159、刹那様杯
ざわざわとざわめくレース前の静かな喧噪の中、私は腕を組みトラックを眺めていた。
場所はコーナー終わり、最後の直線が見える最前列。
ピロン、とスマホが鳴る。
見るとせっちゃんからのメッセージだった。
『くーちゃんやっほーですー、見えますかー?今貴賓室にいまーす』
顔を上げ、スタジアム3階に位置する豪華なバルコニーを見上げると、
そこには麗しの皇女殿下が手を振っていた。
手を振り返すとせっちゃんの手の振りが早くなる。
今日のレースの名は「刹那様杯」。
皇太子の一人娘であるせっちゃんの誕生を記念して、
各界の著名人、富豪が競い合うように金を積んで作り上げたえげつない杯だ。
皇室と近い上流階級にとってせっちゃんはみんなの孫のような存在。
故に彼らの財布の紐は非常に緩く、賞金もとんでもないことになっている。
そんな大会なのでせっちゃんも親御さんと一緒に毎年見学に来ているのだ。
親御さんっていうか皇太子ご夫妻だけど。
『見えたよやっほー、今日は応援よろしくー』
『贔屓はよくないのでダメです、でも心の中で応援しておきますね?』
うーんせっちゃん王の器。
私は満足気に微笑み、腕で大きく〇を作って返事をする。
「久遠、ここにいたか」
「伯父様」
伯父も立場的には貴賓室にいてもいいのにわざわざここに来るなんて、
まさか私を心配して……?
「やはりレースはここから見るに限るな」
まあそうだよね、馬大好きだもんねこの人。
「見ましたか?私の馬」
「ああ、この短時間でよくあそこまで鍛えたものだ」
「ふふん」
「まあ若干ずるいような気もするが、元が弱弱しかったからな。それにステータスもそこまで逸脱していない絶妙な鍛え具合だった」
そこはノリオが気を使った。
やり過ぎると出禁にされるからと。
時間がなくてそこまでが限界だったとも言う。
「勝てそうですか?」
「行けても2位だな」
やはりそうか……。
「ステもオーラも申し分ない。しかしあの一番には勝てないだろう」
「…………」
一番、ゴールデンオーク。
私の下僕である豚一郎が所有し、アークを虐めていた馬。
そして騎手はノリオの因縁の相手の健一、ていうか忍者。
ちなみに豚一郎は貴賓室でふんぞり返っている。
「お前も運よく鞍馬紀夫を捕まえたようだが、相手があの鐙ではな」
「強いんですか?」
「うーむ、ステータスは平凡だが身のこなしが上手いのか、毎回謎に勝つ。予想が付かないから俺は苦手だ」
恐らく忍者の技術を取り込んで上手く立ち回っているのだろう。
でもそうか、素のステータスは大したことないのかあいつ。
馬は向こうが上、騎手はこちらが上といったところか。
ここから私たちが勝つには……
パラパパッパラー♪♪
「お、始まるぞ」
ファンファーレが高らかに鳴り響き、各馬がゲートに並ぶ。
『さあまもなく始まります刹那様杯、ゲートにはさっそく出走馬がスタンバイしはじめました!』
実況が喋り出し、場を盛り上げる。
1番が黒い毛並みに金の装飾のゴールデンオーク。
2番銀の毛並みに青い装飾のエターナルアークだ。
ちなみにエターナルはノリオが「冠名があった方がいい」というので付けた。
こういうのは馬主に関連する名前が一般的なので、安直だがエターナルにした。
子供にも受け継がれるらしいので、
アークの子供が今後エターナルシリーズとして活躍する日がくるかもしれないな。
そんなことを考えているとレースが始まった。
『さあ各馬一斉にスタート!――おっとぉ?エターナルアーク出遅れた!』
柵から身を乗り出し、モニターに注目する。
(頼むよ、アーク、ノリオ!)
――――――――――――
(出遅れた!)
初めてのレースでゲートに慣れてないアークは少しもたつき、
最後尾からのスタートとなった。
出走馬は全18頭のフルゲート。
中距離1,800mの芝コース。
同じく初参加のはずのゴールデンオークは6番手。
いきなり差を見せつけられた形だ。
(だけどこれは想定内、ここからでも十分巻き返せる)
一先ずは体力を温存させ、少しずつ追い上げよう。
それがアークには一番合っている。
ドカドカと鳴り響く音と振動が、逆に周囲の雑音を消して集中できる。
ああ、懐かしいな――
『さあ最後尾のエターナルアーク、これがデビュー戦となります。騎手はなんと怪我で引退したはずの鞍馬紀夫!かつて天才と呼ばれた男が、ここから一体どんな巻き返しを見せてくれるのか⁉期待が高まります』
アークの背に揺られながら
僕は冷静に機を伺う。
一頭抜き、二頭、三頭、ゆっくりと前に出る。
ワアァァァーー!
まだ序盤なのに歓声が鳴る。
『1番ゴールデンオーク、徐々に追い抜き先頭に出ていきます。この馬も初出場のハズですが既にこの貫禄。体力も十分ありそうです。騎手は鐙健一、昔は鞍馬とはライバルとして熾烈な争いを繰り広げてました』
(先頭のことは気にしない。今は目の前のことだけをしっかりと)
4,5,6,7,8。
(行ける、アークのポテンシャルは予想以上に高い!これなら……)
『2番エターナルアーク、ごぼう抜きです!最後尾からぐんぐん上げてきたぁ!』
(9、10、先頭組に追いついた、が……)
『さあここからどう攻めるのか、天才ジョッキーの腕の見せ所だぁ!』
先頭組は塊になっていて付け入る隙がない。
(次のコーナーで仕掛ける……!)
――――――――――――
「おお!アークいい感じじゃないですか⁉」
「ああ、まああのステならこれくらいは行けるだろう」
スタートに出遅れた時は焦ったが、徐々に追い抜いて今は8位に付けている。
手に汗握る攻防にハラハラが止まらない。
競馬、面白いかも!
そんな感動の中。
「いっけぇぇーーー!ゴールデンオーク!!!」
私の少し後ろの席が五月蠅い。
しかもなにやら聞き覚えのある声でげんなりする。
「……先生」
「げぇ!久遠ちゃん⁉」
馬カスの担任九条桃子教諭であった。
「これはこれは、姪がいつもお世話になっています」
伯父が外行モードで挨拶する。
「あ、ご丁寧にどうも、担任の九条……ってあなたは当て神様!」
「……そういうお前は『馬券拾い』か」
当て神に馬券拾い……二人とも競馬場に入り浸ってるから変な二つ名が付いてるようだ。
ていうか馬券拾いて。
毎回負けた後、当たり馬券が落ちてないか漁ってるんだろうなぁ……。
「こんなのが担任で大丈夫なのか?」
「普段はまともな先生だから……」
「久遠ちゃん当て神様の姪って本当⁉メアド交換して貰えないかしら⁉」
私も不安になってきたな。
「ところで先生、ゴールデンオークに賭けたんですか?」
「そうよ!初めて見た瞬間にビビッと来たの!これは絶対来るわ!」
「そうですか」
これは縁起がいいな。
勝てる要素が一つ増えた。
「ちなみに2番の馬は私が育てた馬です」
「え?」
先生の顔が青ざめる。
何せ先生はこの一学期中、私の学園生活を見てよく知っているのだ。
私の負けず嫌いと、勝つために容赦の無い性格を。
「あとさっきから刹那様が見てますよ」
「え……」
見上げるとせっちゃんが苦笑していた。
『間もなく第3コーナーに差し掛かります、先頭は1番ゴールデンオーク、続いて7番……』
敬愛する皇族の前で醜態を晒し、
絶望する先生は放って置いてレースに集中する。
いつの間にかゴールデンオークがトップに躍り出ていた。
コーナーに入り先頭集団の塊が崩れ、順位が大きく変わる。
『おーっと2番エターナルアークが外から仕掛けてきたぁーー!一気に追い抜きゴールデンオークに迫ります!』
「アーク!伯父様っ、アーク来たよ!」
テンションが上がって伯父の服を引っ張る。
「ああ、もしかするかもしれないな……むっ」
「あっ!」
ゴールデンオークと並ぼうとした瞬間、アークが怯んで少し下がった。
馬照眼がある私たちには分かる。
あの瞬間アークのオーラが一気に縮んだのが。
「アーク……」
「むう、奴のオーラに呑まれているな」
大方過去に虐められてた件が後を引いているのだろう。
くっ、やはりそう簡単にトラウマは無くならないか……。
アークがもうすぐ私の前を通り過ぎる。
仕方がない、私ができる最後の手だ。
私は大きく息を吸い込み、手でメガホンを作った。
――――――――――――
『あーっとエターナルアーク減速、大丈夫か?』
「アーク!どうした!」
カーブで抜くことに成功しゴールデンオークに並ぼうとした瞬間、
アークはやつに一瞬睨まれ萎縮してしまった。
「呑まれるなアーク!お前は前とは違うだろ⁉ずっと強くなったじゃないか!」
「ぶひひん……」
必死に励ますが効果はない。
牧場でひたすら虐げられた過去がフラッシュバックし、
アークの心が恐怖に支配されているのだ。
(どうしたら……)
明らかに覇気が下がっている。
久遠ちゃんはオーラと言っていたが、僕にもなんとなく分かる。
覇気のある馬は、強い。
レースに勝つには覇気が何よりも重要なのだ。
『ゴールデンオーク2位以下を突き放していく!このまま逃げ切るか?』
そしてゴールデンオークはかなり強い覇気を放っている。
一体何が彼をそこまで駆り立てるのか。
怒りか、憎しみか、嫉妬か……
(クソッ)
前を走る健一が振り向き、ニヤリと笑うのが腹立たしい。
このままではマズイ。
『さあカーブが終わり直進に差し掛かります!まだ勝負の行方は分からないぞー⁉』
もうすぐ最後の直線。
予定ならここで勝負をかけるつもりだったが、
今の状態では厳しい。
(久遠ちゃん……!)
やはり元ニートの僕なんかでは――
と諦めかけたその瞬間。
「勝てーーアーーーク!それでも私の馬かーーー!!」
推しの声が聴こえた。
「ノリオも勝てーー!お前は私の戦士だろーー!」
そうだ、僕は戦士。
最強無敵な天才幼女、久遠ちゃんに選ばれた戦士だ。
山で待つ仲間の為にも、
ここで負けていいはずがない。
直線、一気に視界が開けた。
客席で一生懸命応援する久遠ちゃんが見える。
目が合った。
「これは命令!!私の敵を、ぶっち抜けーーー!!!」
ゾクゾクと背筋が震える。
推しに直接命令されるなんて、こんな最高なことがあるか?
こんなに幸せでやる気が出ることなんて、他には絶対に無い!
「聞いた?アーク」
「ブヒヒン!」
「行くよ!」
ムチを入れるとアークの覇気が膨れ上がり、一気にスピードを上がった。
『エターナルアークがスパートをかけた!どんどん追い上げていく、追い上げていく、トップのゴールデンオークを……抜いたー!先頭はエターナルアーク!』
――――――――――――
「ふう」
私の声援のおかげでアークのオーラは最高潮に達した。
その量はあのゴールデンオークを遥かに凌駕する。
これでもう大丈夫だろう。
「……ずるくないか?」
「ただ応援しただけでーす」
「お前の才能の効果だろ……」
まあそうなんだけど。
訓練の時から私が声をかけるとオーラが増すことには気付いていた。
だから最後のスパート時にブーストをかけるため、ここで待機していたのだ。
「知ってますか伯父様?推しに応援されたファンは、普段の1000倍頑張れるんですよ?」
「はぁ……まあ今回はいいか、金成には負けられん」
「そうですよ、ほら、勝負が付きそうですよ」
残りあと百数十メートル。
トップはアーク。
恐らく健一はここで仕掛けてくるだろう。
まだ勝負はまだ付いていない。
私はグッと手を握る。
(あとは任せるからね、ノリオ)
最後の戦いが始まる。




