリリと空気が引き締まる。
「もうすぐ毎年恒例の公演会があります。近所の公民館で行う小さな出し物ですが、楽しみにしている人も沢山いるので精一杯演じましょう」
へーそんなのあるんだ。
確か前回の公演は2週間前の大ホール。
有名なヨーロッパの劇作家の作品で、非常に難解なセリフ回しでありながら先輩たちは難なくこなし、優雅に演じていた。
とても迫力のある舞台で、わたしは舞台袖で見て大変感動したものだ(当然わたしの出番はない)。
「演目は『四つ明かりの家』。没落貴族の四姉妹がそれぞれの生き方を見つける話です」
四つ明かりの家かぁ、聞いたことのない話だなぁ。
と思ったら美幸さんがあらすじを説明してくれた。
「舞台は産業革命後のヨーロッパ。貴族として裕福に暮らしていたバートン家は機械化の波に押されて没落してしまうの」
母はすでにおらず、父は出稼ぎに戦争へ行き帰らぬ人に。
途方にくれた四姉妹は最後に残った執事の手で小さい家に引っ越し、そこでこれからどうするか相談したという。
派手好きで高飛車な長女のエリザは貴族時代が忘れられず、己の美貌なら玉の輿に乗れる、と婚活を頑張ると言い、
学者肌な次女のデイジーは、これからは科学の時代だと学者になるため勉強をし、
常識人で苦労人の三女のケイティは普通に工場でアルバイト。
「そして大人しく病弱な四女のクララは、ベッドの上で姉たちの成功を祈るの」
そんな4人があれやこれやあって、なんやかんや出会いもあって、すれ違いもあったりするけど、
最後はクララの犠牲もあって、姉たちは自分を見つめ直し、再出発するのでした。
みたいな話らしい。
(クララ死んじゃうんだ……)
うーん最近まで病弱の母を看病していたので、こういう話は他人事には思えない。
ていうか演劇の脚本は病気で死ぬ人が多すぎるよね。
(なんにせよ面白い話になりそう、わたしの出番はないだろうけど楽しみだなぁ)
わたしは演じるのも好きだけど見るのも大好き。
こんな芝居がタダで見れるなんて、わたしここに入れて本当に良かった。
そんな風に静かに感動していると、美幸さんが配役を告げる。
「じゃあキャストを発表するよ、まず長女は僭越ながらあたし、美幸が務めさせていただきます」
「当然よね」
「ウチじゃ一番の美人だし」
みんなも文句ないみたい。
美幸さんは高飛車ではないけど、実力も風格も長女に相応しいと思う。
「次女は礼子ね」
「はい」
礼子さんが冷静に返事をする。
選ばれて当然という顔だ。
「まあナンバー2だし」
「となると三女は……」
「三女は心菜」
「は、はいっ」
二人より年下で演技も上手いのは心菜さんしかいない。
三女は実質主人公となるので、ヒロイン力の高い彼女が適任だろう。
「やっぱり内弟子組か……」
「悔しいけど実力は確かよ……」
他の団員たちがひそひそと騒ぎ出す。
前回の公演でも重要な役は内弟子の三人が務めていた。
通い組は悔しがるが、納得はしてるみたい。
「となると最後の四女を狙うしかないわね」
「私無理だー、心菜ちゃんより背が高いし」
そうなると最後の四女に注目が集まる。
通い組が主演級を演れるとしたら、この枠しかない。
「主演最後の四女は……豊芦結衣、よろしくね」
「え?」
わたし?
わたしが四女役⁉
あらすじを聞いただけでも四女は重要なキャラだと分かる。
そんな役にわたしが?
嬉しい! 舞台に立てる!
「は、は――」
「納得いきません!」
「ぃ?」
返事をしようとしたら大声で遮られた。
この人は通い組のリサさんだ。
あまり話したことはなかったけど、なんで?
「なぜ入ったばかりのこの子なんですか⁉ 稽古中もそこまで上手いとは思えませんでした」
「あ、ぅ……」
(そうよね……)
(いくら内弟子組とは言えまだまだ素人……)
(容姿もパッとしないし……)
クスクスと周りが囁く声がよく聞こえる。
喉がカラカラで上手く声が出ない。
「それにキャラクターも合っているとは思えません! この手のキャラは私が得意です、私にやらせてください!」
(確かにリサの見た目は儚い感じだけど、性格は全然違うわよね)
(ウケるw)
(でも新人にやらせるよりはマシかな)
嘲笑する声にわたしの心は重くなる。
まるで底なし沼に沈んでいくよう。
「ふむ……」
「どうしますか?先生」
「リサさんは、自分の方が上手く演れると?」
「もちろんです!」
「……結衣は、どう思いますか?」
今まで、先輩たちは皆優しかった。
でもそれは、わたしが自分の立場を脅かさなかったからに過ぎない。
こんなに強い嫉妬の感情を向けられたのは初めてだ。
怖い……。
「はい……わたしもリサ先輩が相応しいと思います」
「……いいのね?」
「……はい」
「結衣ちゃん……」
隣りにいた心菜さんが、気づかわし気に肩に手をかけてくれたけど、
わたしは震えることしかできなかった。
「分かりました、ではクララ役はリサさんに。しっかりやりなさい」
「はい!」
ちらりと先生がわたしを見た。
(ああ、失望させてしまった)
わたしにとって演劇は、とってもキラキラしてて、勇気や希望、元気を貰えるものだった。
(それなのに)
現実はこんなに恐ろしく、ドロドロしたところだなんて……。
(でも、これで良かったんだよね?)
わたしより長くやってる先輩を立てる、間違いではないはずだ。
例え、わたしの方が上手く演れると思っていたとしても。
(こんな時、久遠ちゃんならどうするのかな……)
結局わたしは、居てもいなくても変わらない、村人Fの役としてデビューすることに決定した。




