172、四つ明かりの家4
『デイジー君、君は天才だ』
『このレポートは素晴らしい! 是非うちの学部に来てくれたまえ!』
『君がいれば我が国は更に発展するだろう』
私はマーガレット・バートン、愛称はデイジー。
みんなが私のことを天才だと呼び、私もそう自負している。
将来は研究職に就いて、今の工業技術を更に発展させていきたい。
私のこの知能があれば人々はもっと幸せになれるだろう。
そう私は信じていた。
だが、将来では遅いのだ。
私が幸せにしたいのは見ず知らずの他人ではなく、私の家族だけ。
それなのに母は死に、父は戦争で帰らぬ人に。
そして最愛の妹は……。
「デイジー姉さま、今日もご本借りていい?」
「いいよ」
いつものように私が部屋で勉強をしていると、末妹のクララが本を借りに来た。
「何にしようかなぁ」
「これなんかおススメ。トリックがよく出来てて面白いよ」
「ほんと? ありがとうお姉さま」
優しく頭を撫でるとクララは嬉しそうにはにかむ。
私とクララは仲が良い。
インドアな私たちは昔からよく一緒にいるし、趣味も似ている。
そんなクララを私は特に可愛がったし、クララも懐いていた。
普段は口数の少ない私も、クララの前では饒舌だった。
「体調はどう?」
「今日は調子いいから沢山本が読めます!」
「そう、最近は寒くなってきたから、温かくして読みなよ」
「はーい」
本を持って部屋を出ていくクララを見送り、私は再び机に向かう。
(急がないと)
私は焦っていた。
クララはもう長くない。
もう一人の妹のケイティは大人になれば治ると信じているが、私と、姉のエリザだけは真実を知っている。
現代医学では治せない、不治の病なのだ。
薬と十分な食事があれば多少は延命出来る、しかし家は裕福だった没落した。
クララの寿命は一気に短くなってしまった。
故にエリザは玉の輿などと言い出し、高額の治療費を工面しようとしていた。
今のところ上手くいっていないようだが、その交渉術で薬代は格安で譲ってもらっているあたり、本当は優秀な姉なのだ。
(だから私が)
姉が時間を稼いでいる間に、私は治療法を見つける。
それがエリザと私の約束。
私がきっと、クララを救ってみせる!
私の頭脳は、きっとこの為にあるに違いないのだから。
そう、誓ったのだけど……。
「医学科に転科? 本気かね」
「はい」
「馬鹿を言うんじゃない、君のその才能は工学部でこそ活かされる」
「それは分かっています、でも……」
天才と呼ばれる私だったが、全てにおいて才能があるわけではない。
私の得意なことは発明や改良といったもので、今の時代もっとも望まれている機械工学だった。
医療に関しては、精々秀才止まりだ。
「君の妹のことは知っている、その為に頑張っていることもね」
「なら!」
「だが、君が行ったところで何の意味もない。君の妹の病気は君よりも優秀な医者たちが既に何人も研究している。君はこちらで結果を出し、治療法が分かったら優先して治療を受けられるようにする、これではダメなのかね?」
確かにその通りだろう。
才能の無い新人の私が行っても、何の役にも立たない可能性の方がずっと高い。
家が没落していなければこのまま工学を続けていただろう。
「……時間がないんです」
「なに?」
「もう時間がないんです! 治療法はいつ分かるんですか! その間ずっと何もしないでいるなんて耐えられません!」
「……はぁ、わかった、私も鬼ではない、転科を認めよう。その様子じゃ研究にも身が入らんだろうしな」
「教授……」
机に向かった教授がサラサラと書類を書き、私に渡す。
「……マーガレット君、一つ忠告しておく」
「はい」
「絶望するなよ」
「…………」
「身内の病気を治したくて医者を目指す若者は沢山いる。しかし、その殆どが助けられず絶望し、壊れた生徒を何人も見てきた。もし助けられなくても、君はそうなってくれるなよ」
「……はい」
「席は空けておく、いつでも戻ってきなさい」
「ありがとうございます」
絶望なんてするはずない。
だって、絶対にクララは助かるのだから。
「まあケイティ! 今日はチキンがあるじゃないの!」
「えへへ、お嬢様が余り物をくれたんです」
「さすがグレンジャー家ねぇ、んーおいしーい!」
「もぐもぐ」
「ケイティ姉さま、ありがとうございます」
最近我が家の夕食は少し豪華になった。
ケイティが仕えるお嬢様は、我が家の窮状に同情してかたまにこうして施しをくれる。
ありがたいことだが、最近は勉強に忙しくて味を気にしている余裕がない。
「デイジーはまた食事中に本を読んで」
エリザは私が勉強してる理由を知っているが、暗くならないように今まで通り振る舞っている。
内心エリザも不安で堪らないだろうに。
そういうところ、結構尊敬している。
「デイジー姉さまはいいんです! いっぱい勉強して沢山稼いでもらうんですから」
ケイティは私の将来性に期待して、いつも世話をしてくれている。
本当は私もバイトをするべきだろうが、申し訳ないが甘えさせてもうう。
頑張り屋でいつも感謝している。
「お姉さま最近お勉強忙しそう……」
心配そうにクララは言う。
この子は賢い。
もしかしたら全て気付いているのかもしれないな……。
「ごちそうさま、部屋で勉強してくる」
「はーい」
食事を終え、すぐに勉強に取り掛かる。
転科したとは言え、私にはまだ基礎知識が足りない。
まだ研究に携わるだけの資格がないのだ。
今の状態で参加しても足を引っ張るだけ、それは本末転倒というものだ。
(難しい……)
機械工学ならすんなり理解出来るし直感でどうにかなったが、医療はどうにも勝手が違う。
今までも医学書を読んではいたものの、やはり専門性が高くなるほど難易度は跳ね上がる。
(寒い)
季節はすっかり寒くなり、手にハァと息を吹きかけ温める。
(制服のコートでも羽織ろうかな)
私が立ち上がりかけたとき、トントンと部屋がノックされた。
この音はクララだ。
「どうぞ」
「こんばんはお姉さま」
「こんな寒い部屋に来ちゃだめだよ」
「ハァー、ほんとに寒いですね、部屋の中なのに」
白い息を吐くクララを見て、私は気が気じゃない。
「ほら、ストーブのある居間か、部屋で毛布に包まれて寝てないと」
「後でそうします。……今日はお姉さまに渡すものがあって」
「渡すもの?」
そうすると後ろ手に持っていたものを掲げる。
「じゃーん! いつも頑張ってる姉さまにプレゼントです!」
「私に?」
手に取って広げると、それは温かそうなストールだった。
「さっ、巻いてみてください」
「う、うん」
ストールを肩に羽織るととても温かくて、体だけじゃなくて心までも温まった。
「ありがとうクララ、絶対大事にする」
「えへへ、ちゃんと使ってくださいね?」
「うん、じゃあ私勉強に戻るから」
「…………」
再び机に向かおうとするも、クララは黙ったまま帰らない。
「どうかしたの?」
「お姉さま、無理してない?」
「してないよ」
「でもそれ、医学書でしょう? お姉さまの専門は工学なのに」
しまった、幼くても賢いクララはこれがなんなのかもう分かるのか。
「わたしのため?」
「違うよ、前々から興味があったんだ」
「嘘、お姉さま機械が大好きなのに」
流石にもう誤魔化せないか……。
「そうだよ、クララのため。私が絶対、クララの病気を治してあげるからね」
「やっぱり……でもわたし、お姉さまには工学を続けてほしいな、わたしなんかの為にお姉さまの才能を――」
「なんかじゃない!!!」
「あっ――」
大声を出した私にビクリとするクララの肩を掴む。
「クララの病気は必ず治る! 絶対に私が治してみせる! あなたは世界で一番大切な、私の妹なんだから! だから、なんかなんて言わないで……」
思わず感情的になり涙が溢れてくる。
「ごめんなさいお姉さま……」
「私こそごめん……ねえクララ、最後まで希望を捨てないで、私を、家族を信じて」
「……はい、お休みなさいお姉さま」
クララの笑顔はとても儚く、きっと心から信じ切ってはいないと思う。
(でも関係ない)
私のやることは変わりない。
クララが信じようが信じまいが、私の手であの子を救ってみせる。
気合を入れ直し、私は床に落ちたストールを羽織り再び机に向かうのだった。
そうしてようやく基礎を学び終え、研究に携われるようになったころ。
(クララの病気の細菌は特定できてる、あとはその特効薬を見つけるだけという段階)
だがそれが一番難しくて時間がかかる部分。
(最近クララはまた寝込むことが多くなった、もう時間がない、早くしないと、早く――)
夕食の席でも私は、本を読むことすらせず考え込むようになった。
「まったくこの街の男はダメね! 誰もわたしの魅力に気が付かないなんて!」
そんな私を見て、エリザが失敗談で場を和ませようとするいつもの光景。
しかし今日は、いつもと違った。
「お姉さまならきっとすぐお相手が見つかりますよ……ケホッ、ケホケホッ!」
「ちょっとクララ大丈夫⁉ また熱が出てるじゃない、もう今日はお休みなさい」
「クララ、平気?」
「大丈夫よ少しむせただけだから……ケホッ、ケホッ、カハッ」
「え? これ、血……? クララ⁉ デイジー姉様! クララが!」
「お姉、さま……だいじょう、ぶ……」
血を吐き倒れるクララを見て、私は一歩も動けなかった。
(ああ、ついにこの時が来てしまった)
結局私は、間に合わなかったのだ。




