第百七話 裏切り者
ジェラルドはジョージ殿の軍勢を大いに歓迎した。
彼にとりウェストモントからの軍勢とは、待ちに待った自分と同じ国王派の、”信用できる”友軍なのである。
長らくたった一人、潜在的な敵勢である大陸領の領主たちに囲まれていた彼であるから、まさしく肩の荷が下りる気持であったのだろう。
しかしそれもジョージ殿の冷たい、敵意すら滲む態度に接するまでの事だった。
出迎えに来たジェラルドのあの満面の笑顔が瞬く間に萎んでいく様は見ていてかわいそうになるほどだった。
だがこの程度で萎れてしまわれては困るのだ。
彼にはもう一つ大事なことを伝えなければならないんである。
俺は彼に近寄ると小声で言った。
「おい、人払いしろ。
あまり聞かれたくない話がある」
「まだ何かあるのか!」
「そうだ。危急の要件だ。急げ」
ものすごく嫌そうな顔をされた。
が、ジェラルドは何も言わずにヒューバート殿に視線を送って手近な天幕の人払いをさせた。
ジェラルドの後についてジョージ殿、俺の順で天幕に入る。
彼は俺に続いて天幕に入ってきた、フードを深くかぶった謎の人物に怪訝な顔をした。
「そいつは誰だ」
俺はそれを無視して盗賊狩りの顛末を報告する。
話が進むにつれ彼の顔は見る見るうちに青ざめていき、俺が城に攻めかかる下りを聞くなりその場で頭を抱えて叫んだ。
「な、なんという……! 何ということをしてくれたのだ!」
「声が大きい……仕方ねえだろ。賊どもの引き渡しに応じなかったんだから」
「それでも! 彼らは大陸側での数少ない味方だったのだぞ!」
「味方じゃねえ、裏切り者だ」
「その証拠はどこにあるというのだ!」
俺が黙って合図をすると、〈犬〉が深くかぶっていたフードをはずしてジェラルドに顔を見せた。
「誰だ?」
ジェラルドの第一声はそれだった。
無理もない。今、〈犬〉の顔はエルマーにしこたま殴られてぼこぼこなんである。
が、やがてその正体に気づいたらしく、不思議そうに首を傾げた。
「フレデリック? なぜジャックと一緒にいるのだ。
いや、そもそもどうしてこんなところに――」
俺はジェラルドの耳元に口を寄せ、声を落として言った。
「こいつが証拠だ。例の賊を率いていたのがこいつだ。
お前さんの邪魔をするよう命令されていたらしい。
おい、お前の親父は何を考えてるんだ?」
かわいそうに、ジェラルドの顔は青ざめるのを通り越して真っ白になってしまった。
「馬鹿な。この俺を大陸領に遣わしたのは父上だ。
それをわざわざ足を引っ張るような真似をするはずがない。
……そうだ、その男は元はお前の配下だったのだろう!?
それで二人で口裏を合わせて――」
「俺が嘘をつけねえのはお前も知ってるだろうが。
おい、本当に何も聞かされてないのか?」
「知らぬ……何も聞いていない……」
嘘を言っている様子はない。
ちなみに〈犬〉も指示された以上のことは何も知らなかった。
「呆けてる場合じゃないぞ。話が広まっちまう前に城主を捕まえとけ。
ホースヤード伯の企みについて何か知ってるかもしれないからな。
逃げられるとやっかいだし、他の城主と口裏を合わせられれば何も聞き出せなくなる」
〈犬〉の顔を隠していたのは、なにもジェラルドを驚かすためではない。
こいつの面は「裏切り者」たちに割れているんである。
そんな悪事の全てを知る奴が俺と一緒にいるところを見られれば、奴らはすぐにでも逃亡するだろう。
それを防ぐための処置である。
しかし、ジェラルドはまだ動き出そうとしない。
俺を信じ切れないのだろう。まあそうか。
俺たちのやり取りを黙って聞いていたジョージ殿が口を開いた。
「今は逮捕までせずともよい。
まずは呼び出して話を聞くべきではないか?
あるいは、残してきた城代の独断かもしれぬ」
そんな訳がない。
口にしているジョージ殿の顔つきからして、そんなことがあるとはまるで信じていない様子なのだ。
しかしジェラルドはそこに一縷の希望を見出したらしい。
「う、うむ、そうだな。
まずは話を聞いてみなくてはなるまい」
すぐに伝令が送り出され、件の城主が俺たちのいる天幕に入ってきた。
そいつはジェラルドの隣に並ぶジョージ殿と俺をみて怪訝な顔をした。
「何か御用でしょうか、閣下?」
「ブランドン殿、よく来てくれた。
少し聞きたいことがあってな」
彼の表情が少しばかり緩む。
恐らくは、援軍を率いてやってきたジョージ殿からなにか戦略上の問題について尋ねられるとでも考えたのだろう。
「なるほど。何なりとお尋ねください、閣下」
「うむ、聞きたいのは貴殿の背後にいる男の事だ」
彼が振り返ったその先に居たのは、いつの間にか彼の退路を塞ぐように天幕の出入口に移動していた〈犬〉だった。
「お久しぶりです、ブランドン様」
顔付きがへこんでわかりにくくなってはいたが、その声には聞き覚えがあったのだろう。
「ま、まさかロベールか!」
ロベールとは、〈犬〉の奴が名乗っていた偽名である。
〈犬〉はまったく悪びれもせずに答えた。
「へへへ、申し訳ありません。ドジふんじまいました」
ブランドンとやらは顔面蒼白である。
「か、閣下……これは、その……」
その慌てふためく様に、ジェラルドの顔からみるみる希望が抜け落ちていく。
かわいそうに。
「何故だ! なぜこのような――ムググ!」
俺は突然叫び始めたジェラルドの口を慌てて塞いだ。
ジェラルドが藻掻く。
「落ち着け馬鹿!」
外に聞こえたら余計な噂が流れかねない。
「息を大きく吸い込め。鼻からだ。それからゆっくり吐くんだ。ほれ、もう一度」
ジェラルドが落ち着くのを見計らってゆっくりと口から手を離す。
奴はもう一度大きく深呼吸をした後、改めてブランドンに訊ねた。
「……何故このようなことをした。
誰の指示だ?」
「お、お父上にございます」
それから振り返って、ちらと視線を〈犬〉に向けて続ける。
「そこの、ロベールの一隊に便宜を図るように、と」
「その者らの任務は知っていたのか?」
「……はい」
「知っていて、何も言わなかったのか」
「申し訳ございません。
お父上に、固く口止めされておりましたので……」
「父の考えについて、何か聞かされておるか?」
その口ぶりには怒りが滲んでいた。
ジェラルドの怒りにあてられてか、ブランドンは消え入りそうな細い声で答えた。
「いいえ、なにも――誓って本当です! 本当に何も聞かされていないのです!」
先ほどまでは真っ青だったジェラルドの顔が、堰を切ったように血の気が戻って真っ赤に染まる。
「信じられるものか! なにが『お役に立って見せます。何なりとお申し付けください』だ!
ずっと裏切り続けておったのだろう!
その同じ口が吐く言葉など信じられるものか!」
「も、申し訳ありません! なにとぞお許しください」
そう言いながらブランドンはその場にひれ伏した。
「お父上に逆らうことはできなかったのです……!
若様もご存じでしょう! どうすることもできなかったのです!」
「黙れ!」
ジェラルドは剣を抜き放つと、ひれ伏すブランドンの頭にそれを振り下ろした。
裏切者は沈黙した。二度と喋りはしないだろう。
知っていたであろうことは概ね聞きだした後なので問題ない。
こいつが率いていた兵隊たちの取り扱いは少し面倒か。
ジェラルドはしばらく肩で息をしながらその死体を眺め降ろしていたが、やがて振り返って言った。
「ジャック、その男はどうするのだ」
〈犬〉のことだろう。
「どうもしないよ。こいつは俺の配下だ」
「馬鹿な! そいつも反逆者だ! 殺せ!」
「いいや、今はもう違う」
「お前が許しても、陛下がお許しになるものか!」
「いいや、許すね」
「何を根拠に!」
「俺は犯罪者の赦免特権を持ってるからな。
配下に加えるためなら、捕まえたやつを無罪放免にしていいってことになってるのさ」
「それは盗賊に対するものだろう!
反逆罪だぞ! 常識で考えてそんなものが通るか!」
「反逆罪は除く、なんて一言も言われてないからな。
そもそも、王領の城を襲った俺たちが赦免されてるんだ。
絶対ダメってこたあないだろう」
「しかし――」
なおも反論しようとするジェラルドの言葉をさえぎって宣言する。
「通るか通らないか、それを決めるのは陛下だ。
口を出すんじゃねえ」
陛下もこの程度の我がままなら聞いてくれるだろうと俺は確信していた。
自分で言うのもなんだが、俺は陛下の”お気に入り”と言っていいと思う。
ただの我儘ならいざ知らず、きちんと名分があるのだから十分に通せると踏んでいる。
そのあたりは奴も理解してるのだろう。
その顔が悔し気に歪んでいく。
まあ、奴の言い分もわかる。
あいつだって断腸の思いで配下を斬ったのだ。
だというのに、事の発端である俺の側は全く無傷でいるというのは納得できまい。
公平じゃない、という自覚はある。
だがここは譲れないのだ。
ジェラルドはしばらく憎々しげに俺を睨んでいたが、やがて折れた。
「勝手にするがいい!
こちらも好きにさせてもらう!」
「そうしろ。その方がきっと幸せになれるぞ」
俺の答えにジェラルドが舌打ちした。
「手伝え、ジャック」
助力を請う側の言葉とは思えない実にぞんざいな物言いである。
だが、こちらとしても無茶をした自覚はあり、多少の負い目を感じないわけでもない。
何よりこいつが何をしようとしているのか興味がある。
「何をすりゃいいんだ?」
「フレデリックを貸せ」
〈犬〉が口を挟んだ。
「私は騎士フレデリックではありません、閣下。
〈犬〉とお呼びください」
「黙れ」
ジェラルドは〈犬〉を睨みつけた後、大きなため息をついた。
「……〈犬〉よ、まずは裏切り者を確認したい」
〈犬〉がこちらに視線を送ってきたので、俺は頷いて見せた。
「ご協力いたします」
〈犬〉が自身に協力していた裏切り者の名を列挙していく。
一つ名前が挙がるたびにジェラルドの眉間の皺が深くなる。
十人ばかりの名前が挙がったところでジェラルドが呻いた。
「……いったい何なのだ、これは」
ジェラルドの陣容がどのようなものか詳しくは知らないが、おそらく主要な大陸側の配下のほとんどの名が挙がったのではあるまいか。
まあ、こいつ自身の人脈なんぞ限られているだろうことを思えば、この大陸領でこいつに協力的な人物なんて、当然ホースヤード伯の息のかかった人物ばかりになるだろう。
〈犬〉の部隊の討伐がうまくいかなかったのも、その逃走術の巧みさだけが理由ではなかったらしい。
「俺は一体何と戦っていたのだ!」
その声は悲痛だが怒りに満ちていた。
少なくとも、落城の知らせを受けた時よりは気合いが入っている。
良い事だ。
「ヒューバート」
「はい、若様」
「名の挙がった者、全員をこの場に連れてこい!
不穏な気配を悟られぬよう丁重に、しかし決して逃がすな」
「はっ!」
それじゃあ、お手並み拝見と行こうじゃないか。
次回は10/9を予定しています




