第百八話 始末
ヒューバート殿の手配によって裏切り者たちが次々と天幕に入ってくる。
彼らは天幕に入ると同時に、一様に押し黙ったまま顔を青ざめさせた。
理由は二つ。
一つは中に入る前に、けっして声を上げないよう念を押されていたこと。
もう一つは天幕のど真ん中には、先程の死体がそのままで放置されていたからだ。
この死体と集まった顔ぶれを合わせれば、これから何が起こるかを察するに十分だったろう。
俺もジェラルドの傍らでキンピカの斧をこれ見がよしに肩に担いで、彼らが言いつけを守れるように協力している。
こう見えても「当代最強の騎士」ということになっており、それが事実かはさておいてその評判はこういう時に役に立つ。
ちなみにジョージ殿は自身の軍勢の元に戻り、万が一に備えて臨戦態勢を取らせていた。
全員が揃ったところでジェラルドが口を開く。
「さて諸君」
先程までの激情をまるで感じさせない平板な声だった。
呼びかけられた彼らの肩がビクリと震える。
死体から流れ出た血の匂いが立ち込めるこの天幕内においてその声はいかにも不似合で、裏切り者たちに最悪の想像をさせるに十分すぎた。
「誠に残念なことに、我らの内に裏切り者があった」
「か、閣下! それは――」
「黙れ」
ジェラルドの唸るようなその一声には、常にはない迫力があった。
横で聞いていただけの俺ですらひるみそうになったほどだ。
「まず、本題に入る前に喜ばしい報せだ。
我々を悩ませていた賊は、武勇の誉れ高き〈木こり〉のジャック殿の活躍により討伐された」
そう言ってジェラルドは軽く俺を指して皆の注目を集めさせた。
「その際、そこの――」
今度は死体を指して続ける。
「ブランドンの配下が城内に賊を匿ったことから裏切りが発覚した。
これは国王陛下への反逆行為にほかならない。
よって陛下の名のもとに、私がこの手でこの者を処刑した」
ジェラルドはそこで言葉を区切って裏切り者どもをぐるりと睨みまわす。
一同の様相を確認してから、彼はヒューバート殿に合図を一つ送った。
ヒューバート殿は一礼して天幕をでると、すぐに一人の男を連れて戻ってきた。
〈犬〉である。今は手枷をはめられている。
この演出は〈犬〉の提案によるものであるが、確かに迫力は増している。
「これが何かの間違いではなく、確かな意思のもとに行われたことは捕縛された賊の頭領の証言からも明らかである」
ボコボコにされた〈犬〉の面に以前の面影を認めた幾人かが、絶望のうめき声を上げた。
ダメ押しに〈犬〉が声を聞かせる。
「皆様方、申し訳ありません……」
か細く弱り切った声で、いかにも拷問されて全てを吐いたといった風である。
思わず吹き出しそうになったが、ぐっとこらえる。
ニヤつきそうになる口元を必死で抑えていると、裏切り者の一人と目が合った。
その目に浮かぶのは恐怖だ。
絶対何か勘違いされてるな、これ。
俺が痛めつけたわけじゃないんだが。
「また、この者は他に多くの裏切り者があると自供した」
反応は様々。
うつむく者、目に涙をためる者、覚悟を決める者。
ある者は膝をつこうとし、またある者は声を上げようと息を吸い、幾人かは柄に手を伸ばす。
皆がそれぞれに行動に移るその直前、ジェラルドが声を一段と張り上げた。
「しかし!」
動きが止まる。
「その証言は疑わしいものと考えざるを得ない。
私は、父から預けられた貴卿らを信用している。
父に力を貸すのと同様に、この私にも力を貸していただきたい。
今日はそのことを伝えるために集まってもらった。
罰するためではない。
その点、くれぐれも誤解なきよう願いたい」
まだ、誰も動かない。
誰もが信じられないといった顔でジェラルドを見つめている。
少し間をおいて、一番年かさの騎士がその場に膝をついた。
それに倣うように残りの者たちも膝をつき、頭を下げる。
「我ら一同、心より代公閣下にお仕えいたします」
「ありがたいことだ。
では、皆軍勢の元に戻るがいい」
「はっ!」
裏切者たちが立ち上がり、一礼して背を向けた。
少しばかり空気が緩んだその瞬間にジェラルドがつけ足した。
「もし父から何か新しい指示を受け取った場合は必ず私に知らせるように。
私も父の考えを知っておく必要がある。
それから、賊の首領はジャック殿に預けることになった。
まだ何か新しい情報が得られるかもしれぬからな。
私は決して裏切り者を許さない。
その時は、国王陛下の名のもとに必ず八つ裂きにしてやる。
いいな?」
振り返った裏切者たちが、ジェラルドの冷たい視線を受けて顔をひきつらせた。
「も、もちろんそのようにいたします……」
彼らはそう答えると、逃げるように去っていった。
少しして、ジェラルドがぐったりとその場にしゃがみこんだ。
余程気が張っていたらしい。
俺はすっかり力の抜けてしまった彼に声をかけた。
「おい」
「なんだ」
酷く気怠そうな、それでいて今にも泣き崩れてしまいそうな声だった。
「意外だな。許してよかったのか?」
「許すものか!」
まあ、そうだよな。
「だが、他にどうしろというのだ!」
怒りのままに奴らを糾弾すれば、今のこの軍勢はこの場で崩壊していただろう。
ウェンランドから連れてきた兵もどうなるかわからない。
そんな状況でやりあった後に残るのはジョージ殿の軍勢だけだ。
ジェラルドはほとんど丸裸で「代公閣下」の任を果たさねばならなくなる。
許して見せるより他はなかったろう。
「責めてはねえよ
ただ、うまくやったなって、そう思っただけさ」
ただ許すだけでは敵を身中に抱え続けることになる。
なにより、裏切者たちに侮られる。
どうせ自分たちを斬ることはできぬとなどと奴らが考えればもう手が付けられない。
だが、ジェラルドの奴は馬鹿でかい釘を奴らの背に刺して見せた。
俺ならどうしていただろうか。
まったく思いつかない。
二、三人を見せしめに切り捨てるか?
それでうまくいくなら、多分苦労はしないだろう。
嘘がつけない制約を別にしても、こいつほどうまくやれたかは怪しい。
まあ〈犬〉に助けてもらえば何とかなったかな。
「つまらぬ慰めはよせ」
「そうかい。それで、今後はどうするんだ?」
「ひとまずカチュエに退く。
そこで態勢を整えると同時に、情報を集める。
父の考えが分からねば身動きがとれぬ」
頭はきちんと働いているようでよかった。
敵の真っただ中で錯乱されたらたまらんからな。
「それから」
と、ジェラルドが顔を上げて視線をこちらに向けてきた。
「悪いが殿軍を頼む。
大陸側の兵はもちろん、もはやウェンランドから連れてきた兵すらあてにはできない。
お前が一番適任だ」
正気か?
殿軍とは退却時の最後尾について敵の追撃を食い止める役割だ。
確かに俺たちは、待ち伏せや足止めを得意としている。
今奴が抱える軍勢で殿軍を一番うまくこなせるだろう部隊は俺たちで間違いない。
だが、それはそれとして、だ。
「おい、まさかお前、以前に俺たちにしたことを忘れたわけじゃないだろうな?」
こういう危険な仕事を押し付けるからには、相応の信頼関係がなければならないはずだ。
前に大陸での戦に出た際に、こいつが退却の伝令を送らなかったせいで俺たちはミュール城に置き去りにされたんである。
おかげで俺たちは敵に囲まれて多くの被害を出した上に俺も敵の捕虜になった。
なにより、それによって姫様も危ない目にあった。
「うぐ……」
ジェラルドが言葉を詰まらせた。
何か言い返してくるかと思いきや、完全に黙り込んでしまっている。
これでは話が進まない。
かといってこちらから引き受けてやる義理もないので「じゃあな」と言って背を向けようとしたら引き取められた。
「ま、待ってくれ!」
「なんだよ」
「……ミュール城でのことはこの通りお詫びする。
信用がならぬというならヒューバートを同行させよう。黒盾衆も預ける。
どうか引き受けてくれ」
なるほど、人質というわけか。
ヒューバート殿に視線を向けると目が合い、深々と一礼された。
こういうのには弱いんである。
「しょうがねえ、引き受けてやらあ」
ヒューバート殿と一緒に天幕を出る。
「誠にかたじけなく」
「気にしないでください。
元々殿軍を務めること自体には異議はありませんでしたから」
問題はジェラルドが信用できないという一点に尽きるのだ。
その点はこうしてヒューバート殿が来てくれることで解決している。
それにしてもヒューバート殿も苦労の多いお方である。
以前にジェラルドと組まされた時も、この老騎士殿がいなかったらまともに戦ができたかすら怪しい。
この人にはいつも本当にお世話になっている。
「ところで、黒盾衆というのは何ですか?」
大体想像はつくが一応聞いてみた。
「代行閣下の供廻りです。
元は先の戦役で、ジャック殿と共に戦った者達でしてな。
あの戦いの後も紋章を塗り潰した黒盾を使い続けております。
ですから、閣下に対する忠誠が確かであるのはもちろんのこと、
ジャック殿に対しても友誼は篤く信頼に足る者達であると保証いたします」
なるほど。
そのままざっとした打ち合わせを行い、いったん分かれる。
撤退準備の指示が出て野営地全体があわただしく動き始める中、俺たちは互いの部隊を野営地のはずれに集合させた。
「おい、ジャック~お前のせいだぞぉ……」
集合後、指揮官級の顔合わせで、こんなことを言いながら情けない顔で泣きついて来たのはトムである。
「何があったんだよ」
確か前に見かけたときには、褒美にもらったらしい立派な馬に乗っていた。
中々に厚遇されているようなのにいったい何の不満があるというのか。
「お前のせいでお騎士様にされちまったんだよぉ……」
なんでも、森でのホースヤード勢との戦いの際、窮地に陥っていたジェラルドに自身の馬を差し出した忠義が高く評価されて出世したんだそうな。
俺の記憶が正しければジェラルドを引っ張り上げようとしたトムがドジを踏んで転がり落ちただけだったはずだが、まあ悪く勘違いされるよりは良かったろう。
それはともかく、これはめでたい話である。
「それを言うなら『お前のお陰で騎士になれた』だろうが。
よかったじゃないか」
「ふざけるなよ! 騎士なんぞになっちまったらいよいよ五体満足なうちは家に帰れないじゃないか!
おまけに作法なんかもさっぱりわからないし、元の同僚たちはよそよそしくなるしどうしてくれるんだ!」
「どうするもこうするも、俺も似たような立場さ。
仲間が増えて嬉しいよ」
「俺は嬉しくないんだよ!
ああもう……土地持ち農家の養子になって、これでマリーを幸せにしてやれると思ってたのに……。
いったい俺の人生はどうなっちまうんだよ……」
「文句なら俺じゃなくてジェラルドに言えよ。
お前を引っ張ってるのはあいつだろ」
ジェラルドの名を聞いてトムが複雑そうな顔をした。
「ああ、あの人なあ……。
最初は嫌なお貴族様にしか思えなかったんだけど、最近妙に憎めなくなっちまってるんだよなあ。
威張り散らしたりもしなくなったし、兵隊のことも何かと気にかけてくれるし」
「あいつがねえ……」
人間はそうたやすく変わるものだろうか?
まあ、さっきの様子だと威張る元気もないぐらい疲れていただけかもしれない。
「さて、ジャック殿。旧友との再会をお邪魔してすみませんが、打ち合わせを進めませんと」
ヒューバート殿の言うことはもっともだ。
しばらくは一緒に歩くのだから、トムと話す機会はいくらでもあるだろう。
「ああ、そうでした。
では、現在の状況について教えていただきたいのですが――」
ヒューバート殿の話によれば、現時点では周囲に有力な敵の軍勢は確認されておらず、差し迫った危険はないとのこと。
もちろん、だからと言って油断してはならないと釘は刺されたが。
ジェラルドの軍勢主力を見送り、俺たちも行軍を開始。
ヒューバート殿の言葉通り、特に何事もなくカチュエに帰還することができた。
都市の城門付近にはわざわざ俺たちのための野営地が空けてあった。
なんとも気味が悪いぐらいの厚遇ぶりである。
皆でワイワイと荷ほどきをしているとジェラルドから伝令が送られてきた。
見てほしいものがあるので、急いで来てほしいとのこと。
何を見せられるのか、詳細をたずねてみたが伝令は何も知らされていないようだった。
キナ臭い。
カチュエの城に登る途中でジョージ殿と出くわした。
俺と同じくジェラルドのもとに行く途中だというので同行する。
「我らが同時に呼ばれたということは、軍勢の行動方針が決まったのであろう」
そんな話をしながら城の応接間に入室。
ジェラルドは挨拶もそこそこに手紙らしきものを差し出してきた。
ジョージ殿と俺とで二枚ある。
俺たち宛に? わざわざ?
「父が配下の者らに宛てたものだ。
つい先ほど、その者らからこちらに届けられた。
どちらも内容は同じだ」
なるほど。
手紙を受け取り、目を通す。
内容をざっくりまとめるとこうだ。
「アデレード姫を解放した。まもなく大陸領に送るから歓迎の支度をしておけ」
「ジェラルドと協力して機会を伺い、ジョージとジャックの両名を始末せよ」
「ジェラルドは軍勢とともにウェンランドに戻せ」
なんだこりゃ!?
次回は10/16を予定しています




