160、刹那様杯 決着
『抜いたー!先頭はエターナルアーク!』
「クソッ……!」
俺の横を通り過ぎる白銀の馬。
そしてそれを駆るかつての天才騎手。
「なんで……!」
お前は、終わったはずだろう?
俺が、終わらせた。
なのになぜ、また馬に乗っている?
なぜ、また俺の前を走っている?
離されつつある背中を見ながら、
俺の脳裏に過去の記憶が流れ込んできた。
――――――――――
俺は鐙健一。
とある山奥にある隠れ里で産まれた忍者の末裔だ。
忍者と言っても誰かに仕えたり、何か活動しているわけではない。
過去の栄光を忘れられない老人たちが、有難がって技を継承しているだけの限界集落。
そんな場所で何の役に立つのか分からない厳しい修行を延々と施された俺は、当然のようにグレた。
いつか絶対抜け出してやる。
そう思って悪さをしてはお仕置きされる日々をくり返していた。
数年たったある日、俺は頭領に呼び出された。
「健一よ、もうすぐ中学も卒業じゃな」
「ああ」
「卒業後はもうお前の好きにしていいぞ。外に出たいなら出てもよい」
「ほんとか⁉」
あれほど俺を里から出さないようにしていたのに、どういう風の吹き回しだ?
「お前を留めていたのはお前の精神が未熟だからじゃ」
「精神?」
「忍びの技は強力じゃ。悪さをしようと思えばいくらでもできる。分かるな?」
「それは、まあ」
実際中学での俺は無敵だった。
技を応用すれば何でもできて、俺はスポーツ万能成績優秀の優等生。
喧嘩も負け知らずだった。
だが犯罪には手を染めなかった。
一度万引きをして、激怒した村の大人たちに半殺しにされたからだ。
「外で忍者が悪さをするとな、出るんじゃよ」
「出る?何が?」
「忍者狩りじゃ」
「に、忍者狩り⁉」
「さよう、この世には道を外れた忍者を狩る専門組織がいるのじゃ。奴らは霊力という未知の力を使い、儂らとは比べ物にならないくらい強力な忍術を使う。襲われたら絶対勝てん」
「マジかよ……」
頭領の尋常でない様子から、恐らく真実なのだろう。
「だからな健一、外に行っても悪事に忍術を使うな。なに、絶対使うなとは言わない、良いことになら使ってもいい。それさえ守れるなら自由にせよ」
「……いいのかよ、もうここには戻ってこねえぞ」
「それでも良い。儂らももう長くない、若者が最後まで付き合う必要はないじゃろう。だがな健一、ここはお前の故郷だ。いつでも顔を見せにきなさい」
「……分かった」
そうして俺は里を出た。
このまま高校に行って学生を続けてもよかったが、
騎手学校に行く事にした。
せっかく能力があるのに普通の生き方はつまらない。
それに、辛い修行の中でも馬に乗ることだけは楽しかったからだ。
騎手学校でも俺は無敵だった。
忍びの身のこなしと技さえあれば、どんな馬も乗りこなせる。
馬の世話は面倒だったが真面目に勉強し3年後、俺は成績最優秀者として学校を卒業した。
そして正式なジョッキーとしての初めてのレースで、俺は負けた。
完膚なきまでに。
「やったねノア」
「ヒヒン」
馬と仲良さげに戯れるそいつを、唖然と見つめる俺。
「いい勝負だったね、僕は鞍馬紀夫、宜しくね」
「あ、ああ、俺は鐙健一……宜しく」
それが俺と紀夫の出会いだった。
そして、俺の凋落の始まりだった。
プロの世界は規格外の才能を持つ天才ばかり。
俺は彼らに負け続けた。
忍びの身のこなしを全開に使ってようやく互角。
なんてことはない。
俺は忍びの技術以外では、彼らに全て劣っていたのだ。
(俺は……)
それを自覚した俺は何かがぷっつりと切れた。
あるレース中俺はついに使ってしまったのだ、忍びの身のこなしではない、忍術を。
それは透明なワイヤーと小さなかぎ爪を飛ばし、
前の馬の鞍にひっかけて牽引させるという単純な忍術。
しかしこれを使ったらあっさり勝てた。
(なんだ、勝てるじゃないか、やはり俺の忍術は最強なんだ……!)
それから俺は度々この技を使い、勝利するようになった。
危惧していた忍者狩りも来ない、俺は次第に傲慢になっていった。
「健一、今度のレース頑張ろうね」
「紀夫……」
紀夫の才能は抜きんでていた。
術を使っても負けることがある。
それでもたまに勝っていたので、紀夫は俺をライバルとして妙に慕ってきた。
俺はそれが煩わしかった。
妬ましかったのだ、紀夫の、本物の才能が。
やがて運命のあの日がやってきた。
若手騎手のトップを決めるこの大会。
俺はいつものようにワイヤーを飛ばし、前を走る紀夫の馬の鞍にひっかけようとした。
しかし手元が狂い紀夫の背中にひっかけてしまい、紀夫は宙に浮いた。
明らかに大けがをする体勢。
後ろの馬に踏まれては助からない。
やってしまったと思った。
しかし同時に邪魔者が消えたとも思った。
落ちる紀夫は驚愕した顔で俺を見ていた。
あの時俺はどんな顔をしていただろう。
(あばよ、紀夫)
紀夫が負傷し、奴の愛馬、ノアも殺してしまった。
もう俺は戻れない。
もはやこれは修羅の道。
俺は悪の忍者になった。
それから3年。
俺はトップジョッキーの一人として活躍していた。
技術も磨き、ワイヤーを使わずとも勝てるようにもなってきた。
そんなある日、紀夫が復活したと競馬界では話題になった。
(あいつが、戻ってくる?)
廊下を歩きながら、モヤモヤとした暗い感情が湧き出てくる。
(あいつが……)
鬱屈した気分で会長室のドアを叩く。
「お呼びでしょうか」
「健一くん、スポンサーからの依頼が来ているよ」
「依頼?」
それはうちの大口スポンサー、金成財閥からの依頼だった。
なんでも息子の買った馬の騎手をして欲しいとのこと。
まあたまにあることだ。
俺はとりあえず話だけでも聞くことにした。
「ぶっひっひ、俺様は金成純一郎。貴様にはこの馬に乗って、あるお方を倒してもらいたい」
顔合わせをしたスポンサーの小僧は、いかにもな金持ちのボンボンだった。
小太りで傲慢そうだが、そこはかとなく良い教育を受けた跡がある。
「こいつは……」
飼育員4人がかりで押さえつけられた馬は、黒く巨大で、狂暴な覇気を放っていた。
「こいつの名はゴールデンオーク。そして倒して欲しいのは天原久遠様だ」
「天原久遠?子役の?」
俺でも知ってる有名人だ。
「うむ、これを見ろ」
「これは……」
金成のぼっちゃんが差し出してきたタブレットを見ると、そこには久遠ちゃんと馬との出会いの一部始終が写されていた。
「なるほどね」
どうやらこの黒い馬は主と定めた久遠ちゃんに振られ、あまつさえ見下していた馬を選んだことで怒っているらしい。
しょうもないと思うが、なんともプライドの高いことだ。
笑いながら動画を見ていたら、ある場面で俺の心臓がドクンと跳ねた。
「な……!」
紀夫がなぜここに……?
そして久遠ちゃんの馬の騎手だと⁉
ドクンドクンと心臓の音が止まらない。
体が震え背中に汗が流れる。
(ここで来るか紀夫)
思えば、最後の直線で追い上げるのは紀夫の得意技だったな……。
そんなことを思い出したらフッと冷静になり、なんだか笑えてきた。
「いいでしょうぼっちゃん、その依頼、お受けします」
「ぶっひっひ、契約成立だ」
こうして俺はゴールデンオークの騎手として訓練を始めた。
その訓練方法は、忍術どころではないチートだったけど、
俺はこの体だけ立派な馬をなんとかレースに出れる程度まで調教した。
そうして迎えたレース本番。
ゲートの中で俺は空を見上げた。
このレースで俺の運命が決まる、そんな気がした。
――――――――――
『エターナルアークこのまま逃げ切るか!しかしこの位置は鐙の得意な位置!またしても鐙の逆転劇が見れるのか⁉』
(紀夫、流石だよ、俺とは違い本物の天才だ)
すれ違う瞬間、奴は心底楽しそうな表情をしていた。
乗馬が楽しくて仕方がないのだろう。
俺はもう、そんな気持ちは無くしてしまった。
もはや勝つことのみが俺の道。
(だから)
俺は親指にかぎ爪をセットし、
(負けられないんだよ!)
ピンと弾き飛ばした。
狙いは正確にエターナルアークの鞍を捉える。
(よし!)
あと少しで鞍に引っ掛かる。
そう思った瞬間――
バシッ!
「なに⁉」
紀夫がムチを軽く振るい、かぎ爪を跳ね返した。
そのまま去って行く紀夫に思わず手を伸ばす。
まだ手はある!
「まっ――」
一瞬、病院で寝ている紀夫と死んだノアを幻視した。
(あっ……)
『エターナルアークまだまだ伸びる!そのまま!そのまま!ゴォォォォーーール!エターナルアーク一着!そして……二着はゴールデンオーク!初出場の二馬がワンツーフィニッシュです!』
結局、俺は何もできないままゴールを切っていた。
ゴールデンオークがスピードを落とし、無意識に伸ばした腕を下ろす。
(さっきのは……)
偶然じゃなく完璧に防がれた。
対策していたのか……。
「健一」
馬に乗った紀夫が近づいてくる。
「……なんだよ」
「僕の勝ちだね」
不適な笑みで勝利宣言をし、紀夫は去って行く。
「ははっ」
仇に浮かべる顔じゃないだろう。
「完敗、だな」
俺はしょげているゴールデンオークの頭を撫でた。
心は、不思議と穏やかだった。
レースが終わり、スタジアムの地下道を歩いていると一人の幼女が腕を組み待っていた。
「あんたは……」
「お疲れ様鐙健一、良い勝負だったわね」
「どうも……」
依頼主の敵、天原久遠ちゃん。
なんのようだ?紀夫に謝罪でも要求するのだろうか。
「あなた、忍者でしょ?」
「…………ッ!」
俺は飛び上がり距離をとる。
何だ⁉一体なにを言っているこの幼女は!
「ダメじゃない、自分のために忍術を使うのはいいけど、人を傷つけるのは」
「な、何なんだお前は、一体何者だ!」
幼女はパチリと指を鳴らす。
すると左右に二人の男が突然現れた。
「忍者狩り、聞いたことないかしら?」
「忍者狩り⁉お前が⁉」
その名を聞いた瞬間絶望が支配する。
あの事件以来、毎晩その名を警戒していた。
遂にその日が来たということか……!
「正確には、その組織を擁する家の次期当主だけどね」
「久遠様、ここは私が」
「ええ、よろしく」
「…………ッ!」
返事をするや否や男たちは一瞬で距離を詰め、俺はあっという間に縛り上げられた。
頭領のいう通り、圧倒的な実力の差。
「…………」
久遠ちゃんは転がる俺をジーっと見つめる。
「鐙健一」
「は、はいっ」
「ノリオを落としたのはワザとかしら?」
「……はい、あいつに嫉妬して、故意に怪我をさせました」
俺は観念し、ずっと秘めていた罪を告白する。
あそこまでするつもりは無かったが紀夫に怪我をさせ、ノアを殺したのは俺だ。
「ふむ……ワザとではないと、それに随分悔いているようね」
「え?いや、俺は……」
忍の読心術か……。
「それ以外は軽犯罪程度ね、まあ厳粛なレースで不正をしたのはあれだけど、処分は……」
処分と聞いて冷や汗が出る。
「消すほどでもないか。よし決めた、あなたには騎手を辞めてもらいます」
「はい……」
当然だろう。
それに忍術を封印されたら俺はただの凡人だ。
「そして辞めた後は、私の山で馬の世話でもしてもらおうかしら」
「え?」
山というとあのチート温泉がある山だろうか。
「今回のことで温泉に牧場でも作ろうかと思ってね。そうすれば足を折った馬も治せるでしょう?暇な時は乗馬体験とかすればいいし」
それは……競馬関係者にとっては夢のような施設では?
「い、いいのでしょうか、俺なんかが」
「まあいいでしょ、法律では逮捕もできないし。堕ちきった忍者は消すしかないけど、そうでないなら監視下に置いて便利に使うのがこの世界よ」
「ご厚情に感謝します」
命は助かると聞いて息を吐いて土下座をした。
助かった……。
「競馬協会も急に辞められては困るでしょうから、精々派手に引退レースでもやればいいわ。もちろん、忍術を使わないでね」
「わかりました」
最後に自分の実力でどこまで通用するか、試してみよう。
「それから、山に入るまでにあなたの師匠に挨拶でもしておくことね。あなたが堕ちきらなかったのは、きっと師の教えがいいからでしょう。感謝と謝罪をしてらっしゃい。じゃあね」
それだけ言うと久遠ちゃんは帰って行った。
男たちも消えているが、きっと監視されているだろう。
「…………」
師匠……頭領に、隠れ里。
「故郷……か」
帰ったら半殺しにされるだろうが、一度顔を見せに行こう。
こうして俺はジョッキーを引退した。
最後のレースで俺は3位だったが、
晴れ晴れしい気分で競馬場を後にしたのだった。
ぬあー競馬編今回で終わるつもりだったけど終わらなかったー!
あと一回続きます。




