第九十六話 新拠点
小姓が増えた。
先日の大酒勝負で手に入れた、例の爺様のひ孫である。
名をレオンというらしい。
「貴方が勝ち取ったのだから、最後までしっかりと面倒を見てください」
とは、陛下の言である。
それもこれも件の老騎士の熱烈な希望によるものだというのだから驚きだ。
俺と老騎士とは酒を酌み交わした仲とはいえそれも勝負、敵同士である。
それがどうして大切なひ孫を預けようなんて考えになるのか全く理解に苦しむ。
ちなみに、爺様本人は近衛騎士の一人として陛下の護衛役に加わったらしい。
本人も陛下もいったい何を考えているのやら。
そんな大人の事情はさておいて、ウィル坊は同年代の友達ができて嬉しそうにしている。
肝心のレオンは浮かない顔をしているが、家(城)を突然失い、その上家族と引き離された直後であるからには仕方あるまい。
それでも、あれこれと話しかけてくるウィル坊に時折はにかむような笑みを見せているから、仲良くなるにはそう時間はかからないだろう。
さて、ひと先ず反乱の方は落ち着いたが、しかし俺たちは谷への帰還を許されなかった。
新しい仕事が命じられたんである。
「ノドウィッドの森に、新しい恒常的な拠点を構築してください。
そして、今後はフォレストウォッチ勢の主力をそこに常駐させるのです」
陛下のお話によれば、当面は先立ってと同じような小規模な反乱が頻発するであろうから、ウェストモントよりは王都に近く、交通の要所でもあるかの地を俺たちに抑えて欲しいとのことである。
まああの森なら俺たちの庭のようなものだ。
先の戦でも俺たちに加えて黒盾勢も一緒に常駐していたのだし、何とでもなるだろう。
そう思って安請け合いしたのがまずかった。
「食料はどうしたもんでしょうかね」
森の拠点に戻ってのウィルの第一声がこれである。
「そんなもん、これまで通り――あ」
ここでようやく気付いた。
盗賊時代なら、そこらの地主から頂けばよかった。
戦の最中なら敵の輜重隊を襲えばいい。
だが今の俺たちは盗賊でもなければ戦争中でもない。
そこらから奪ってくるわけにはいかないんである。
そうなると近くの町や村から買ってこなければならないわけだが、これがまた面倒だ。
毎日こまめに奪ってくるのと違い、ある程度まとまった量を一度に運び込む必要が出てくる。
その為には荷車が必須だ。
荷車を通すための道が必要になる。
これはどえらいことになった。
俺は早速兄弟団の幹部連を集めて相談することにした。
「ひとまず、周辺の村に声をかけて人手を集めるってのはどうですかね。
この辺りの連中の間じゃ殿の人気は大したものですからな。
喜んで手伝ってくれるでしょう」
と、エルマー。
なるほど、人手の方は何とかなりそうである。
次に口を開いたのは〈狐〉である。
「だがよう、エルマー。
ここが今まで無事だったのは、誰にもこの位置が知られてないからなんだぜ。
道なんか通したらあれよ、到底守り切れん」
これももっともな意見である。ここの拠点には碌な防衛施設がないし、そもそも守ることにすら向いていない。
せいぜい、何も知らない奴が迂闊に迷い込んでこないようにする人除けの罠と、奇襲よけの警戒網がある程度だ。
二人してう~んと唸りながら首を捻ったところで、ウィルが折衷案を出す。
「それなら、例の面会所まで道を通すんでどうだ?
あそこなら里の連中にはもう位置を知られてるし、拠点からもそう遠くねえ。
そこから先はロバかなんかと人の背で運べばいい。
ちょいと大変ではあるが、月一程度の頻度なら何とかなるだろう」
しかし〈狐〉は渋い顔だ。
「今だってなるべく跡が残らねえように気を付けちゃいるが、それでも完全には消せてねえ。
その上しょっちゅう大勢で荷物担いで歩くとなりゃあ、荷車とは言わずとも道ができちまうぜ。
そうなりゃもう拠点は隠せねえ」
ウィルは〈狐〉の指摘に口をへの字にしたが、それでも反論はないらしい。
三人揃って唸り声を上げたところに、また一人口を開く者があった。
「一つ、提案があります」
ロドリという、郷士兵たちのまとめ役として最近頭角を現してきた男である。
「ウェストモントでは、普段生活する村とは離れたところに避難所として砦を築くことがあります。
同じように、我々も普段は街道から近い場所に駐屯地を置き、こちらの拠点は避難所のような場所として使うのはどうでしょうか?」
それを聞いた三人が揃ってポカンと大口を開けてロドリに視線を向けた。
隊の大物三人の視線を受けて、新入りのロドリは少しばかり肩を縮こませる。
「いや、その、見当違いなことを言ってしまったかもしれませんが……」
よし、と俺は皆に告げた。
「ロドリの案でいくぞ」
「へい!」
三人が声を揃えて応じ、口々に感想を述べる。
「そうだよなあ、もう俺たちは隠れなくていいんだもんなあ」
「こんな簡単なことに気づかないたあ、俺はもう骨の髄まで盗賊がしみ込んじまってんだなあ……」
「おい、ロドリやるじゃないか」
そう言ってウィルがロドリの肩を叩く。
「あ、ありがとうございます」
「それじゃあ、まずはその駐屯地をどこに置くから決めようか」
「以前ローズポート伯と戦った時の砦を再利用するのがいいですかね」
「ありゃあ完全に街道を塞いでるからなあ。
アレを使うと、街道を行き来する奴らをいちいち拠点内を通さなきゃいけなくなるぜ」
「それは面倒だし、揉め事も多くなりそうだなあ」
「街道からあまり離れるのもよくないから、やっぱりあの近くがいいんじゃないか」
「森の外は農民たちの土地だから、縁のところを切り開いて作るのがいいな」
「多少は守りも考慮するとなると、あの丘のあたりか」
皆ががやがやと意見を出し合い、段々と案が出来上がっていく。
俺は時折頷きながら黙ってそれを聞いているだけでよかった。
やはり持つべきものは頼りになる仲間達である。
さて、俺たちが拠点を構えるこのノドウィッドの森は王室所有の財産だ。
なので、森を切り開くには陛下の許しを得る必要がある。
盗賊時代なら気にせずとも好かったが、今はもうそういうわけにはいかない。
出来上がった案を文章にしてまとめ、陛下に手紙を書くのは残念ながら俺の仕事である。
まったく、〈犬〉に教えられた文字がこんな形で役に立つとは。
ちなみに、〈犬〉には単なる文字の読み書きだけでなく、こういった文書の書き方もある程度仕込まれていた。
国王陛下に差し上げる文書としてはお粗末に過ぎるだろうが、おかげである程度形にはなってくれる。
陛下も俺の出自は知っているからお目こぼしくださるだろう。
それにしても〈犬〉の奴、まさか最初から俺を騎士にするつもりだったんだろうか?
どこまでがアイツの考えた通りで、そしてどこでその考えから外れたのか。
まったくもって謎である。
まずはご挨拶、続いて現在の状況、問題点、そのための解決案と、そのために必要なこと。
森を切り開く許可と、宿舎を建てるための大工の紹介のお願いを最後に記した後、手紙を兄弟に託して王都へ送り出す。
これで駐屯地に関して今できることは終わった。
後の時間はそうだな――
「それじゃあ諸君、楽しいいたずらの時間だ。
改めてこの森を俺たちの要塞へと作り変えるぞ。
罠を張り、防塞を築き、敵を誘い込む死の迷路にする。
何か思いついたことがあれば、どんどん意見するように!」
兄弟たちの眼が楽し気に輝く。
これでしばらくは退屈することはないだろう。
次回は7/24を予定しています




