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〈犬〉の帰還

 〈犬〉とともに兄弟たちの元へ戻る。

 二人してほとんどの体力を使い切っており、互いに支え合ってようやくヨロヨロと歩けるような有様である。

 そうして肩を貸しあいながら言葉を交わす。


「おい、こんなところで何してたんだよ。

 ホースヤード伯のところに仕えてるはずじゃなかったのか?」


 こいつが念願の領地持ちの騎士になれると言うから、俺も何もかもを飲み込んで手放したんである。

 それがこんなところで盗賊まがいの事をしているとはどういうことか。

 まさかもう首になったんじゃあるまいな?


「ええ、今でもお仕えしとります」


「領地は? 本当に貰えたのか?」


「え、えぇ、まあ……はい、約束通りにもらえとります。

 忙しくて、一度顔見せに行ったっきり代官に任せっぱなしですが」


「それでいいのかよ」


「良くはないですが、まあ、ずっと準備に駆けまわっていたもので」


「準備って、今回の盗賊仕事か?」


「はい、まあ元より汚れ仕事を押し付けられるのは承知の上です。

 不満はありません」


 何ともまあ。俺は呆れてしまった。

 形ばかりの領地をもらったっきり、やってることは何も変わってないではないか。


「何やってんだよ。立派な騎士になるために俺のところを抜けたんじゃなかったのか?」


「まったく、面目ねぇです……」


 〈犬〉はそう言ってうつ向いた。


「今からでも遅くはねえ。戻って来い」


「お情けはありがたいですが――」


「お情けなんかなもんか!

 お前が必要なんだ」


「あっしなんぞいなくても、立派にやれてるじゃねえですか」


「んなわけあるか!

 あれから、お前さえいてくれればと何度思ったか分からねえ。

 大体、俺をここまで押し上げたのはお前だろうが!」


「別にあっしの力じゃありません」


 〈犬〉が力なく笑う。


「ロバート親分の事は覚えていますか?

 あいつとも随分長く仕事をしましたが"名のしれた盗賊"止まりでした。

 今度の件もそうです。

 盗賊集めて兵隊にしようにも、結局はタチの悪いゴロツキ共しか集まらねえ。

 あっしの力なんざその程度。

 盗賊どもをあんな風に変えちまったのは旦那です。

 あっしの身の丈はコスい盗賊ってところでさあ」


「お前はそれでいいのかよ」


 〈犬〉の足が止まった。

 互いに肩を貸しあっている以上、こいつの足が止まれば俺だって足が止まるんである。


「いいもなにも、身の丈なんざ望めば変わるってもんでもないでしょう。

 いまの境遇があっしにはお似合いです」


「身の丈なんざ知るかよ。

 後ろ暗い仕事は嫌だってのはお前自身が言ってたことじゃないか。

 俺のところに戻ってこい。

 そうすりゃ、今は無理でもいつか必ずお前も領地持ちの騎士にしてやる。

 胸を張ってお天道様の下を歩けるような立派な騎士にな!

 この俺が、この斧にかけて言うんだ、本当の事だぞ」


「……そりゃあ無理ですよ、旦那。

 あっしには無理です」


 俺は軽く肩を揺すって〈犬〉に進むよう促した。

 だが、〈犬〉は動こうとしない。


「どうした?」


「先の……ローズポート伯が襲ってきた時です」


「ああ、ありゃ怖かったな。

 それがどうしたってんだよ」


「私は逃げ出そうとしました。

 いろいろと理屈は言いましたが、怖かったんです。

 死にたくなかった。

 勝てるわけがないと思いました」


「俺だってそうしたかったよ。

 他にどうしようもなかったってだけだ」


「そうです。でも旦那は逃げ出さなかった。

 あれこそ本当の騎士です。

 世間の奴らは正しい。

 あの時の旦那の姿は、私がなりたかった騎士そのものでした」


「……そんな、大層なもんじゃねえぞ」


「分かってます。ですが、旦那の内心なんてどうでもいいんです。

 呪いのせいだろうが、あるいは姫様への恋慕のせいだろうが、そんなのは関係ねえんですよ」


「お、おい! なにいってやがる……!」


 いきなり姫様の話が出て来たので俺は狼狽えた。

 それを見て〈犬〉が一瞬だけ表情を緩めた。

 そんなに面白いかよ。

 真顔に戻った〈犬〉が言葉を続けた。


「問題は、実際に旦那がたった一人で立ち塞がったってことです。

 アレを見て私は悟っちまったんです。

 あんな風にはなれっこねえって。自分なんぞはどこまで行っても偽物だって。

 旦那は、私には眩しすぎました」


「それが隊を離れた理由か」


「はい……」


 〈犬〉は少しばかり迷うそぶりを見せた後、さらに話を続けた。


「それだけじゃありません。

 前にミュール城の城主に仕えていた話はしたでしょう?

 あの時もそうです。

 盗賊狩りで城を離れていたと言いましたが、本当は城が囲まれる前に戻ることだってできたんです。

 でも私はそうしなかった。

 戻れば死ぬとわかっていたから、逃げ出しました。

 旦那に仕えて少しは真っ当になれたような心持になっていましたが何のことはねえ。

 あっしはあの時から何も変わっちゃいませんでした。

 旦那みたいな立派な方の傍にいるには到底ふさわしくねえ、犬畜生以下の半端もんでさあ」

 

 馬鹿馬鹿しい話だ。

 その「立派な騎士」とやらは幻影である。

 少しばかり場面が違えば、たとえば姫様があの場にいなかったなら、俺は恥も外聞もなく逃げていただろう。

 あるいは〈犬〉があの場に居なければ、兄弟を巻き込んで部隊を全滅させ、その場合、本陣は援軍の到着まで持ち堪えられなかったかもしれない。

 特に後者は大問題だ。

 つまりは、だ。


「誰も彼もが俺みたいな考えなしだったら、いったい誰が俺の無茶を止めてくれるってんだ。

 言っておくが、これはエルマーにもウィルにも〈狐〉にも無理なことだぞ。

 お前が卑下しているその慎重さは、俺に欠けていて、必要としているものなんだ。

 お前が必要だ。ついて来てくれ」


 〈犬〉の顔つきが変わった。

 が、すぐにしょんぼりと落ち込んでしまう。


「ですが殿、お味方の城を攻めた以上、私の証言は絶対に必要でしょう。

 そうなりゃ、私は言い逃れのしようもない反逆者だ。

 反逆者は死罪です。

 やはりどうにもならんでしょう」


 もちろんそれについても考えはある。

 俺は〈犬〉を安心させるためにわざとらしい程に二ッと笑い、親指を立てて見せた。


「大丈夫、反逆罪の一つや二つどうとでもならあ!」


 だが〈犬〉の奴はますます心配そうに眉をひそめた。

 いったい何が不満だってんだ。


「俺が大丈夫と言ったら大丈夫なんだよ!

 いいから黙ってついてこい!」


「……はい、わかりました……殿」


 ともかく、俺たちは再び歩き出した。


*


 途中に捨てて来たものを拾いながら来た道を戻っていく。


「歩きにくいところばっかり選びやがって」


「戻るつもりはなかったですからね」


 俺の愚痴に〈犬〉が飄々と答える。

 兜と剣は見つかったが、籠手と剣帯は見つからなかった。

 まあ、そのあたりのやつはどうせ敵から奪ったものだからどうでもいいんだが。


 ようやくの思いで城に戻った頃には、戦はすっかり終わっていた。

 目ざとく俺を見つけて駆け寄ってきたエルマーが、肩を貸しあう〈犬〉を見てギョッとして立ち止まった。


「て、てめえ! どの面下げて戻ってきやがった!」


 〈犬〉は曖昧な笑みを力なく浮かべて応じた。


「戻ってきたんじゃねえ、捕まったんだ」


「屁理屈言いやがって!

 お頭から離れろ!」


 エルマーがものすごい形相で再びこっちに向かってきた。

 いまにも〈犬〉に殴り掛かってきそうな勢いだ。


「エルマー! 待て!」


 思わず制止ししたら、エルマーは今にも泣きだしそうな顔でこっちを睨みつけて来た。


「何でですか! こいつは裏切り者ですよ!」


「だけどなあ――」


「お待ち下せえ、殿」


 エルマーを説得しようとしたら〈犬〉に止められてしまった。


「なんだよ」


「殿が命じれば、エルマーは必ず言うとおりにするでしょう。

 でも、そればっかりじゃいけません。

 何より、こいつの言うことは正しい。

 そういう時はちゃんと話を聞いてやらにゃなりません」


「……どうすりゃいいんだよ」


「私もね、ちゃんとけじめってやつをつけなきゃならんのですよ」


 そう言って、〈犬〉は俺から離れてエルマーの前に立つ。

 いつの間にやら、エルマーの背後には兄弟たちが大勢集まっていた。

 もっとも、エルマーより前に出る勇気はないらしく、二三歩離れたところから見守るばかりである。

 その視線に浮かぶ色は様々で、最古参の〈獣〉連中はハラハラと、入って日の浅い連中はどこか面白げだ。


 〈犬〉は気合を入れるように大きく息を吸い込むと、エルマーに向かって言った。


「エルマー、俺を殴れ。気が済むまでだ」


「言われるまでもなくそのつもりだあ!」


 言うが早いか、エルマーは振り上げた拳を大振りに〈犬〉の顔面へ叩き込んだ。

 〈犬〉の奴は避けもせず、棒立ちのままそれを受け、よろけて数歩下がる。

 が、倒れない。


「うおお!」


 その立ち姿に〈獣〉たちが歓声を上げた。


「こんちくしょうー!」


 エルマーは数歩下がった後、助走をつけて二発目を見舞う。

 流石の〈犬〉も今度は尻モチを搗く。

 だが、完全に倒れ伏すことはなく再び立ち上がった。


「いいぞ! 畳んじまえ!」


 郷士連中がエルマーに声援を送る。

 それが耳に入ったかはいらなかったかは分からないが、エルマーはすかさず追撃に移った。

 一発、二発、三発。〈犬〉が踏ん張る。

 先の一撃と比べれば入りが浅く、倒れない。

 力を溜めて、腹に一発。〈犬〉は腹筋に力を入れて耐えた。

 歯を食いしばっている。


 エルマーは手を休めることなく、腹に胸に顔面に側頭部に次々と拳を叩きつける。

 驚き、賞賛、非難、あらゆる感情が乗った喚声。

 いつの間にやらジョージ殿の兵まで見物に混ざっている。


「情けねえ奴だ! 俺が代わる!」


 事情を知らない他所の兵が割り込もうとしてその場で〈熊〉に叩き伏せられた。


「なにしやがる!」


「決闘だ! 邪魔すんじゃねえ!」


「なんだとお!」


 仲間をぶん殴られたジョージ殿の兵がいきり立ち、騒ぎが拡大する。

 仕方がないので金斧をブンブンと振り回しながら割って入り、そいつらを止める。

 こちとら一瞬たりとも目を離すわけにはいかないのに邪魔しやがって!

 あちら側の、まだ分別の残っているのが仲間を引き離して、ひとまず落ち着く。


「何をしている!」


 騒ぎを聞きつけたジョージ殿が馬に乗ったまま駆けつけて来た。

 返り血に染まった鎧が中々の迫力である。

 放っておくわけにもいかないので俺が応対する。


「お騒がせして申し訳ありません。

 内輪の問題です」


 ジョージ殿は馬上から騒ぎの中心に目をやった後、こちらに戻して言った。


「ただの制裁、というわけでもなさそうだな。見事なものだ」


 〈犬〉は未だにエルマーの猛攻に耐え、立ち続けている。


「どうしても必要なことなので、どうかお目こぼしいただきたく」


「……城の後始末は任せておくがいい。

 その代わり、戦果は全て頂くぞ」


「ご配慮、感謝いたします」


次回は10/2を予定しています

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― 新着の感想 ―
よかった、もうほぼプロポーズじゃん…(´∀`*)
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