第九十二話 領地
領地に帰還。
俺たちは、すでに勝利の報を受けていた村の人たちから盛大な歓迎を受けた。
今回はウェストモント出身の兄弟も多くいたから、近隣の村々からも出迎えの人が大勢集まっておりいっそう賑やかだ。
家族との再会を喜ぶ仲間たちを、古い兄弟が少しばかり羨ましそうに眺めていた。
唯一の例外がセシルで、出迎えの中から飛び出してきたいつぞやの少女に抱き着かれていた。
突然のことに目を白黒させるセシルを、皆が揃って冷やかす。
羨ましい限りだ。
もちろん、他の兄弟たちだっていつまでも放ってはおかれない。
誰も彼もが群がってきた村の衆に手柄話をねだられている。
村の広場には冬至の祭りもかくやというごちそうが用意されており、そのまま出迎えの人々を交えての大宴会となった。
皆と楽しく飲み食いをしていたら、代官のエドワードがやってきた。
「無事の御帰還に喜び申し上げます、ジャック様」
此度の戦においては見事な勝利をおさめられたとのこと、私共も鼻が高こうございます」
そう言って、彼は深々と頭を下げた。
「おかげさまで、無事生き永らえることができました。
ところで、私の受取った褒賞について、既にお話は届いているでしょうか?」
俺がそう尋ねると、エドワードは頭を上げることなく応じた。
「はい、既に聞き及んでおります。
ジャック様の多大なる功績を鑑み、この地をご下賜されたとのこと。
領民一同を代表いたしまして、お祝い申し上げさせていただきます」
頭を下げたままそう言うエドワードの表情はうかがい知れない。
これについては、実のところ少しばかり気がかりなことがあった。
「ありがとうございます。
まずはお顔を上げてください、エドワード殿」
「はい」
エドワードが顔を上げた。その表情は曖昧で感情が読みにくい。
俺は少しだけ声を落とした。
「その、正直な所をお伺いしたいのですが」
「なんでしょう」
「この件について、領民の皆さんはどのようにお考えでしょうか?
その、不満に思われていなければいいのですが……」
この谷の人々と姫様の関係はよく知っている。
誰もが姫様を慕っていたし、姫様の領民であることを誇ってもいた。
エドワードだって、姫様への忠誠心は人一倍篤い様子だった。
それが、ある日突然ぽっと出の成り上がり者の領地にされてしまえば面白くないと考えても不思議はない。
エドワードはこちらを安心させようとしてか、曖昧な顔のまま笑顔を浮かべて見せた。
「それについては……正直にお答えせよとの事ですので言わせていただきますが……残念に思う気持ちがないと言えば嘘になります。
とは言え、不満かと言われればそれも少し違うでしょう。
当地との信頼関係も十分にありますし、ジャック様があげられた功績を思えば
殿下にとって恩人、つまり私共にとっても恩人と言って差し支えありません。
殿下にお仕えしたのと同じように、ジャック様にも誠心誠意お仕えさせていただきたく存じます」
本音までは分からないが、ともかく敵意は向けられていないようだ。
「そう言っていただけるとありがたいです。
エドワード殿にはこれまで通り代官として働いていただきたいと考えています。
殿下からも、これまで通り公正で安らかな統治を、と言われておりますので、
基本的な方針は今までと変わらずお願いします」
「承りました」
エドワードがもう一度深々と頭を下げた。
そして再び顔を上げて、キョロキョロとあたりを見回した。
「ところでジャック様、〈犬〉殿はどちらにおいででしょうか?
今後について、少しばかり打ち合わせをさせていただければと思ったのですが……」
俺は今どんな表情を浮かべているだろうか。
ちゃんと苦笑いができていればいいんだが。
「あいつはもういません。
お話は私が伺いましょう」
「こ、これは失礼いたしました」
「なにぶん領地を持つのは初めてなので、ついでに色々教えて頂ければと思うのですが」
「かしこまりました。それでしたら詳しいことは後ほど館の中でじっくりとやることにいたしましょう。
なにせ、今のジャック様はこの宴の主役であらせられますから」
「よろしくお願いします」
*
宴を楽しみ、城へと帰還する。
居残り組の城兵たちは、仲間の無事を喜んだり出征組の手柄を羨んだりと様々だった。
居残り組を率いていた〈鼬〉から、留守中の報告を受ける。
「こちらは概ね平和でした。途中、殿下から依頼がありまして盗賊退治やらなんやらのために二十人隊を何度か送りました。
どうも、領主が戦でいないのをいいことにおイタを企んだ奴がいた様で。
暇な時はいつも通り駆け足と潜伏の訓練を行いました。
しっかりと鍛えておきましたんで、次の戦ではきっちり使い物になるはずです」
やはり、古参盗賊は頼りになる。
翌日からは、戦死者の葬儀、新領主としてのお披露目、エドワードからの領主指南にウィル坊の稽古と、なんだかんだ忙しい日々を過ごした。
領主として覚えなければいけないことは多い。
まずは法律。
領主としてやるべきことも、命令できる範囲も全て法で定められている。
領民たちの揉め事を裁いて判決を下すのも領主の仕事だ。
この法という奴が厄介で、「盗賊は死罪」みたいな単純なやつばかりではない。
例えば相続なんかは、この土地古来の風習から大陸から王家が持ち込んだ王令、民会での決議、過去の領主の判例なんかが入り混じって複雑怪奇。
基本的には領主である俺の裁定が優先されるようだが、きちんと皆が納得できる根拠を示せなければ不満の元になる。
それから帳簿。
谷の人口、誰がいくらの税を納めることになっているか。
そして実際に収められたのはいくらなのか。
貸した農具、資金、種もみ。それらがどれだけ返済されたか。その他色々。
とにかく量が多い。
文字も数字も一応読めるが、それがこんな風に押し寄せてくると俺の頭はすぐに一杯になって読んだ端からこぼれ出してしまう。
ウィル坊も一緒になってエドワードの話を聞いているのだが、俺よりもずっと呑み込みがいい。
時折エドワードに何かたずねては、回答をもらってお礼を言っている。
俺の方はと言えば、何を聞けばいいかもわからない。
「一度にすべてを頭に入れる必要はございません。
お時間のある時にでも、領地を巡回してみてはいかがでしょう。
そこで帳簿の一部でも思い出していただければ、その数字が意味するところも少しずつ馴染んで来るはずです」
なるほど。
続いて居残り組だった二十人隊の一つを率いて森を巡回。
城主以前の森林監督官という肩書も引き続き俺のものだからだ。
ウィル坊もちろんも連れていく。
〈鼬〉がしっかり鍛えておいたというだけあって、移動中も油断がない。
途中、先頭を進んでいた斥候役が立ち止まった。
「どうした?」
俺が訪ねると、斥候役が声を潜めて答えた。
「はい、殿様。
この先に人の気配があります」
俺はそいつの肩を叩きながら言った。
「やるじゃないか」
不思議そうな顔をするそいつを尻目に、俺はウィル坊を呼び寄せて訊ねた。
「おい、分かるか?」
ウィル坊は目を真ん丸にして斥候役が指さした方を見つめていたが、やがて悔しそうに首を振った。
「分かりません」
「ま、仕方がないさ」
俺はウィル坊の頭に手を置いて慰めた後、前方に向かって呼びかけた。
「お~い、出てこい!」
すると、のそのそと弓を構えた人影が姿を現す。
実は、こっそりと遠征組だった二十人隊の一つを先に送り出して潜ませておいたんである。
次は攻守を入れ替え、連れて来た居残り組に潜伏をやらせる。
ウィル坊にもついていくよう命じて一緒に隠れさせた。
彼は、この大人を交えた本格的なかくれんぼをいたく気に入ったようだった。
時折、仲間に加わりたいという奴がやってくるので、腕試しをしたりする。
先の戦でもそれなりに損害を出しているので兵隊の補充は急務だ。
最低でも、次の呼び出しが来るまでに元の数までは回復させておきたい。
やることは多いが、忙しいのは俺にとって良い事だった。
この谷にはもう姫様はいない。
その空っぽになった部分を仕事が埋めてくれる。
しばらくは余計なことを考えずに過ごすことができるだろう。
次回は6/26を予定しています




