第九十五話 老古兵
俺たちは幸いにも城の一つを無傷で開城させることに成功した。
だがこれで終わりとはならないのが悲しいところ。
なにしろ、反乱を起こした城は一つや二つではないのだ。
それどころか途中から増えさえする。
そんな方々の領主のところに出向き、反乱を鎮めて回る。
大半は陛下と直に話して、ちょっとした譲歩を引き出せればそれで満足する。
本当にめんどくさい奴らだ。
だが、中にはもっとめんどくさい奴がいる。
陛下の説得にも応じない、本物の覚悟を固めた頑固者どもである。
今こうして包囲しているのも、そうした「本物」の一人であった。
大変に頑固な老騎士で、陛下がご自身で城門の前までいって説得してもまるで応じる様子を見せない。
陛下がどれだけ譲歩しようが、「事ここに至っては討ち死にするより他になし!」と返すんだからもうどうにもならない。
陣中では見上げた硬骨の士であるともっぱらの評判だが、俺にとっては厄介としか言いようがなかった。
なにしろ、この手の真面目な老人というのは何につけても油断というものがないんである。
その城は小城ながらもよく整備されていて、城の周囲は隠れて近づけるような藪や木立はことごとく刈払われ、城壁や柵にもほころび一つない。
配下の兵らも勇将に相応しい古強者揃いで、日中はもちろん夜間ですら見張りが行き届いており、奇襲は不可能。
老騎士の頑固さに巻き込まれての戦だというのに、城内の結束には全く揺らぎがない。
こうなると後は力攻めで落とすしかないが、勝利は揺るがぬにせよ陛下も少なくない犠牲を払うことになるだろう。
もちろん俺もだ。
いつぞやの戦とは逆の立場で、今度は梯子を登る側になるわけだ。冗談じゃない。
やれと言われればやるしかないが、やらずに済むならそれに越したことはない。
そうしたわけで、俺は包囲中の暇つぶしも兼ねてどこかに隙がないかと未練たらしく城壁の周りを巡回していた。
もちろん、こうした巡回はすでに何度も行っているから新しい発見などそうそうないのだが、何か敵の方で疲労によるたるみが生じていないとも限らない。
が、結局何も見つからずにトボトボと自陣に戻る。
報告のために陛下のいる本陣へ出向くと、〈狐〉に預けていたはずのウィル坊が陛下と何やら楽し気にしている。
どうやら、オオバコの茎を槍に、葉を盾に見立てて騎士ごっこに興じているようだ。
陛下は、事実上の人質として俺の元に送られているウィル坊を哀れに思ってか、こうしてたまに呼び出しては遊び相手をしてくれている。
あるいは、早くから親と引き離されてしまった彼の身の上を、自身の生い立ちと重ねているところもあるのかもしれない。
まあ俺としては自分のところの小姓を気にかけてくれるのだから大変ありがたいのだが、陛下が情を移してしまわないかと心配になる。
いざとなれば非情な判断を下すことも厭わないお方とみているが、だからと言ってストレスを感じないわけではあるまい。
俺に気づいた近衛騎士が陛下に声をかけた。
「陛下、ジャック殿がお見えです」
俺は陛下の前に片膝をついて頭を下げる。
ウィル坊がこちらに駆けてきて、俺の斜め後ろで同じように膝をついた。
「ただいま偵察より戻りました」
「ありがとうございます、ジャック殿。
どうぞ楽にしてください」
そう言われたので、膝はついたまま上体を起こし顔を上げる。
陛下はチラリとウィル坊に目を向けた後、まだ手に持っていたオオバコの葉を名残惜しそうに手放した。
これは少し悪いことをしたか。
なにも遊びたいのはウィル坊ばかりではなかったらしい。
「それで、戦意に陰りは見えましたか?」
「残念ながら、敵は依然として戦意旺盛に見えます」
「そうですか……」
陛下は顎に手を添えて考え事を始めた。
「……ここで失うにはあまりに惜しい……しかし、これ以上王都を空けるわけにも――」
こうして頭を悩ます陛下を見ていると何かしてやりたい気にはなるが、俺にできることなんてたかが知れている。
そうしている内に、また近衛騎士がやってきて陛下に何事かを囁きながら丸めた羊皮紙を渡した。
特に報告することもないし、引き上げ時だろう。
「それでは陛下、これにて――」
「ああジャック殿、お待ちを」
引き留められた。
陛下はそのまま手紙の封蝋を割って、中身に目を通し始めた。
「姉上からです」
手紙から視線を離さぬままそんなことを言う。
すぐに読み終えたらしく、陛下は手紙を元の通りにクルクル丸めると、こちらに差し出してきた。
「読みますか?」
意図が読めない。
だが、この場合の「読みますか?」は読めの意味だろう。
「はい、ありがたく」
俺はそう答えて手紙を受取った。
開いてみれば、確かに姫様の筆跡のように見える。
内容は至って事務的。主に王都の動向についてが記されている。
陛下が不在の間にその権限を代行しているホースヤード伯の権勢はますます伸長している。
一刻も早く王都に帰還する必要がある、といった内容だ。
最後に、「くれぐれもジャックに無理をさせないように」とおまけのように書き足されていた。
陛下はこれを見せたかったのだろうか?
「ご覧のとおりです。なるべく早く終わらせる必要があります」
「はっ」
その目を見るに、陛下はついに断を下したようだ。
「明日の未明に総攻撃に移ります。
ですが、その前にあの老人に最後の機会を与えたいと思います。
ジャック殿、今一度説得を試みてください」
無茶振りが過ぎる。
手紙には俺に無理をさせるなと書いてあったはずなんだが。
*
やれと言われれば仕方がないので、俺はロバを一頭曳いて門の前にやってきた。
共は連れていない。
そうして城内に呼びかける。
「我が名はジャック! ご城主殿はおられるか!」
程なくして、顔に大きな傷のある老騎士が姿を現した。
「これはこれは!
あのローズポート伯を討ち取った若武者ではないか!
これはいいぞ!
それで、何の用だ!」
何がいいんだ。
「降伏の勧告に参った!
これが最後の機会である!
武器を下ろし、陛下の元に降られよ」
老騎士はガハハと笑って答える。
「せっかく貴殿ほどの敵と巡り会えたのだ!
誰が降服などするものか!
それよりもジャック殿、せっかく来たのだからここはひとつ一騎討ちでもしていかぬか?
何、遠慮はいらぬ。わしがここで死んでも、我が家中の者らは最後の一人まで戦い抜ける故な!」
これだ。まったく武人の考えというのは理解不能だ。
俺は説得しろとは言われたが殺せとは言われていない。
が、陛下に説得できないものをどうして俺ができるっていうんだ。
ともあれ、やれと言われたなら、まずはやらねばならないんである。
俺は老騎士の言葉を無視して話を続けた。
「寛大なる陛下は貴殿の覚悟に感銘を受け、現在の所領を安堵するとお約束なされた。
また、此度の事に関しては一切の罪に問わぬと仰せである。
もはや貴殿においても戦う理由はないはずだ。
これ以上の流血は無用である!」
俺も偉そうに口上を垂れてはいるが、反乱を起こされた主君としてはほとんど土下座と言っていい条件である。
だが、老騎士は何ら感銘を受けた様子もなく、それどころか哄笑を返してきた。
「愚かな! もはやそのような話ではない!
家臣から領地を取り上げて、抵抗されたら『では返します』では済まんのだ!
惰弱な国王陛下に、騎士の何たるかを教えて差し上げるのも臣下の務め。
これが最初で最後の御奉公である!
戻って陛下に伝えろ!
征服王ギョームの御代より王家に仕えるこのわしが、騎士の名誉が如何なるものか、我が血を以てご教授いたすとな!」
余談だが、ここで名の上がったギョームというのはこの間戦に負けて死んだギョームではない。
姫様の御父上のそのまた爺さんの事を言うのだそうな。
この爺さんは一体何歳だ?
まあそれはいい。
とにかく気合が入っていることはわかった。
だが、俺とて無策でやってきたわけではないのだ。
「時にご老公! まだ城内に酒はあるか?」
「酒がどうした! 酒はもちろん、食料の備蓄もまだたっぷりあるわい!」
「それはよかった! ならば一勝負といこう!
さりとて、肝心の戦の前に命を落としてはお互いに不本意というもの。
戦の前の余興に、飲み比べを所望する!」
そう言って俺は、連れてきたロバの背から酒樽を下ろした。
そうして、樽の一つを開けて盃一杯掬い取り、目の前で飲んで見せる。
それを見て、老騎士の眼が爛々と輝くのが見えた。
これはかかったな?
「なるほど面白き趣向だ! よろしい!
こちらも酒を用意する故、しばし待たれよ!」
程なくして二人の酔っぱらいが出来上がった。
こんなはずじゃなかった。
こちらの酒は薄めてあったので、老人相手なら楽に酔い潰せると踏んでいたのだ。
ろれつの回らなくなった老人が、盃を空けながら愚痴る。
「わしゃあ~しにぞこないよぉ。
まごをぉ~戦にぃおくりだして留守番しとったらぁ、わしより早く死におってぇ……」
爺さんが飲んだら俺も飲まなければならない。
こちらも薄い酒を呷りながら相槌を打つ。
薄めているから不味い。本当にクソッタレだ。
誰だ、こんな策を考えたのは。
「それはご愁傷様だなぁ。
息子はどうなった?」
「もっと前に死んだぁ。
まごもよおぉ、先頭切って城門にとりついての名誉の戦死よお!
羨ましい! やっぱぁ、わしが行けばよかったわい!」
ちなみに、このやり取りは既に五回目である。
もうちょっと意識がしっかりしていた頃に聞いた話によれば、その孫とやらは先の戦の前哨戦、ウェストモントへの侵攻時に砦に強襲を仕掛けて死んだとのこと。
配下の兵のほとんどを失いながらも、真正面から砦の門をぶち破ったそれは見事な武者振りだったらしい。
「爺さんじゃ、ウェストモントの坂を登るのもやっとだろうがぁ!」
俺がまぜっかえすと老騎士はガハハと笑った。
「孫にもぉ同じことを言われたわい!
どいつもぉ、こいつもぉ、わしぃを年寄り扱いしてからに!」
爺さんは盃に酒をなみなみと注ぐと一息に呷った。
まだ飲むのかよ。
最初は水でも飲んで俺を騙してるんじゃないかと疑ったが、今となっては顔を真っ赤にしているからそれもなかろう。
薄めてはいるかもしれないがそこはお互い様だ。
「まあええ! わしもこうして見事な死に場所を得た故なあ!」
「じゃあ、心残りはねえな!」
俺は盃を空けながらそう尋ねてみた。不味い。
元々は勝負を口実に酒に酔わせて交渉の糸口を得ようというせせこましい策だったのだ。
まあ、それも裏目に出て飲み比べにすら負けつつあるが。
ところが意外なことに、この問いに爺さんの顔が曇った。
「うむ、全くないと言えば嘘になるのぅ……」
「なんだ言ってみろよ」
「ひ孫のことだ。孫の残した一粒種でなぁ。
まだ幼い故、このまま死なすのはいささか不憫だ」
「助けたいのか」
「そうしてやりたいが、こうまでしておいて自分の身内だけ助けてくれでは筋が通らぬ」
頑固な爺さんだ。
そこで俺は一ついいことを思いついた。
「そういや、まだこの勝負に何を賭けるか決めてなかったな。
おい、俺が勝ったらそのひ孫とやらをよこせ。
人質にしてやる。
そっちが勝ったら、エリック王から頂いたこの剣をやるよ」
そういって俺は腰に吊るした無骨な剣を叩いて見せた。
俺の得物は斧であるから抜くことすらまれだが、騎士となった以上はこうして吊るしておかなければならないらしい。
元は敵の衛兵が持っていた何の変哲もない数打ちの品であるから、万が一負けても惜しくはない。
それを見て爺さんは目を丸くすると、ほぅと息を吐いて何やら考え始めた。
やや間があって返事が返ってきた。
「その剣の由来はわしも聞き及んでおる。
それほどの剣と釣り合うとなれば、子供一人では到底足りまい。
城内の子供と若者、それから非戦闘員は全部人質にくれてやる!
それでよいか!」
「おうとも、一人残らず安全に陛下に引き渡してやるよ」
俺の答えを聞くが早いか、老騎士は手近にいた兵士に飛び掛かった。
「おい、そこのお前! そうだ、お前だ! 兜をよこせ!
ぐずぐずするな! ええい! 見とれよ! どんな盃でも一杯は一杯じゃ!」
老騎士は兵士から取り上げた兜を酒樽に突っ込んだかと思うと、先ほどの盃と同じ勢いで一気に飲み干し、そのままグデンとひっくり返ってしまった。
無茶しやがって……。
程なくして城門が開き、城内からぞろぞろと「人質」が送り出されてきた。
子供たちに非戦闘員、それに加えてまだ年若い騎士や兵士たちまでいる。
その見送りに出てきた、城主の代理らしきこれまた年を食った騎士にも降伏を呼び掛けてみたが拒否された。
「我ら老兵は主の御意思に従うまで」
仕方がないので、俺は人質たちを引き連れて陛下のところに戻り、事の次第を伝えた。
「最後のご奉公、ですか」
「はい、そう申しておりました」
「真の忠臣というのは、やはり得難いものですね」
陛下は寂しそうにそうつぶやいた。
「仕方ありませんが予定通りです。
ジャック殿は今のうちに酔いを醒ましておいてください」
「はっ」
未明になり、俺たちは城への強襲を開始した。
そうして、激しい戦いの末に城は陥落。
肝心の爺様は、酒を飲みすぎてグウグウと鼾をかいていたところを捕縛された。
締まらない話である。
次回は7/17を予定しています




