157、競馬場にて
ワアアアアーーーー!!!
巨大な電光掲示板が結果を報せ、
スタジアムには様々な感情が入り混じる大歓声が鳴り響いた。
あるものは腕を上げ栄光を掴み、あるものは絶望し膝をつく。
ここは都内の競馬場。
欲望渦巻く馬と人のコロシアムだ。
「うわぁ競馬場なんて初めて来たけど、凄いところだね」
「迷子になったら大変なので、僕から離れないでくださいね」
今日はアークの調整のため、ノリオと一緒に競馬場に下見に来ていた。
レースが終わったら特別に走らせてもらうのだ
「広いなぁ」
もっと煤けた世紀末な場所を想像していたけど、
競馬場は広くて綺麗で、非常に近代的な建物だった。
「ここはパドックですね、ここから今日走る馬の様子を見て予想するんです」
「へぇ~」
小さめのトラックを逞しい馬がゆっくり歩いている。
なるほどなぁ、ただのギャンブルではなく見る目も試されるというわけか。
初めてみるものばかりで感動していたら、なにやらブツブツと呟く女性の声が聴こえてきた。
「2番、少し調子が悪いか……?ここは5番に……いやでも、もう後がない……」
鬼気迫る表情。
ぼさぼさの髪にギラギラした瞳。
まるで全財産を溶かし、借金して起死回生を狙うFXプレイヤーのような女である。
「…………」
「やはり5番……頼むわよ、あなたに今月の生活費全部かかってるんだから……!」
「あの、先生?」
「誰よこんな時に……って久遠ちゃん⁉」
なんとFXプレイヤーの正体は私の担任、九条桃子教諭であった。
「あ、あら~久遠ちゃん、ど、どうしてこんな所に?子供がきちゃダメじゃな~い」
九条桃子、その名の通り九条家と言う由緒正しい名家の出身である。
普段は優しい小学校の先生だが家名に誇りを持っており、
時折その血統主義者なところが見え隠れする。
具体的に言うとせっちゃんにめちゃくちゃ甘い。
昔から天皇家に仕えていた家系だからか、本能レベルでせっちゃんの世話を焼きたがる。
そして名家以外の人間は彼女にとっては等しく庶民。
どんなにお金持ちで大企業の子息であっても決して特別扱いなどしない。
故にあの御柱学園においては適任の教師なのである。
ちなみに私も同じ名家出身なので、先生には仲間と思われてる節がある。
せっちゃんの世話を任されたりするのがその証拠だ。
そんな家名に誇りを持ってる先生が……。
「先生」
「な、何かしら……?」
「馬カスだったんですね」
「くぅ……!」
馬カスとは競馬に過度にのめり込み、生活費にまで手を着け身を持ち崩すギャンブル中毒者の総称だ。
似た言葉にパチカスなどがある。
「ち、違うのよ久遠ちゃん!先生はただそう、お馬さんを見に来たの!わーお馬さんおっきいなぁ、すごいなぁ~」
「さっき今月の生活費がどうのと聴こえましたが……」
「な、なんのことかしら~?生活?もちろん大丈夫よ~、名家の、九条家の人間の私が、そんな競馬で全部スッて、貯金がほぼゼロなんてある訳ないじゃな~い」
学園から結構な額の給料が出てるはずだが、それを全部使ってしまうとは相当なハマり具合である。
いや、先生の実家もお金持ちなので、もしかしたら家で馬を飼っていて、馬に思い入れがあるのかもしれない。
そういうことにしておこう、先生の名誉のために。
「で、次はどれに賭けるんですか?」
「やはりここは5番のノローマデオチでいくわ!あの毛並みに堂々とした歩き方、彼なら必ず勝利をもたらすと信じているの!」
聞いてもいないのにノローマデオチとかいう馬のデータを語りだす桃子先生。
その目は大きく見開き、真っ赤に血走っていた。
これが馬カスかぁ……。
「そうですか、頑張ってください」
「ええ、また学校で会いましょう、祝いの言葉はその時受け取るわ」
ああはなるまい。
私は足早にその場を退散した。
「学校の先生が何やってんだか……」
「あはは、でも結構いますよああいう人」
「施設は綺麗でも所詮は賭博場か」
この世の真理を知ってしまったわ。
「まあ私もせっかくだし何か賭けて見ようかな」
「子供は買えませんので、僕が代わりに買いますね?」
ちなみに、ここでは有名人のノリオは帽子とサングラスで正体を隠している。
私も帽子とサングラス。
非常に怪しい二人組だった。
「一着だけを選ぶのが単勝だっけ」
「ええ、初めは当てやすい複勝とかがおススメですよ」
「ふーん……」
まあお試しだし単勝でいっか。
私は改めてパドックを見る。
「おや?あれは」
すると見知った顔を見かけた。
「伯父様?」
「む?久遠か、どうだ馬の調子は」
「順調ですよ、今日は試走にきました」
「そうか」
天原家が馬キチ一族と知った今、伯父がこの場にいることに不思議はない。
伯父は競馬にも詳しく、アークをレースに出すに当たって色々とアドバイスを貰ったりしている。
「伯父様も賭けるんですか?」
「ああ、見るだけではつまらんからな」
見れば競馬新聞片手に真剣にパドックの馬を見分している。
「どれが来そうですか?」
「データ上では3番だな」
「へー」
なら一着は3番か。
私は伯父のデータという言葉を信頼している。
何故ならそれこそが彼の才能だからだ。
伯父の才能は「データ分析」。
あらゆるものを「数字」「ステータス」として捉え、分析して適切に処理する。
つまりデータキャラなのだ。
かなり強力で総帥向きなような気がするが、数字が見えるが故に数字に支配され、
ステータスが低い人間を軽視してしまうのだという。
実際そういった人間は信じられない大ポカをすることも多い。
頑張って調性した計算を、数合わせの低ステユニットに台無しにされる気持ちが分かるか?
と愚痴られたことがある。
そんな経験をすれば、伯父が能力や才能主義者になるのも分かる気がする。
「伯父様にとっては勝ち馬を当てることなど簡単なのでは?」
きっと伯父には馬のステータスが見えてるに違いない。
「いやそうでもない、中にはステータスが低くても才能や運で勝つ馬もいる。それがまた面白い」
人間に対しては計算違いを起こすとガチギレするのに、えらい扱いの差である。
「例えば久遠、あの馬を見てみろ」
「私が見ても何もわかりませんが」
「いや、天原の人間なら見える、あの馬をもっと知りたいと念じてみろ」
「は、はあ」
うーん知りた―い、あの馬のこと知りた―い。
するとなんということでしょう、馬から謎のオーラが立ち昇っているのが見えるではありませんか。
「え、何これ?」
「見えたか、これが天原家のみが使える特別な目、『馬照眼』だ」
「馬照眼⁉」
私は慌てて他の人間を見てみる。
何も見えない。
「あれ?見えない」
「馬照眼は馬専用だ」
つ、使えねー……。
なんなのその能力?
使いどころが無さすぎる。
スキルスロットの無駄にも程があるだろう。
「もっと他の能力が欲しかった……」
「ふ、俺も子供の頃はそう思ったものだ」
大人になっても絶対いらんと思う。
「で、これが何か?」
「それであっちの馬を見て見ろ」
先ほどの馬から視線を外し、伯父の言う馬を見ると先ほどの馬とは桁違いのオーラが見えた。
「おお、すごいオーラ」
「ステータスはあまり高くないが、レースではああいう馬が勝つ」
「へー」
でもまあ私にはどうでもいいな、マジでどうでもいい。
「そういえば、5番のノローマデオチはどうですか?」
「ステータスも貧弱オーラもない、ゴミだな」
「そうですか」
グッバイ桃子先生。
「じゃ、私はもう行きます」
「ああ、仕上がりを楽しみにしている」
こうして私の競馬場見学は終わった。
ちなみに、レースは伯父の言う通りに推移し私は見事単勝を当てた。
と同時に観客席では、どこかで聞いたような女の悲鳴が響き渡るのだった。
レースが終わり、私とノリオはアークを連れトラックへと繋がる通路を歩く。
もうすぐ前の組の練習が終わる時間だ。
パカラ、パカラ、前方から見覚えのある馬がやってくる。
「お前は……」
立派な黒いたてがみに金の装飾、威圧感のある巨躯。
あの牧場で私が選ばなかった覇王っぽい馬ではないか。
「ぶひひん……」
アークがトラウマを思い出したのか怯えた声を出す。
「アーク怯えるな、あの頃のお前とは違う、今はお前の方がずっと強い」
「ぶっひっひ、それはどうかな?」
「誰だ!」
私が励ましていると、覇王っぽい馬の影から見知った顔が現れる。
「お前は!……なんだ豚一郎か」
私の下僕、金成豚一郎だった。
「ぶっひっひ、その豚一郎というあだ名ももうすぐ返上ですよ久遠様」
「なに?まさかその馬はお前の?」
「その通り!久遠様が馬を買われたと聞き、俺様も同じ牧場で買ったのです。名はゴールデンオーク、全てはそう、我が下剋上のために!」
下剋上ときたか。
あのどうしようもないボンボンがねぇ。
「ふ、その気概だけは褒めてやってもいい。だがお前なんぞ私の敵ではない、分かっているだろう?」
「やれやれ久遠様、分かってないのはあなたの方です。あの月うさぎ温泉、使えるのがあなた様だけだとでも?」
「なんだと……⁉」
ま、まさか……。
「そう!あの温泉の共同開発者である我が金成財閥も、温泉の使用権があるのですよ!」
確かに金成財閥には協力の見返りに、自由に使える土地を一部与えた。
そこをどう使おうが自由だ。
「くっ」
あのチート温泉を使えば敵はないと思っていたが、まさかこんな所にライバルがいたとは。
(そういえば)
私は覚えたばかりの馬照眼でゴールデンオークを見つめる。
「……っ!」
凄まじいオーラだ。
黄金の光が天井付近まで立ち昇っている。
しかもよく見ると以前見た時より体つきもがっしりしている。
一方アークは、普通の馬よりは強いがまだそこまでではない。
「分かりましたか?我が金成財閥と高天原グループはライバル関係ですが、馬でもライバルなのですよ!我が家の威信にかけて、負ける訳にはいかないのです!」
「なるほどね、分かったよ豚一郎、その勝負受けよう」
「ありがとうございます」
私と豚一郎はにらみ合い、約束の握手をする。
「お話は終わりましたかねぼっちゃん」
「なっ……!」
影から様子を見ていた大人の男が豚一郎に話かけ、それにノリオが反応する。
「ようノリオ、怪我治ったんだって?よかったな」
「お前が……!」
おとなしそうなノリオが敵意丸出しで威嚇する。
「ノリオ」
「あ、すみませんつい……」
「こいつはゴールデンオークの騎手、鐙健一です久遠様。有能な男でね、今回のために随分金を積みましたよ」
こいつが敵の騎手か、なんだかいけ好かない男だ。
「知り合い?」
「同期でライバルで……僕の怪我の原因となった男です」
「へっ、勝手に落ちただけだろうが、人のせいにするんじゃねぇよ」
「そう……」
どうやらこの男も因縁のある相手のようだ。
アークとノリオ、それに私。
全員に関係のある相手を連れてくるとは、豚一郎もやってくれる。
「行くわよ」
「あ、ちょっと……!」
「はい!」
「ブヒヒン!」
私はまだ話したそうな豚一郎たちを無視し、トラックへ向かう。
甘かった。
チートすぎるかと温泉の使用を自重していたが、敵はそんなことお構いなしだった。
しかも騎手の腕ならこちらが上だと思ったのに、恐らく同レベルの騎手まで連れて来た。
油断していい相手ではない。
こうなったら仕方がない、自重をとっぱらい(でもやりすぎない程度に)限界ギリギリまで徹底的に追いつめる!
「覚悟はいいわね、アーク!」
「ヒヒン⁉」
「ノリオもよ!」
「は、はい!」
レースまで時間がない、最高効率で地獄の特訓パート2だ!




