161、戦い終わって
『ゴォォォォーーール!エターナルアーク一着!』
ワアァァァァーーーー!!!
決着が付き、馬券が紙吹雪のようにパッと舞った。
地鳴りのような怒号がスタジアムを振るわせる。
電光掲示板では誇らしげな紀夫とアークがウィニングランをし、手を振って声援に答えていた。
司会が復活した天才ジョッキーの帰還を盛大に喜び、観客も大きな拍手で迎えている。
その様子を見て私は、
「はぁぁ~なんとか勝った」
止めていた息を吐き出す。
最後に健一が仕掛けたようだが、修行の甲斐あって上手く返せたようだ。
正直ギリギリだった。
『くーちゃんおめでとうございます!いい勝負でしたね!』
『ありがとー』
せっちゃんからお祝いメッセージが来たので返事を返す。
貴賓席を見るとお行儀よく拍手しているだけなのに、
一体どうやってスマホを操作しているのだろう。
「ふ、やはりこうなったか」
拍手をしていた伯父がそう感想をこぼした。
「ふふん、この世にはデータだけで測れないものがあるんですよ」
「ああ、だから俺は才能あるものが好きなのだ」
優し気に微笑みトラックを見ている。
数字が見えるこの伯父にとって世界とは、結果が分かり切った退屈なものなのだろう。
全ては数値が示す通りに推移する味気ない未来。
そんな決まりきった未来を覆すのが才能の有無、ということか。
今回は私の扇動と、紀夫の騎乗、2つの才能が伯父の予想を上回った。
そのことに伯父は大変ご満悦なようだ。
まあ、馬が好きなのもあるだろうけど。
「どうだ久遠、競馬も良いものだろう」
「そうですね」
自分の育てた馬を競わせる。
そこには勝ち馬を予想するのとは違った楽しさがあった。
そういえば、
私がこうして他人に勝敗を託すのは初めてかもしれない。
思えば今まで何でも自分でやってきた。
それが楽だし確実だったからだ。
でもこれからはそれだけではダメなのかも知れない。
「なるほど、これが上に立つ者の感覚……」
「そこまで飛躍せんでもいい」
深いなぁ競馬って。
私がうんうんと納得していると、どこからかブヒブヒ豚の鳴き声が聴こえてきた。
おかしいな、ここは競馬場のはずなのに。
「ぶひぃ、ぶひぃ、はぁはぁ、く、久遠様……!」
「なんだ豚一郎か」
そこには貴賓室から全力で走ってきて汗だくの豚一郎がいた。
私が冷たい視線を投げると、奴はガバリと土下座の体勢をとる。
「此度の勝利、大変おめでとうございます!」
「うむ」
「流石は久遠様でございます!私ごときが勝負を挑むなど思い上がりもいいところでした!」
地面に頭を擦り付けべらべらと賛辞を連ね、必死に私に媚びへつらう豚一郎。
なんたる無様、これが日本トップクラスの富豪、金成家の御曹司の姿か。
……まああれだけ啖呵を切って下剋上を宣言した末の敗北だ。
時代が時代なら首を切られてもおかしくない失態だ。
「豚一郎よ」
「は、はひぃ!」
「許す」
「はひ?」
まあ何だかんだいって楽しかったからね、この勝負。
同じチートを使われて珍しく焦ったし、人選も見事に因縁のある相手を連れてきてくれた。
そのことで紀夫やアークは過去を乗り越えられたし、私も良い経験をさせてもらった。
「お前のおかげで私も成長できた、褒めてやろう」
「ははぁーッ!有難きお言葉!」
「これに懲りずに今後も私に挑んでくるといい」
「よ、よろしいのですか?」
なんだかその方が私の利益になりそうな予感がするし。
「構わない。私に勝てたら下僕から解放してやろう」
「ありがとうございます!」
感動にむせび泣く豚一郎。
「それでペナルティだけど」
「え?」
豚一郎が土下座をしたまま不思議そうな顔でこちらを見上げる。
「お前が私の地位を求めて勝負したのだから、当然勝者の私はそれと同等のものをお前から貰うべきだよね?」
「ぶ、ぶひぃ!」
ベットしたものの重さに子豚のようにブルブル震える豚一郎。
「そうねぇ……伯父様?」
「なんだ」
さっきからドン引きして様子を見ている伯父に声をかける。
目が「お前はどんな学園生活を送っているんだ」と訴えている。
「私の山に牧場を作りませんか?」
「牧場を?……まさか!」
「はい、私も馬主になったからには馬のことも考えなければなりません。そこでやっぱり気になるのは馬の怪我です。馬って骨折すると安楽死させられるんですよね?だから私の温泉で治せばいいかなぁって」
馬のみならず、動物全般の専用温泉を用意してもいい。
「おお……それは素晴らしい案だぞ久遠!是非作ろう今すぐ作ろう!」
こんなに絶賛する伯父初めて見た。
いつも私が企画持ってくるとイヤな顔するのに。
「くっ、これで競走馬の悲劇が無くなる……!」
な、泣いてる……、
どうやら競馬好きにとっては余程のことのようだ。
「で、この事業に金成も協力してもらいましょう、高天原と金成の共同開発ってことで」
「ぶひ⁉」
「金成に?ふむ……」
「なにせ金成も相当な馬好きらしいですからね」
馬でも高天原のライバルとか言ってたし、
きっと喜んでお金を出してくれることだろう。
「確かに金成も良馬を沢山持ってるからな……まあいいだろう」
「ありがとうございます」
あとは伯父に丸投げしておけば良い感じにしてくれるに違いない。
あ、また伯父の仕事増やしてしまったな。
「というわけで豚一郎」
「は、はい!」
「お前が金成の代表として事業に参加して、立派な牧場温泉を作れ」
「了解です!」
直立して敬礼する。
「……こいつ使えるのか?」
「使えません。なので伯父様がビシバシ鍛えてやってください」
「はぁ……まあいい、礼替りに躾けてやろう」
まあ落としどころとしてはこんなところだろう。
さて、もうそろそろアークとノリオを迎えに行こうかな。
あとついでに健一の対処もしないとね。
「じゃ、伯父様、今日はありがとうございました」
「ああ、あとは任せておけ」
「あ、そうそう豚一郎、ちゃんと馬主として最後までゴールデンオークの面倒みるのよ」
「勿論です、お任せください!」
これでよし、っと。
伯父たちと別れを告げ、広い客席を歩きだす。
あ。
そういえば先生ってどうしたんだっけ?
勝負が付いた瞬間フッと気配が消えたような……。
そう思って見渡してみると、ベンチの間を四つん這いになり移動する先生を見つけた。
「違う……これも違う……このままじゃ来月生きていけない……!」
ば、馬券拾っとる……。
もうすぐ新学期。
私は一体どんな顔をして先生に会えばいいのか。
ちょっとだけ悩んだ。
「ノリオ、アーク」
「久遠ちゃん」
地下道で健一と話をした後、
私は何食わぬ顔で紀夫たちを迎えた。
「よくやったわね、流石私の戦士」
「あ、ありがとうございます!」
すごく晴れやかな顔をしている。
うん、自信も付いて、良い笑顔だ。
「そうそう、鐙健一、騎手辞めることになったから」
あの事件の真相や健一の顛末を話せる範囲で教える。
「そうですか……はい、それでいいと思います」
愛馬を殺された紀夫にとっては軽い罰かも知れないが、意外と平気そうだ。
勝負に勝って吹っ切れたのかもしれない。
「ていうかあいつほんとに忍者だったんですね」
「術を使って不正をしてたからね、流石に見過ごせなかったかな。ノリオがあいつの仕掛けを破って勝ってくれたから、話がすんなり付いたよ」
「あはは、修行大変でした」
目隠ししてひらすら石ぶつけれてたからね。
「アークも良く頑張ったね。お前も親の仇がとれて嬉しいでしょう」
アークに近づき頭を撫でる。
「仇、ですか?」
「気付かなかった?アークの親、紀夫がよく知ってる馬だよ」
ここまで白銀の毛並みをもつ馬は珍しい。
「え?まさか……」
「そう、シルバーノア。血統書見た時その名前があったから「アーク(箱舟)」って名付けたんだよね、洒落てるでしょ?」
「に、似てると思ったけど、思い込みだって……そうか、ノア、アーク、ああ、ノア、ノア、ごめんよ、ありがとう……」
「ぶひひん」
紀夫がアークを抱きしめて泣き出した。
アークは迷惑ようにしているが、好きにさせてやってくれ。
紀夫はノアの死に目に会えなかったらしいし、ここで思う存分涙を流せばいい。
私はそっとそばを離れた。
(さて、これで全部済んだかな)
長かった。
私はただ残りの夏休み、お嬢様体験をしようと祖父の家に泊りに来ただけなのに。
それがなんで馬を育てて白熱のレースバトルをすることになったのか、まったく意味が分からない。
しかも元ニートの中に天才ジョッキーはいるし、そのライバルは忍者だし、先生は馬カスだし、もう色々てんこ盛りな日々だった。
(まあ楽しかったけど)
得るものも沢山あった。
天原家と馬の関係、山の新施設、新たな人材、馬照眼、はどうでもいいか。
結局お嬢様はよく分からなかったけど、上に立つ者としては大きく成長できた気がする。
(さて、夏休みももう終わりだ)
長かった夏が終わり、
いよいよ新学期が始まろうとしていた。
競馬編終わり!
作者の予想外の方向に突き進んだ回でしたが如何だったでしょうか。
(最初はお嬢様として乗馬楽しんで終わるだけだったのに……)
ニワカ知識でツッコミどころ満載だったかもしれませんが、
感想なんかくれると嬉しいです。




