第九十八話 大陸再上陸
森を切り開く許可を求める手紙を持たせて王都に送り出した兄弟が戻ってきた。
これでようやく仕事にかかれると思っていたら、どうにも浮かない顔つきである。
いったい何があったのかと尋ねてみるとこうである。
「陛下から、拠点づくりはいったん中止してまた戦に出ろとのお達しでして」
「またかよ……」
思わず本音が漏れてしまった。
伝令役の兄弟が何とも言えない顔をしていたので、急いで取り繕う。
「ま、仕方がねえな。手柄を増やす機会と思えば悪くもねえ。
それで、今度はどこの馬鹿が反乱起こしやがったんだ?」
「それが大陸の方へ行けって話で」
それを近くで聞いていた義賊時代からの古参兄弟の一人が呻いた。
前回海を渡った際に盛大に吐きまくり、島に帰る時には「船に乗りたくない。こっちに置いて行ってくれ」とまで言った男である。
簀巻きにして連れ帰ったが。
「大陸ねえ……」
エリック王はノルディア公とも名乗っていた。
ノルディアとは大陸領の事であり、つまりはあちら側があのエリック王の本来の領地であった。
向こう側の連中にしてみれば、スティーブン王こそがノルディア公から不当に地位を奪った簒奪者に見えることだろう。
島の側ですらまだまだ不安定なのに、そんな大陸側がまともに治まるわけないんである。
「そういや、今あっちはどうなってるんだっけ?」
「へえ、今はホースヤード伯のドラ息子が平定のために派遣されとるそうで。
どうもひどく苦戦しとるようで、我々は援軍として一時的にその配下に入るようにと陛下は仰せです」
そう言って、彼は陛下からの手紙を差し出してきた。
巻かれた羊皮紙の封蝋を割って中身を見てみれば、確かにそのようなことが書いてある。
大陸側の情勢はよほど悪いらしく、俺たち以外にウェストモントからも軍勢が出るらしい。
「殿、気に入らないと顔に書いてありますぜ」
手紙を持ってきたそいつが、少しばかり楽しそうに言う。
ジェラルドの奴がミュール城で俺たちを見捨てようとしたらしい一件は兄弟団の内に広く知れ渡っているのだ。
俺はため息をつきながら答えた。
「気に入るわけあるか。クソが。
だが命令されちゃ仕方がねえ。
おい、戻ったばかりで済まねえが幹部連中を呼び集めてくれ」
「へい!」
*
荷馬に食料やら武具やらを積み込む作業と並行して、兄弟達を送り出して周辺住民に改めて森の奥に入らぬよう周知する。
使者に出した兄弟が戻ってくるまでの間に、みんなで楽しく大量の罠を設置してしまったためだ。
森の拠点はひとまず無人で放置し、ローズポートに向けて行軍を開始。
途中、王都に寄った。
ウィル坊とレオンの二人を陛下に預けるためだ。
流石に戦場に連れて行けば足手まといになるというのもそうだが、そもそも国王陛下からの指示である。
普通の小姓なら谷に送ってフォレストウォッチ城で留守番させておけばいいのだが、ウィル坊はそうもいかない。
なにしろ、彼は陛下からお預かりした大切な人質でもあるのだ。
レオン君は久々に曾爺様に会えるというので嬉しそうにウィル坊とじゃれている。
ウィル坊はそんな友人を前に少しばかり羨ましそうにしていた。
当然だろう。
この年で親や家族と引き離されて平気なわけがないのだ。
俺だってその気持ちはよくわかる。
ウィル坊も少しばかり家族と会う機会があればいいんだが、その相手があのホースヤード伯と思うと何ともまあ。
何をどうやったらあの性悪爺の種からこんな素直でいい子が生まれるんだ?
まあ、伯爵だけが家族でもあるまいが。
謁見の間にて陛下に拝謁し、特に問題もなく二人を預け終わって控えの間に出たところで姫様と出くわした。
不意打ちである。
「ジャ、ジャック……何でここに……!」
それはあちらも同じだったらしく、ひどく狼狽えた様子である。
が、それも一瞬のこと。すぐに背筋を伸ばして公向きの澄ました顔つきに切り替えた。
俺もその場に片膝をついて頭を垂れる。
ここは謁見の間の控室であり、それなりに人目があるからにはいつものように接することはできない。
体勢を立て直し終わった姫様が口を開いた。
「これから大陸へ行くそうね」
余所行きの冷たい冷たい声である。
俺もそれに合わせて応じる。
「はい、その様に命じられております」
「王国の安寧のために励みなさい。
そして、私の将来の夫を無事に連れ帰るように」
「お約束はできませんが、可能な限り努力いたします」
「それでいいわ。
それから、貴方の無事も祈っておきます。
さあ、行きなさい」
「はっ」
立ち上がり、一礼して退出した。
よそよそしいやり取りではあったが、それでも久々に聞いた姫様の声は耳に心地よかった。
*
ローズポートに向かって行軍を再開。
到着し、領主への挨拶のため市内にあるローズポート城へ向かう。
現在のローズポート伯は、以前姫様を守るために決闘をしたあのジェフリーである。
普通に考えれば、決闘に負かされた上に父親までぶっ殺された彼が俺に好意なんてあるはずがないんである。
せめてもの手土産にと、先の戦で勝者の権利として手に入れた先代ローズポート伯の鎧を持っていったら随分と感謝された。
「父の死に顔はとても満ち足りたものでありました。
善き相手と戦い、誉ある最期を迎えられたからでしょう。
私どもも貴卿には感謝しています」
よく分からんが、そう言うことらしい。
それから一つお手合わせ願いたいなどと木刀での試合に誘われたが、これから戦ですからと断り退出した。
陛下が手配してくれていた船に乗船し、大陸へ。
以前は二隻で済んだが、今回はその倍の四隻に分乗する。
俺たちも随分と大きくなったものである。
翌日、ウェンランドの大陸側本拠地であり、ノルディア公爵領の首府でもあるカチュエに上陸。
ジェラルドに到着の報告をするため城へと嫌々出向いたが、現在は不在であるとのことだった。
「代公閣下は、謀反人どもを誅するため軍勢を率いて出陣しております。
ウェンランドからの増援については承知しており、到着次第軍勢の後を追うようにと伝言を承っております」
奴と顔を合わせずに済んだことに一瞬だけほっとしたが、よくよく考えれば先延ばしになっただけである。
余計な手間が加わったと思えばむしろ腹立たしい。
そう言うわけで、ジェラルドの軍勢を追って行軍を開始する。
しばらく見ない間に、大陸領はすっかり様変わりしてしまっていた。
この辺り、以前であればウェストモント程ではないまでもそれなりに豊かに見えたものだったが、今となっては島側の王領とどっこいの荒れようだ。
道中、食料補給のために村に立ち寄っても取引を拒否されることが度々あった。
どれだけ金を詰まれようとも、出せるモノがないとのこと。
そう言われてしまえば、せめて水だけでもと井戸を借りて村を離れる他はない。
次の村では補給ができるといいなあ、等と思いながら行軍を続けていると、前方からこちらに向かって駆けてくる者がいる。
武器は持っていないようだが、わざわざ俺たちみたいな武装集団に近づいてくる奴はあまりいない。
兄弟たちに警戒態勢を取らせながら、前に出てそいつに声をかける。
「止まれ! いったい何者だ!」
そいつは足を止めると、そのままその場にへたり込むようにして頭を下げた。
「へへぇ……! い、何処……ハァ……、何処の軍勢かはハァハァ……」
みすぼらしい身なりの、農民と思われる男だ。
余程必死に駆けていたと見え、息も絶え絶え話すどころではない様子。
俺はそいつに近づき、水の入った革袋を差し出した。
「あ、ありがとうごぜえます……ゴク、ゴク、はあ……」
そいつが一息ついたのを見計らって尋ねる。
「随分と急いでるみたいだが、俺たちに何か用か?」
「む、村が! わしの村が襲われとるんです!
どうかお助け下せえ!
お礼は致しますので、どうか……どうか……」
なるほど。
「それで、そいつらの数はどれぐらいだ?」
「五十人ばかりで」
「馬に乗っている奴はいたか?」
「一人か二人はいたかと思いますが……」
どこぞの傭兵が盗賊にでも鞍替えしたのだろうか?
ともかく、それぐらいの数なら素早くやれば問題あるまい。
お礼をしてくれるというなら、量は少なくとも食料の補給もできるかもしれない。
なにより、殿下や陛下からは、可能な限り民衆を守れと言われている。
「よし分かった。この道をまっすぐ行けばいいんだな?」
「へい! ありがとうございます!」
「聞いたか野郎ども!
この先で村が襲われている! 助けに行くぞ!」
「応!」
二十人隊の一つを荷物の護衛に残し、身軽になった残りの兄弟たちと共に駆け足で前進する。
少し進むと、焼き討ちによるものと思われる煙の筋が見えて来た。
いったん部隊を休止させ、斥候を送る。
「さっきの奴が言ってた通りです。
数は五十人ばかり。おそらくどこぞの傭兵隊です。
指揮官らしき奴が馬に乗ってる他に騎兵はなしです。
筋の悪い奴らで、略奪に夢中になって警戒もろくにしとりません」
「よし、三隊に分かれて展開しろ。
ウィルが右、エルマーが左、俺が真ん中を率いる。
なるべく見つからないよう接近し、奇襲を仕掛けるぞ」
「へい!」
斥候に案内させながら村に接近。
左右のエルマーとウィルが配置につくのを待ちながら敵の様子を観察する。
報告に聞いた通り、敵はすっかり油断して略奪に興じている。
一刻も早く助けてやりたいが、急いては事を仕損じる。
さて、指揮官はどこだ?
できることなら真っ先に仕留めたいところだが……と、その時、敵が掲げる旗印が目に入った。
馬に乗る烏。
ホースヤード伯方の軍勢であった。
次回は8/7を予定しています




