第九十四話 小さな勝利
〈兎〉と別れ、王城へと登る。
いつものようにすぐに応接間へ通された。
陛下は既に戦装束を身にまとって、いつでも出陣可能といった態である。
「さすがはジャック殿。行動が早くて助かります」
「光栄にございます」
お褒めに与かったものの、あとどれぐらい待たされるのかと思うと気が気でない。
だから、早速訊ねてみることにした。
「時に陛下、軍勢の集結まであとどれぐらいかかるのでしょうか?」
陛下はいつものようにニッコリと笑った。
「もう待つ必要はありません。
私の手勢と、貴方がただけで十分です」
なんと。
「反乱と言っても、そう大きな規模ではないのですよ。
一部の領主たちが、私の領地替えの命に従わず自領に立てこもっているだけの話ですから。
連携をとっているわけでもなく個別に対処可能です。
今までのような大軍は必要ありません」
そう言って、陛下は少し疲れた様子で小さくため息をついた。
「まあ、それ以前の話としてこれまでのような大規模な動員は当分できないんですけどね」
「どういうことでしょうか?」
「皆、疲れているんですよ。
領主たちが連れてくる兵隊というのは、つまるところ領地の働き手たちですからね。
彼らを連れ出すだけでもその年の収穫が落ちます。
昨年の大陸遠征に今年の内戦と、立て続けに大規模な召集をかけていますし、それぞれの戦での損害も決して無視できない数に上っています。
兵に支払う給金や兵糧を借金で賄っている領主も少なくありません。
これ以上無理をすれば、領地の経営そのものが成り立たなくなる危険もあります。
今は働き手を畑に帰し、復興に充てなければならない期間なのですよ」
なるほど。
陛下の説明を聞いて納得がいった。
それで俺たちなのか。
俺たちはもともと働き手ではない。
だから、いくら戦に連れ出しても労働力に影響が出ない。
逆に言えば、こういう時に便利使いするために陛下は普段から安くない金を出して俺たちを養っているのである。
今こそが、これまでの戦以上に俺たちの働き時なのだ。
「平素からの御恩に応えられるよう、全力を尽くします」
「よろしくお願いします。
ジャック殿には先遣隊をお願いしようと考えています。
本隊とは別行動になりますので、今のうちに食料などの準備をしておいてください。
その為の金子は別にお渡しします」
「はっ」
*
スティーブン陛下率いる本隊に先行し最初の城へと向かう。
着いた先にあったのは、ミュール城と同程度の小城だった。
見張りの数からして内部にいる兵士もさして数は多くはなかろう。
恐らくは五十を超えないのではないか?
対するこちらは先遣隊である俺たちだけで百六十程。
大長弓は城壁との高低差を考慮してもなお敵のそれより射程が長く、一方的に攻撃可能だ。
その上、ウィルを筆頭に弓の名手も多く揃っている。
今の俺たちならあるいは単独でこの城を落とすこともできそうだ。
もちろんそんな面倒なことはやりたくないし、陛下からも本隊が到着するまでは手出し無用と言われている。
ひとまず城門の前に距離を置いて布陣し、降服勧告を行う。
「我が名はジャック! フォレストウォッチ城主、またの名を〈木こりのジャック〉と申す者!
城主殿はいずこにおられるか!」
門の上にいた守備兵にそう尋ねると、そいつはあからさまに狼狽えた様子で頭を引っ込めた。
恐らくは噂に聞く魔法の斧を警戒しての事だろう。
胸壁の隙間から「しばしお待ちを!」との声が響き、しばらくして城主らしい一人の騎士が姿を現した。
「我こそ、グラドン城城主ローレンスである!
名高き勇士と相まみえることができ光栄である!
さて、我らにいかなる用向きか」
俺は手短に用件を伝えた。
「貴殿ら叛徒を討伐し来た!
命が惜しくば直ちに降伏せよ!」
俺の答えに彼の顔は青ざめ、引きつったように見えた。
どうにも俺の名前が独り歩きしているような気がしないでもない。
「そ、その様なわけにはまいらぬ!」
声を震わせながらもそいつは答えた。
まあ、そうだろう。
これで降伏するぐらいなら、最初から反乱なんぞ起こさなければいい話だ。
こいつは城を枕に討ち死にする心積もりに違いない。
まったく騎士という奴はこれだから。
だが、俺は重ねて降伏を勧めた。
「抵抗は無駄だ!
まもなくスティーブン陛下が千の兵と共に到着なされる。
貴公に勝ち目はないぞ!」
「お、おぉ! スティーブン陛下が参られるのか!」
ところが、ローレンスとやらは陛下が来ると聞いてどういうわけか安堵の色を浮かべた。
敵が増えると聞いてどうしてそんなことになるのだろうか。
しばし考えて思い当たった。
なるほど。
さては、俺のごとき下郎に倒されるのではあまりに無念とでも考えていたのだろう。
いかにも騎士らしいことだ。
「そうだ! 陛下であれば、貴殿に相応しい死に場を与えてくださることだろう!
存分に戦われるがよろしい!」
するとローレンスときたら今度は顔を真っ青にして聞き返してきた。
「なに! 陛下はさほどにお怒りか!?」
よく分からんやつだな。
反乱を起こしておいて「お怒りか?」もクソもないだろうに。
いや、どうだったかな?
どちらかと言えば、疲れた顔をしていた気もするが。
よく分からなかったので、とりあえずこう答えておいた。
「この斧に誓って、決して嘘は申さぬ!」
答えながら手の内に金の斧を出してギラギラ光らせて見せると、ローレンスががっくりと胸壁から姿を消した。
それから少しばかり間が開いて再び姿を現す。
先ほどまでの威勢はどこへやら、すっかりしょげた様子である。
「あ、あの、ジャック殿、降服いたします。
その代わり、どうか陛下におとりなし頂けませんか……?」
いったい何なんだ。俺はこのためにわざわざ何日もかけて歩いて来たんだぞ?
一瞬怒りが湧きかけたが、まあ戦をするよりはましだろうと思い直して「おう」と返した。
*
「さすがですね、ジャック殿。
おかげで私が交渉する手間が省けました」
陛下からはお褒めの言葉をもらった。
「どうか、寛大な処置を願います」
俺は深々と頭を下げながら陛下に願った。
これでローレンスとの約束は果たした。
受け入れるかは陛下次第。俺の責任ではないから気楽なものだ。
「フフフ、ジャック殿に頭を下げられればいたし方ありませんね。
まあ、元々そう厳しい処置をとるつもりもありませんでしたから」
陛下曰く、奴らには元々戦う気なんてなかったらしい。
「彼らとてこちらが大規模な動員ができないことを見越した上で、ごねて見せたに過ぎません。
いわば、私を交渉の場に引き出すための芝居なんですよ。
ですが、ジャック殿の武威が思った以上に効果を発揮してくれたようですね」
本当に俺のせいだろうか?
それにしても迷惑な話である。
「それなら、あっちの方から陛下のところに頭を下げにきてくれれば私も楽なんですが」
そうすれば俺たちが遠路はるばるウェストモントから出向いてくる必要はなかったのだ。
俺の愚痴に、陛下は曖昧な笑みを浮かべる。
「彼らにしてみれば、なかなかそうもいかないのですよ。
残念ながら、王城の門は誰にでも開かれているわけではありませんので」
そういえば、〈兎〉の奴がそんなような事を言っていたな。
「……『王城の門はホースヤード伯邸にある』ですか」
その言葉を聞いて陛下は少しだけ疲れた笑みを浮かべる。
「ええ、町の小鳥たちはいつも面白い言い回しを思いつきますね。
ですが、その通りです。
かの御仁は力を持ち過ぎました。
いずれどうにかしなければなりません」
王様も楽じゃない。まさにエリックのおっさんが言っていた通りだ。
陛下が自らの意思で何かを為そうとする限り、こうした闘争は限りなく続くに違いない。
それはいい。
陛下もそこは覚悟の上だろう。
だが。
ホースヤード伯が退場したとして、その時に姫様はどうなってしまうのだろうか?
次回は7/10を予定しています




